時間に追われると、頭がまっ白になる。そんなこと、ありませんか。
もしあなたが、締め切りが近づくと、かえって手が止まってしまうなら。
もしあなたが、「間に合わなかったらどうしよう」で、夜に目が冴えてしまうなら。
もしあなたが、「この歳までに」という見えない期限に、息苦しさを感じているなら。
この記事は、あなたのためのものです。
僕は中澤隆(なかざわ りゅう)です。視覚障害のB2というクラスで、パラトライアスロンをしています。盲導犬のシュクレと暮らしています。
僕が出ているIRONMANというレースには、制限時間があります。
今日は、その時間と、僕がどう付き合っているかを書きます。
IRONMANは、スイム3.8キロ、バイク180キロ、ラン42.2キロ。合わせて226キロのレースです。
ただ進めばいい、というレースではありません。関門があります。
スイムは何時まで。バイクは何時まで。ゴールは何時まで。
決められた時間までに、その地点を通れなければ、そこで終わりです。どんなにがんばっていても、です。
はじめてこの仕組みを知ったとき、僕は正直、こわいと思いました。
完走するだけでも大変なのに、時間にも追われる。見えないうえに、追われる。
関門は、僕にとってゲームオーバーの線でした。
つまり、そこに間に合わなければ、その日の挑戦がその場で終わってしまう線、ということです。
しかも、この相手には姿がありません。さわれない。声もかけられない。それなのに、確実に背中へ近づいてきます。
だから僕は、関門のことを「見えないライバル」と呼んでいます。
……見えにくい僕にとっては、二重に見えない相手です。ややこしい。
のんびり休めば間に合わず、飛ばしすぎれば最後まで体がもたないので、限られた時間の中で自分の体をどう配分するかが、このレースのいちばん難しいところで、いちばんおもしろいところでもあります。
僕のIRONMANのタイムを、ならべてみます。
PCクラスは、障害のある選手のクラスです。
数字だけ見れば、速い年も、遅い年もあります。
でも僕は、この3つを「良かった」「悪かった」では見ていません。
同じ226キロでも、年によって条件がちがいます。体の調子。天気。コース。
スイムはロープでつながり、バイクはタンデムという二人乗りの自転車で、ランはロープで横にならぶ。そうやって、ガイドと二人で、関門をひとつずつ越えていきました。
どこでペースを守るか。どこで力を使うか。その判断を、二人で重ねつづけた結果が、あの時間です。
タイムは、成績表というより、次のための情報です。
僕が大事にしているのは数字の大小ではなくて、その一日、時間に追われて崩れたのか、それとも時間を自分で組み立てて最後まで進めたのかという、数字の裏側にある向き合い方のほうです。
制限時間を「こわい敵」だと思うと、ずっと追われている気がします。心がすり減ります。
でも、見方を変えると、まったくちがうものになりました。
僕にとってタイムは、敵ではありません。設計図です。
関門の時間が決まっている。それは、「ここまでに、ここを通ればいい」という地図を、最初から渡されているということです。
追われているのではなく、進むペースを教えてもらっている。
そう考えると、制限時間は、急に頼もしい味方になります。
前の僕は、関門のことを考えるだけで、こわかった。「間に合わなかったらどうしよう」に、心を持っていかれていました。
設計図だと思えるようになってから、関門は「目印」になりました。
こわい壁が、道の途中のチェックポイントに変わった。
見ているものは同じ時間なのに、「追ってくるもの」と思うか「教えてくれるもの」と思うかだけで、こんなに感じ方が変わるのかと、自分でもおどろきました。
僕は、レースの景色がよく見えません。自分の腕時計も、すぐには見られません。
見える選手は、目の前の景色や標識で、いまどこにいるかを確かめられます。僕には、それができません。
だから、レースが始まる前に、設計図を頭に入れておきます。
見える景色がないなら、頭の中に景色を持てばいい。前もって組み立てたものが、そのまま本番の「視界」になります。
これがあると、苦しい場面でも、心が折れにくくなります。
「この苦しさは、設計図のこのあたり。もう少し行けば、楽になる」。そう分かるからです。
先が見えない苦しさは、人を不安にするけれど、頭の中の地図があれば、苦しさにも「終わりの場所」があると分かるので、見えない景色の中でも、僕は自分の現在地を見失わずにいられます。
そして本番では、その設計図を、ガイドと二人で確かめながら進みます。
僕が時計を見られない代わりに、ガイドが時間の流れを教えてくれます。
2026年のレースでは、ランの35キロで、僕の時計の電池が切れました。
……スタートのときは、残り75パーセントあったんです。
ペースも、残りの距離も、分からなくなりました。そこからは、平川さんの声だけが頼りでした。
それでも、ゴールできました。
見えないなら、見える人と二人で読めばいい。
設計図は、自分だけで抱えなくていいのだということを、僕は時計が止まったあの道の上で、あらためて体で知りました。
僕には、ずっと追いかけている設計図があります。
IRONMANを、11時間を切るタイムで走ること。サブ11。ギネス記録への挑戦です。
今の僕のタイムから見れば、まだ遠い。とても高い壁です。
14時間台の人間が、11時間を切ると言っています。……3時間以上あります。自分で書いていて、ちょっと笑ってしまいます。
でも、すぐ届くものなら、ここまで工夫を重ねる必要もありません。
遠いから、補給の段取りも、ガイドとの合図も、設計図の細かさも、ひとつずつ磨く理由になります。
サブ11は、誰かと競うための数字ではなくて、過去の自分より一歩だけ先へ行くための、自分との約束のような数字なので、僕は焦らずに、でも手放さずに、いつか必ずと思って持ちつづけています。
あなたの毎日にも、見えないライバルがいるかもしれません。
仕事の締め切り。提出の期限。「この歳までに」と感じている時間。
そんなときは、思い出してください。タイムは敵じゃなく、設計図。
締め切りは、あなたを追いつめるためにあるのではありません。「ここまでに、何をすればいいか」を教えてくれる案内でもあります。
ゴールの日から逆算して、今日やる1ミリを決める。それだけで、同じ時間が、少しやさしくなります。
もうひとつ。設計図どおりにいかない日は、かならずあります。
予定より遅れる。思わぬことが起きる。体が言うことをきかない。
それでも、自分を責めなくて大丈夫です。
設計図は、あなたをしばる鎖ではなくて、迷ったときに戻ってこられる地図なので、ずれたらその場で引き直せばよく、計画どおりにいくことよりも、いつでも引き直せることのほうが、ずっと大事だと僕は思っています。
そして、ひとりで抱えなくていい。僕がガイドと時間を読むように、あなたも、誰かと一緒に読んでいい。
見えなくなっていく世界の中で、支えられながら挑み続ける。その旅を、仲間と一緒に。
今日のあなたの1ミリを、心から応援しています。
「視覚障害B2の生活」「IRONMAN サブ11挑戦」「1ミリの行動」「気合いより1ミリ」をテーマに、講演を続けています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
📧 つなひろワールドへお問い合わせ中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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25メートルも泳げなかった僕が、ガイドとロープでつながって226kmに挑むまでを、YouTubeで1話ずつ動画にしています。
▶ IRONMANシリーズを第1話から見る(YouTube)
RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、1ミリの行動を続ける人