226キロという頂上に、いきなり飛びつかない。手前に段を置いて、一段ずつ上がる。これが、今年の僕の作戦でした。
もしあなたが、大きな目標を前にして、何から手をつければいいか分からなくなっているなら。
もしあなたが、本番までの時間を、どう使えばいいのか迷っているなら。
もしあなたが、「気合いが足りないから進めないんだ」と自分を責めているなら。
この記事は、あなたのためのものです。
僕は中澤隆(なかざわ りゅう)です。視覚障害のB2というクラスで、パラトライアスロンをしています。盲導犬のシュクレと暮らしています。
2026年9月13日、IRONMAN JAPANを完走しました。タイムは14時間43分54秒。PCクラスで2位でした。
この記事は、その本番の前に書いた「作戦ノート」です。レースが終わったいま、少し手を入れて、もう一度開いてお見せします。
IRONMANは、長いレースです。スイム3.8キロ。バイク180キロ。ラン42.2キロ。合わせて226キロ。
視覚障害B2の僕は、これをガイドと二人でつなぎます。
走ったことのある距離です。でも、「前にできたから、今年も大丈夫」とは思いませんでした。
体の調子も、コースの条件も、年によって違います。去年と同じ準備が、今年も通じるとはかぎりません。
だから、作戦は毎年、いちから立て直します。
去年のレースを、セーブした場所から続きで始めることはできません。
つまり、何度走っていても、準備は毎年ゼロからやり直す、ということです。
……めんどくさい。正直、そう思います。でも、やるしかありません。
今年の体で、今年の仲間と、もう一度ていねいに積み上げることが、僕にとっての「再挑戦」という言葉の中身でした。
今年、僕と組んでくれたガイドは、平川さんです。仲間の紹介で出会いました。
僕のレースは、ガイドがいて、はじめて成り立ちます。
ガイドは、僕のもうひとつの目です。コースの様子。路面の変化。補給のタイミング。見えない僕の代わりに、平川さんが言葉にして渡してくれます。
「右」と言われたら、右へ。「止まる」と言われたら、止まる。その一言を、疑わずに体で受け取ります。
だから、作戦も僕だけでは立てません。どこで何に気をつけるか。補給はどう合図するか。二人で決めます。
ふだんの練習は、基本的に自分でやっています。ガイドとつながるのは、本番の日です。
だからこそ、本番の前に二人で決めておいた作戦があると、ロープ一本を信じて進むときに迷いがなくなるのだと、僕は思っています。
9月の本番に、いきなりは挑みません。その前に、段を置きました。
最初の一段が、6月のミドルディスタンスのレースです。
ミドルは、IRONMANより短い距離のトライアスロンです。僕にとっては、本番の前の「中間テスト」でした。
確かめることは、決まっています。
頭の中の「たぶん大丈夫」と、体を動かして確かめた「大丈夫だった」のあいだには、大きな差があります。
ミドルは、その差をうめる場所です。
そして、うまくいかなかったことのほうが、僕には大事でした。
「ここで補給が遅れた」「この合図は、伝わりにくかった」。そういう小さなつまずきは、9月までの宿題として持ち帰れます。
本番で起きてからでは直せない失敗を、まだ直す時間が残っているうちに見つけられたのなら、それは失敗というより、むしろ運がよかった出来事なのだと思います。
次の一段が、7月の合宿です。
合宿は、まとまった時間をかけて、本番に近い形で体を動かす場所です。長い距離を実際に動いて、体に本番の感じを覚えさせます。
そして、もうひとつ。ガイドやチームと、合図をそろえる時間でもあります。
ロープを引く合図。止まる合図。補給を渡すタイミング。声のかけ方。
本番の最中に「これ、どうする?」と相談している余裕はありません。……あったら、たぶんもっと速いです。
だから、先に決めておきます。「ここは、もう少しこうしよう」「この合図は、もっと短くしよう」。気づいたら、その場で直します。
合宿には、技術のほかにも意味がありました。
一緒に動いて、一緒にご飯を食べて、一緒に疲れる。
その時間が、あとで効いてきます。
本番で初めてやることを、ひとつでも減らしておくこと。ミドルも合宿も、そのために置いた段でした。
苦しい場面で「この人となら、最後まで行ける」と思えるかどうかは、合図の正しさだけではなく、それまでに一緒に過ごした時間の長さで決まるのかもしれません。
ならべてみると、今年の作戦は階段になっています。
6月のミドルで、流れを確かめる。7月の合宿で、合図をそろえる。9月に、本番。
一足飛びにしない。順番に積む。これが、作戦ノートの背骨です。
見えない僕にとって、いきなり大きなものに飛びこむのは、とても不安です。
9月の226キロは、僕にとってのラスボスでした。
つまり、いきなり向かっていっても、足がすくんで動けなくなる相手、ということです。
でも、あいだに小さな段を置くと、不安は「次にやること」に変わります。
この登り方は、今年はじめたものではありません。
31歳で視覚障害者になって、先がまっ暗に思えたときも、僕は目の前の一段から始めました。
25メートルも泳げなかった僕が、長い距離を泳げるようになったのも、少しずつ距離をのばしたからです。
大きすぎて足がすくむときは、段を細かくきざめばよくて、階段というのは、遠い目標を「今日やる1ミリ」にまで分けてくれる道具なのだと、僕は何度も教えられてきました。
ここからは、レースのあとに書き足した部分です。
2026年9月13日。IRONMAN JAPAN。
14時間43分54秒で完走しました。PCクラス2位。前の年より、約25分短くなりました。
ガイドは、作戦を一緒に立てた平川さんです。
作戦どおりに進まなかった場面も、もちろんありました。そのくわしい話は、完走記に書いています。
それでも、ゴールまで行けました。
本番の日に僕たちを運んでくれたのは、その日の気合いではなく、その日までに二人でひとつずつ確かめて、直して、積んできた段取りのほうでした。
今年の9月も、もっと先にある夢へつながる一段です。
その夢は、IRONMANを11時間を切るタイムで走ること。サブ11。ギネス記録への挑戦です。
今の僕からは、まだ遠い目標です。
14時間43分の人間が、11時間を切ると言っています。……自分でも、けっこう言うなあ、と思います。
でも、遠いから、あきらめる理由にはなりません。
遠い夢があるから、今日の練習にも、次の合宿にも、意味が生まれます。
一回のレースでは届かなくても、今年積んだ段を来年の自分に渡して、その次の年の自分にまた渡していけば、少しずつ近づいていけると、僕は信じています。
最後に、あなたへ。
大きな目標があるなら、いきなり目指さなくて大丈夫です。
手前に、踏み台を置いてみてください。本番の前に試す場所。誰かと合図をそろえる場所。
遠い目標の前で足がすくむのは、弱いからではありません。目標が大きすぎて、最初の一歩が見えなくなっているだけです。
それから、できれば、ひとりで抱えこまないでください。
僕が平川さんと作戦を立てたように、あなたにも、一緒に地図を描いてくれる人がいるはずです。
大きな目標は、頭の中に置いたままだと、ただの不安です。
でも、「いつ、何を、誰と」と紙に書き出したとたん、それは歩いていける地図に変わります。
気合いより、段取り。ピンチはチャンス、カギは工夫。
見えなくなっていく世界の中で、支えられながら挑み続ける。その旅を、仲間と一緒に。
あなたの階段の、今日の一段を、心から応援しています。
「視覚障害B2の生活」「IRONMAN サブ11挑戦」「1ミリの行動」「気合いより1ミリ」をテーマに、講演を続けています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
📧 つなひろワールドへお問い合わせ中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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25メートルも泳げなかった僕が、ガイドとロープでつながって226kmに挑むまでを、YouTubeで1話ずつ動画にしています。
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RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、1ミリの行動を続ける人