走り終わって、のどがカラカラ。やっと自販機の前に着いたのに、小銭が足りない。そんな経験、ありませんか。
もしあなたが、走ったあとの水分補給を、いつも「その場でなんとかなる」ですませているなら。
もしあなたが、疲れているときほど、かんたんなことでつまずいてしまうなら。
もしあなたが、小さな準備をつい後回しにしてしまうなら。
この記事は、あなたに向けて書きました。
僕は中澤隆(なかざわ りゅう)です。視覚障害B2クラスのトライアスリートで、盲導犬のシュクレと暮らしています。
2024年9月15日には、IRONMAN(226キロ)を13時間14分17秒で完走しました。
でも今日は、そんな大きな話ではありません。自販機の前で立ちつくした、小さな失敗の話です。
ある晴れた日曜日のことです。
自宅の近くで、20キロのロング走を終えました。
のどが、カラカラです。
20キロを走り終えた僕のHPは、ほぼ0でした。
つまり、とにかく今すぐ何か飲まないと、もう動けない状態だった、ということです。
近くの自販機へ向かいました。財布を開けました。
小銭が、ない。
正確には、100円玉が1枚だけ。飲みたいスポーツドリンクは、160円です。
千円札なら、何枚も入っていました。
でも、この自販機は、電子マネーが使えない。
……226キロは完走できるのに、あと60円が出せません。
結局その日は、自販機をあきらめて、コンビニまで歩きました。
たった300メートルです。でも、のどがかわききった体で歩く300メートルは、さっきまで走っていた20キロよりも、ずっとずっと長く感じました。
「これは、ちゃんと対策しないとまずいな」
そう思いました。
考えてみると、これは走る人によくある話です。
僕の場合は、ここにもうひとつ加わります。
硬貨を見分けるのに、時間がかかるんです。
目で見て数えるのではなく、指でさわって、大きさや形で確かめていくからです。
100円玉と500円玉は、大きさで分かります。
でも、10円と50円。1円と5円。これは、けっこう迷います。
走ったあとは、指先の感覚もにぶっています。まちがいも増えます。
暑さと疲れで頭が回らないなか、指先だけで小銭を1枚ずつ確かめながら自販機の前に立っている時間は、思っていたよりずっと、気持ちがすり減るものでした。
だから、決めました。その場で考えなくていいように、先にルールを作っておく。
ここからが、僕の4つの工夫です。
ランニングポーチに、500円玉を2枚。これを、いつも入れています。
なぜ500円玉なのか。理由は2つです。
100円玉だと、枚数が増えます。音も鳴ります。見分けるのも面倒です。
500円玉が2枚なら、最大で1000円分の飲み物が買えます。
走る前に、ポーチをさわって確かめる。やることは、それだけです。
……それだけのことを、あの日の僕はやっていませんでした。
たった2枚の硬貨がポーチの底に入っているのを指で確かめてから走り出すようになって、「買えなかったらどうしよう」という小さな心配を、走っている間じゅう持たずにすむようになりました。
今は、地図アプリで、電子マネーが使える自販機を探せます。
僕は、練習コースの途中にある自販機を調べて、スマホのメモに記録しています。
「何キロのあたりに、使える自販機がある」。そういうメモです。
見えにくいと、知らない場所でいきなり自販機を探すのは、むずかしい。
だから、これは僕にとってのセーブです。
つまり、「ここまで来れば必ず飲める」という場所を、先に作っておく、ということです。
疲れてから探すのと、どこにあるかを知ったうえで走り出すのとでは、同じ道を走っていても、気持ちの軽さがまるで違います。
コンビニは、僕にとって、いちばん頼れる補給の場所です。
電子マネーが使える。トイレがある。店員さんに助けを求められる。
僕は、練習コースにあるコンビニの場所を、「何キロ地点にある」という形で頭に入れています。
シュクレも、よく行くコンビニは覚えています。
「シュクレ、セブン!」と言えば、連れていってくれます。
……連れていってくれる、こともあります。
自販機がだめでも、あそこまで行けば水もトイレも人の手もある、と分かっている場所がコースの上にひとつあるだけで、長い距離を走るときの心細さは、ずいぶん小さくなります。
長い距離、20キロ以上を走るときは、最初から水を背負います。
ハイドレーションパックという、背負える給水バッグです。
自販機に頼らなければ、小銭の問題は起きません。
単純ですが、これがいちばん確実です。
ただ、弱点もあります。
夏は、重い。冬は、中の水が凍ることがある。
……万能の道具は、なかなかありません。
だから、季節と距離で使い分けています。
どれかひとつに決めてしまうのではなく、小銭と、自販機のメモと、コンビニと、背負う水とを、その日の距離と季節に合わせて組み合わせておくのが、今の僕のやり方です。
この4つを決めてから、走ったあとの体の戻りが、明らかに早くなりました。
理由は単純です。
確実に飲めるから、水分が足りない状態にならない。
前の僕は、「自販機で買えなかったら、あきらめよう」と、どこかで思っていました。
だから、飲むのが遅れることが多かった。
次の日に疲れが残る。練習の回数が落ちる。そのくり返しでした。
「500円玉を2枚」と決めてから、その心配がなくなりました。
走り終わって30分以内に、水分とミネラルをとれる。これが、回復のいちばんの近道でした。
つまり、特別なことをするより、走った直後にちゃんと飲むほうが、次の日の体が楽になる、ということです。
たかが小銭、されど小銭で、ポーチの中の硬貨2枚という小さな習慣が、226キロという長いレースに向かう毎日の練習を、足もとから支えてくれています。
もしあなたが、走ったあとの補給を「その場でなんとか」にしているなら。
一度、ルールを決めてみてください。
どれでも、いいんです。
大事なのは、「飲めない」という場面を、先になくしておくことです。
疲れると判断がにぶるのは、見えていても、見えていなくても、同じです。
先に決めておけば、迷わない。迷わなければ、確実に飲める。確実に飲めれば、体の戻りが早くなる。
単純ですが、これが、長く走り続けるためのコツだと思っています。
あの日、自販機の前で60円が足りなくて立ちつくした僕が学んだのは、準備というのは、疲れきった未来の自分を、元気なうちの自分が助けておくことなのだ、ということでした。
次に走る前に、ポーチの中をさわってみてください。
500円玉が2枚。それだけで、走り終わったあとの安心が、まるで違います。
最後まで読んでくれて、ありがとうございました。
2026年9月13日、IRONMAN JAPANを完走しました(14時間43分54秒・PCクラス2位)。この挑戦は、支えてくれる人たちと一緒に作る物語です。次の挑戦も、日々の練習やレースの様子を発信していくので、そばで見届けてもらえたら嬉しいです。
中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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25メートルも泳げなかった僕が、ガイドとロープでつながって226kmに挑むまでを、YouTubeで1話ずつ動画にしています。
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