僕の心の中には、減点ばかりつけてくる採点係が、長いあいだ住んでいました。
もしあなたが、うまくいかないたびに「なんで、こんなこともできないんだ」と自分に言っているなら。
もしあなたが、昨日までできていたことが今日できなくて、怖さや焦りに追われているなら。
もしあなたが、厳しくしないと自分はダメになる、と信じているなら。
この記事は、あなたのためのものです。
僕は中澤隆(なかざわ りゅう)です。視覚障害B2クラスのパラトライアスリートで、盲導犬シュクレと暮らしています。
27歳で緑内障と診断され、そこから目は、ゆっくりと、でも確実に見えなくなっていきました。
これは、引き算しかなかった毎日が、足し算に変わっていった話です。目のことと関係なくても、「できないことが増えていく」どんな場面にも効く話だと思っています。
少しだけ、当時の話をさせてください。
31歳の頃には、右目は5円玉の穴から覗いているような感じで、中心しか見えない。左目は、目の前でグーチョキパーがなんとか分かる、その程度になっていました。
僕は18歳から、電気工事の会社で働いていました。現場監督の仕事で、図面を見るのが毎日の仕事です。生まれて初めて「ここが自分の居場所だ」と思えた場所でした。
その図面の細かい字が、だんだん見えなくなっていきました。
机の上で、見積もりや図面を見る仕事に回っても、同じでした。1回で済んでいた確認が、2回、3回に増える。「早くしなきゃ」と思うほど、手が止まる。
あの頃、僕の頭の中には、見えない「できることリスト」がありました。それが、毎日のように引き算されていくんです。
項目がひとつ消えるたびに、僕のHPも、1ずつ減っていきました。
つまり、できないことが増えるたびに、自分の価値まで削られていくように感じた、ということです。
「このまま引き算が続いたら、最後には何も残らないんじゃないか」と思うと、足元が崩れていくようで、明日はどの項目が消えるんだろうと、未来まで怖がるクセがついていきました。
いちばん怖かったのは、夜でした。
眠って、朝起きたら、また何かひとつできなくなっているんじゃないか。目が覚めたら、もっと見えなくなっているんじゃないか。
布団に入って、暗い天井を見上げていると、そんな想像ばかりが膨らんでいきました。
考えても答えなんて出ないのに、考えるのをやめられない。眠るのが怖くて、でも起きているのも苦しい。
そのたびに、僕は自分を責めました。
「どうして、こんなに遅いんだ」
「昨日はできたのに、なんで今日はできないんだ」
「みんなに、迷惑をかけてばかりだ」
何かをするたびに、頭の中の採点係が減点をつけてくる。朝は「今日もできないことが増えているんじゃないか」と思い、夜は「自分はなんてダメなんだろう」と責める。
そして結局、13年勤めた会社から、「このまま続けるのは難しいよね」と言われました。事実上の、クビでした。
めちゃくちゃ悔しかった。でも、それ以上に僕は、会社に「このまま続けるのは難しいよね」と言われるところまで来てしまった、「役に立てなくなった自分」のほうを責めていました。
いま振り返って、はっきり分かることがあります。
自分を責めている時間は、何も生み出していなかった。
「なんでできないんだ」と責めても、できるようにはならない。「昨日はできたのに」と悔やんでも、昨日は戻ってこない。
責めれば責めるほど、心がすり減るだけでした。そして心がすり減ると、次の一歩を出す力がなくなっていく。
あとで気づいたのですが、「自分を責めること」と「続けること」は、相性がすごく悪いんです。
人は、責められ続けると、その場所から逃げたくなります。相手が他人でも、自分自身でも、同じです。
当時の僕は、「もっと厳しくすれば、できるようになるはずだ」と、どこかで思っていました。
でも違いました。自分を責めることは、自分を鍛えることではなく、ただ自分を消耗させて、「もう、やりたくない」という気持ちを心の奥に少しずつ溜めていくことだったんです。
そんな僕が変わりはじめたきっかけが、トライアスロンでした。
31歳の頃、テレビで、全盲の女の子がトライアスロンに挑戦している姿を見ました。「僕より見えない子ができるなら、僕にもできるんじゃないか」。その小さな気持ちから始めました。
始めた頃の僕は、本当に何もできませんでした。25メートルも泳げない。1キロ走ると、膝が痛くなる。ただの太ったおじさんです。
……ここでもまた、「できない」の山。
でも、続けるうちに気づきました。トライアスロンは、引き算じゃなくて「足し算」の世界だったんです。
1キロで膝が痛かったのが、2キロ走れるようになる。昨日より1秒だけ速く泳げる。
毎日、レベルが少しずつ上がっていく感じでした。
つまり、昨日の自分より、ほんの少しできることが増えていく、ということです。
そのうち、頭の中の減点ばかりの採点係が、「お、今日はここまでできたな」と、小さなプラスに気づいてくれるように、少しずつ変わっていきました。
足し算に変わった理由は、2つあります。
ひとつ目は、問いを変えたこと。
それまでの僕は、いつも「これは、できる?できない?」と自分に聞いていました。それだと、視力が落ちるたびに、答えは「できない」で終わってしまう。
だから問いを、「これは、どうやったらできるか?」に変えました。
たとえば、スイム。「目が見えにくいから、まっすぐ泳げない」。ここで止まれば、できないです。
でも「どうやったら泳げるか」と聞けば、答えが出てきます。ガイドと伴走ロープでつながって、合図をもらいながら泳ぐ。
バイクも同じです。タンデム自転車(2人乗り)の前にガイドが乗って、後ろで僕がこぐ。役割を分ければ、180キロだって走れます。
ふたつ目は、前進の「測り方」を変えたこと。
人と比べるのを、やめました。昨日の完璧な自分と比べるのも、やめました。
なにせ子どもの頃から「のび太君」と言われてきた人間です。人と比べたら、いつだって届きません。
代わりに見るのは、「昨日の自分より、1ミリでも進めたか」だけです。
その測り方なら、たとえ世界の誰よりも遅くても、昨日の自分よりほんの少しでも前に行けた日は、まぎれもない前進として、自分をちゃんと認めてあげられたんです。
問いを変えると、面白いことが起きました。減る一方だったリストに、今度は工夫が足されていったんです。
「どうやったらできるか」と聞くと、答えは必ず、具体的な工夫になります。「気合いで乗り切る」ではなく、「ロープを使う」「合図を決めておく」。
だから、次もその次も使えるんです。気合いは続かないけれど、工夫は残る。これが、僕の合言葉「気合いより段取り」の正体です。
工夫をひとつ見つけると、それが次の工夫を呼んできます。シュクレと歩けるようになると、行ける場所が増える。行ける場所が増えると、「あそこにも行ってみよう」と、新しい挑戦が生まれる。
「自分の目で図面を読む」はできなくなったけれど、「音声と段取りで仕事を組み立てる」が増えた。「どこへでも自分だけで行く」はできなくなったけれど、「シュクレと、ガイドと、仲間と一緒に行く」が増えた。
リストは、減ったんじゃない。形を変えていただけでした。
今のリストは、目が見えていた頃とは中身がまるで違うのに、自分だけでやっていた頃には知らなかった、仲間と一緒にできる喜びがたくさん入っていて、ずっと充実しています。
「それって、自分に甘いだけじゃないの?」と思った方も、いるかもしれません。
その気持ち、よく分かります。僕も、ずっと「厳しくしなきゃダメになる」と思っていたからです。
でも今は、はっきり言えます。自分に優しくするのは、甘えではありません。続けるための、立派な技術です。
自分を責めると、HPが減ったまま、次の日を迎えることになります。
つまり、心がすり減ったままで、また次の一日を始めることになる、ということです。
逆に、小さな前進を認めて「今日もできたじゃないか」とねぎらうと、心に余白ができる。その余白に、「明日も、やってみよう」が入ってくる。
ただし、ひとつだけ。自分に優しくするのは、サボることを許すのとは違います。
疲れた朝には、「めんどくさいな」「誰も見てないし、休んでもいいか」という、優しい声が聞こえてきます。でも、「今日はいいや」が1回入ると、次の日のハードルが上がって、止まるクセが育っていく。
だから僕の「自分に優しく」は、こうです。
根性で無理やり引っぱるのでもなく、責めて追い立てるのでもなく、自分が動きやすいように、そっと背中を押してあげる、それが僕の続け方です。
もしあなたが今、何かがうまくいかなくて、自分を責めているなら。少しだけ、責めるのをやめてみてほしいのです。
そして、問いを変えてみてください。「できる?できない?」ではなく、「どうやったらできるか?」と。
測り方も変えてみてください。人と比べるのも、昨日の完璧な自分と比べるのも、やめる。「昨日の自分より、1ミリでも進めたか」だけを見る。
きっと見つかります。どんなに小さくても、あなたが前に進んだところが。見つけたら、「よし、進んだ」と、自分に言ってあげてください。
それから、何でも自分の力だけでやろうとしなくていいんです。道具も、人の手も、やり方も、使えるものはどんどん使っていい。頼ることは、負けではありません。それも立派な工夫です。
夜が怖い日は、怖いままでいい。「どうやったらできるか」という問いをひとつ持っておくだけで、怖さを抱えたままでも、一日をちゃんと前に進められるようになります。
僕は、見えなくなっていく目と引き換えに、たくさんのものを失いましたが、トライアスロンと、一緒に泳いでくれた人、伴走してくれた人たちが、「自分を責める時間を減らす」という生き方を教えてくれました。
見えなくなっていく世界の中で、支えられながら挑み続ける。その旅を、仲間と一緒に。
あなたの今日の小さな1ミリを、責めるのではなく、認めてあげてください。
「視覚障害B2の生活」「IRONMAN サブ11挑戦」「1ミリの行動」「気合いより1ミリ」をテーマに、講演を続けています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
📧 つなひろワールドへお問い合わせ中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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緑内障がわかった日から、見えなくなっていく中で挑み続けるまでを、YouTubeで1話ずつ動画にしています。
RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、1ミリの行動を続ける人