「疲れたら休もう」と思っていて、気づいたら、もうへとへとだったこと、ありませんか。
「のどがかわいたら飲もう」と思っていて、気づいたら、もうカラカラだったこと。
僕は、長いレースで同じことを学びました。感じてからでは、おそい。
僕は中澤隆(なかざわ りゅう)です。視覚障害のB2というクラスで、パラトライアスロンをしています。盲導犬のシュクレと暮らしています。
IRONMANは、スイム・バイク・ランを合わせて226キロ。僕は15時間前後、動き続けます。
そのあいだ、僕はお腹がすいていなくても食べます。
決めた時間が来たら、口に入れる。「まだ全然平気だな」と思っていても、です。
今日は、「何を食べるか」ではなく、「なぜ、お腹ではなく時計で食べるのか」という考え方の話を書きます。
ふだんは、お腹がすいたら食べる。それで何も困りません。
でも、15時間前後も動き続けるレースでは、それが通じません。
理由は、かんたんです。
「お腹がすいた」と感じたときには、体のエネルギーは、もう底をつきかけているからです。
空腹は、HPがほとんど0になってから鳴る音のようなものです。
つまり、気づいたときにはもう手おくれに近い、ということです。
しかも、食べたものは、すぐには力になりません。
胃で消化されて、体に吸収されて、やっと力になる。そこに時間がかかります。
だから、すいてから食べても、間に合わないのです。
長いレースで一度エネルギーが切れると、頭がぼーっとして、足に力が入らなくなります。そこから食べても、すぐには戻りません。
短い運動なら、気合いでゴールまで持つかもしれません。
でも、15時間は、気合いでは持ちません。体は正直です。燃料が切れたら、止まります。
だから僕は、空腹を「食べる合図」ではなく「食べるのがおくれたという知らせ」だと考えて、空腹が来るのを待たないと決めています。
空腹を待たないなら、何をきっかけに食べるのか。
答えは、時計です。
お腹の感じは、関係ありません。決めた時間が来たら、口に入れる。
すいていなくても、食べる。「全然平気だな」と思っていても、食べる。
HPがまだたくさん残っているうちに、回復しておくのです。
つまり、元気が残っているうちに、先に食べておく、ということです。
……元気なのに回復する。ゲームなら、もったいないと言われそうです。
でも、長いレースでは、これが正解です。
最初は、すいていないのに食べるのが、少し気持ち悪く感じます。
だから、本番でいきなりやりません。ふだんの練習から、時計で食べておきます。
問題が起きてから手を打つのではなく、起きる前に手を打つ。
「お腹がすいたら」という感覚を、「時間が来たら」という決まりに置きかえると、補給は気合いの問題ではなくなり、ただの段取りに変わります。
ここで、僕ならではの問題が出てきます。
「時計で食べる」と言っても、僕は走りながら時計をチラッと見ることができません。
目の見える選手なら、腕に目を落とせば、すぐ時間が分かります。僕には、それがむずかしい。
時計で食べると決めたのに、その時計が見えない。……いきなり、つまずいています。
でも、ここで「じゃあ無理だ」とあきらめたら、僕は長い距離を進めません。
できない理由を数えるのは、かんたんです。
大事なのは、「どうすれば、見えなくても時計で食べられるか」と考え直すことです。
僕の合言葉は、「ピンチはチャンス、カギは工夫」。
見えないからこそ、僕は補給を「自分だけの感覚」にたよるのをやめました。
時間の管理を、自分の外に置く。ガイドといっしょに管理する。そういう形にしました。
目の見える選手は、自分で時計を見て、自分で管理できます。でも、集中が切れたとき、うっかり忘れることもあるはずです。
僕は、見えないという理由で最初から「2人でやる」と決めるしかなかったのですが、そのおかげで、自分だけでかかえるよりもずっと強いやり方にたどり着くことができました。
僕のレースは、ガイドと2人で進みます。
スイムとランはロープでつながり、バイクは2人乗りのタンデム自転車で前と後ろに乗ります。
そのガイドに、レースの前にお願いしておきます。
「このくらいの時間が来たら、声をかけてください」
すると、ガイドの声が、時計のかわりになります。
「そろそろ補給ですよ」
そのひと声で、僕は時間どおりに口に入れられます。
大事なのは、レースの前に、ちゃんと言葉にして決めておくことです。
当日いきなり「いい感じに声をかけてください」では、おたがいに迷います。どのくらいの間で、どんな言葉で合図するか。先に2人で決めておきます。
レース中、苦しくなると、補給をあと回しにしたくなります。「今は無理。あとで」と。
僕の中の「にげる」が、顔を出すのです。
つまり、苦しいから、食べるのをさぼりたくなる、ということです。
でも、苦しいときこそ、補給がいるときです。
僕が「あとで」と思っても、ガイドは時間どおりに「補給ですよ」と言ってくれて、その声が僕の甘えを止めてくれるので、僕の補給は、時計を読むガイドと口に入れる僕の、2人の仕事なのです。
「時計で食べる」と聞くと、冷たくて機械みたいに感じるかもしれません。
でも僕は、これは自分の体を大事にするやり方だと思っています。
すいてから、あわてて食べる。それは、体を追いこんでから手当てするのと同じです。
時間どおりに先に入れる。それは、体が苦しくなる前に支えてあげることです。
むずかしいのは、気分に流されないことです。
調子が悪いと、「気持ち悪いから、食べたくない」と思います。でも、そういうときこそ、体は燃料をほしがっています。少しずつでも、口に入れます。
調子がいいと、「まだいらない」と思います。こっちのほうが、あぶないです。
「今日は調子がいいから、少しぬいてもだいじょうぶ」と飛ばすと、何十分かあとに、そのツケがまとめて来ます。
調子がいいのは、今ちゃんと燃料があるからです。ぬいていい理由には、なりません。
1回の補給は、ほんの少しのエネルギーです。
でも、その小さな1回を、気分のいい日も悪い日も同じリズムで何度も積み重ねていくと、それが226キロを動き続けるだけの力になります。
この考え方は、レースの外でも使えます。
たとえば、仕事。
「疲れたら休もう」だと、疲れを感じたときには、もうへとへとです。
でも、「1時間ごとに少し休む」と時間で決めておけば、疲れきる前に戻れます。
休みは、HPが0になってから取るものではありません。
つまり、限界を感じてからではなく、感じる前に休む、ということです。
水も、睡眠も、同じです。のどがカラカラになる前に飲む。眠くてたおれる前に休む。
心も、同じだと僕は思っています。
落ちこんでから立て直すのは、大変です。
でも、落ちこむ前に、決まったリズムで好きなことをしたり、人と話したりしておくと、心は底まで落ちにくい。
「つらくなったらやる」のではなく「決めた時間にやる」という、体の補給で覚えたこのやり方は、そのまま心の補給にも使えるのだと、僕は思っています。
最後に、ひとつだけ。
もしできるなら、その「先回り」を、誰かといっしょにやってみてください。
僕がガイドに「補給ですよ」と声をかけてもらうように。
家族や仲間と、「この時間になったら休もうね」と決めておく。
自分だけだと、「もう少し」と無理をしてしまいます。僕もそうです。
でも、声をかけてくれる人がいると、ブレーキがかかります。
先回りは、自分だけでかかえなくていいのです。
空腹の手前で、食べる。疲れの手前で、休む。心が折れる手前で、人とつながる。
たおれてから立て直すのは本当に大変ですが、たおれる少し手前で小さく手を打つことなら、今日からでも、誰にでも、そして誰かといっしょにならもっと楽に、始められます。
ピンチはチャンス、カギは工夫。
今日も、つながる輪の中で、いっしょに1ミリ進みましょう。
「視覚障害B2の生活」「IRONMAN サブ11挑戦」「1ミリの行動」「気合いより1ミリ」をテーマに、講演を続けています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
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RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、1ミリの行動を続ける人