35キロ地点で、時計の電池が切れました。ペースも、残りの距離も、全部消えました。
もしあなたが、準備してきたことが本番でうまくいかなかった経験があるなら。
もしあなたが、もう戻らないものを、手から落としてしまったばかりなら。
もしあなたが、頼りにしていた数字が全部消えたとき、自分はまだ進めるのだろうかと思ったことがあるなら。
この記事は、あなたに向けて書きました。
僕は中澤隆(なかざわ りゅう)です。視覚障害B2クラスのパラトライアスリートで、盲導犬のシュクレと暮らしています。
2026年9月13日、IRONMAN JAPAN(ジャパンみなみ北海道)を完走しました。226キロのトライアスロンです。
今日は、その一日のことを書きます。
先に、数字を全部出します。
PCクラスというのは、障害のある選手のクラスです。
過去の記録と並べると、こうなります。
去年より、約25分、速くなりました。
数字だけ見れば、前に進んだ一年です。
でも、正直に書きます。
この日、思いどおりにいったことは、ひとつもありませんでした。
……ひとつも、です。
ボトルは落とすし、気持ち悪くなるし、時計は止まるし、という一日だったのに、それでもゴールまでたどり着けたのはなぜだったのかを、ここから順番に書いていきます。
朝6時29分。海に入りました。
僕とガイドの平川さんは、ロープ1本でつながっています。
結ぶのは、お互いの太ももの付け根です。手ではありません。手は、泳ぐために空けておきます。
ぴんと張る。ふっとゆるむ。
その張りぐあいが、僕にとっての方角です。
水の中では、僕の目はほとんど使えません。ゴーグルの向こうにあるのは、明るいか暗いかの差くらいです。
だから、太ももに伝わってくる引きだけを読んでいます。
少し右へ引かれたら、右へ。テンポが速くなったら、速く。
このロープが、僕の目です。たとえではなく、そのままの意味です。
スタートの合図で腕を回しはじめると、息つぎのたびに口に入ってくるしょっぱい水と、耳の内側で鳴り続ける泡の音と、前の選手が蹴り上げた水の振動が、いっぺんに押し寄せてきました。
それでも、ロープさえ張っていれば、僕は進めます。
その途中で、僕と平川さんの間に、ほかの選手が入ってきました。
つながりが、切れました。
まず、太ももが軽くなりました。
さっきまであった張りが、ない。引かれる感じが、ない。
ロープは、太ももに結ばれたままです。なのに、その先から何も伝わってこない。
残ったのは、音だけでした。
自分の呼吸。耳の内側の泡。遠くの笛。水面をたたく、たくさんの腕。
どれも、方向を教えてくれません。水の中では、音は右からも左からも、同じ大きさで届きます。
体の向きが、分からなくなりました。
沖へ向かっているのか。岸へ戻っているのか。足を下ろしても、底はありません。
目が見えていれば、顔を上げてブイを探せばすむ話です。僕には、その一手がありません。
腕を回しながら、張りが戻るのを待つ。それだけでした。
何秒だったのかは、分かりません。たぶん数十秒で、でも僕の体には、それよりずっと長い時間として残っていて、あのこわさは、今でもうまく言葉にできません。
それでも、平川さんは、僕を見つけてくれました。
太ももに、張りが戻ってきます。ぴん、と。
あの感触を、僕の太ももは今でも覚えています。
バイクは、2人乗りのタンデムです。前に平川さん、後ろに僕。
2周目。補給用のボトルを、落としました。
口へ運ぼうとした、その途中です。指の内側を、つるっと何かが通りすぎました。
あ、と思ったときには、もう後ろです。
路面に当たる、かわいた音。それが一度、二度とはねて、遠ざかっていく。その音を、背中で聞いていました。
拾いには、戻れません。2人で漕いでいる自転車を止めて引き返す、という選択は、この日のコースの上にはありませんでした。
あのボトルは、僕の回復の道具でした。
つまり、残りの長い距離を走るためのエネルギーが、あの中に入っていた、ということです。
……それを、自分の手で落としました。
でも、そこで終わりにはしませんでした。
エイドで配っている補給食をもらいました。手元のジェルと固形物を、口に入れました。
計画とは、味も、量も、タイミングも違います。それでも、つなぎました。
前半は時速32キロで走れていたのに、後半は25キロまで落ちていて、数字というのは本当に正直で、落としたボトルのぶんだけ遅くなったと、言い訳をひとつも聞かずに、そのまま教えてくれます。
落としたものは、戻りません。あるもので、進むしかない。
180キロ、6時間30分11秒でした。
そして、ラン。42.195キロです。
途中から、気持ち悪くなりました。
補給を入れたいのに、入らない。口まで運んでも、のどの手前で止まります。飲みこもうとすると、体のほうが押し返してくる。
走っているのに、前に進んでいる感じがしません。
28キロで、預けていたバッグを受け取りました。
このあたりのペースは、1キロ11分48秒です。
このときの僕のHPは、ほぼ0でした。
つまり、走っているつもりでも、歩くのと変わらない速さしか出ていなかった、ということです。
骨伝導のイヤホンからは、ラップの数字が聞こえてきます。
その数字が、じわじわ悪くなっていく。
……聞きたくないのに、ちゃんと教えてくれます。
次の給水所まで。次のカーブまで。区切りを小さくして、そこまでだけ進もうと、何度も何度も自分に言い聞かせながら、聞こえてくる音がなかなか変わらない長い道を、少しずつ前へ進んでいきました。
35キロ。
時計の電池が、切れました。
スタートのときは、75パーセントあったんです。
去年も、時計は途中で止まりました。2年続けてです。
……なんで、このタイミングなんだ。
耳に入ってきていた音声が、とぎれます。
ペースが分からない。残りの距離も、時間も、全部消えました。
見えない僕から、数字まで見えなくなりました。
そのとき、僕に残っていたものを書き出してみます。
アスファルトを踏む、自分の足音。夜になってひんやりしてきた空気。手の中の、少ししめったロープ。隣を走る、平川さんの呼吸。
そして、平川さんの声です。
声が少し右から聞こえれば、体はそちらへ寄っていきます。声のテンポが上がれば、脚もそれに合わせます。
あと何キロなのかも、今どれくらいの速さなのかも分からないまま、数字ではなく、隣から聞こえる声だけに合わせて、足を一歩ずつ前に出していきました。
目が見えなくなっていく中で生きるというのは、こういう時間の連続です。
確かめられるものが、少しずつ手元から減っていく。それでも、隣に声があるかぎり、次の一歩は置けます。
ゴールしたのは、夜の9時13分でした。
僕にとって、ゴールは「見える」ものではありません。「聞こえる」ものです。
近づいてくるアナウンス。大きくなっていく拍手。平川さんの声。それが重なって、ゲートが近いことを教えてくれます。
レースが終わってから、記録を見ました。
最後の3.6キロは、1キロ6分45秒。
その手前は、12分7秒でした。
時計が止まってから、いちばん速く走っていたんです。
……自分でも、おどろきました。
ずっと数字を追いかけていた時間よりも、数字が全部消えて、平川さんの声だけを聞いて走っていた最後の時間のほうが速かったということを、どう説明すればいいのか、僕にもまだ分かりません。
ただ、記録には、そう残っています。
ボトルを落として、気持ち悪くなって、時計も止まりました。
それでも、ゴールできました。2位という結果も、あとからついてきました。
準備したものが本番で通用しない日は、競技の外にもあります。
そういう日、僕たちはつい「ゲームオーバーだ」と考えます。
つまり、もうだめだ、ここで終わりだ、と思ってしまう、ということです。
でも、実際に起きているのは、「予定どおりにいかなくなった」ということだけです。進めなくなったわけではありません。
僕がこの日ゴールできたのは、強かったからではありません。
ロープの向こうに、平川さんがいました。沿道に、声がありました。前の日まで準備を手伝ってくれた仲間がいて、留守番をして待っていてくれたシュクレがいました。
名前も知らないまま僕の名前を呼んでくれた沿道の方まで含めて、見えないところで支えてくれた人が本当にたくさんいて、この226キロは、僕だけの力では、どうやっても進めなかった距離です。
最後に、ふたつだけ提案させてください。
ひとつめ。あなたにとっての「声」は、誰ですか。3人でいいので、名前を書き出してみてください。数字が消えたとき、最後に残るのは、その人たちの声です。
ふたつめ。落としたものを数えるのを、やめてみてください。代わりに、今あるものを数える。あるもので、進めます。
ボトルは、また落ちます。時計も、また止まるでしょう。
それでも僕は、来年もスタートラインに立ちます。
見えなくなっていく世界の中で、支えられながら挑み続ける。その旅を、仲間と一緒に。
2026年9月13日のIRONMAN JAPAN(ジャパンみなみ北海道)は、14時間43分54秒で完走しました。けれど、ここが終点ではありません。サブ11時間へ、そして次のレースへ、これからも挑み続けます。この挑戦は、支えてくれる人たちと一緒に作る物語です。日々の練習やレースの様子を発信しているので、そばで見届けてもらえたら心強いです。
中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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「中途失明」「挑戦」「不安があっても前に進む力」をテーマに、2017年から講演を続け、ここ3〜4年は年間50回前後で登壇しています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
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RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、人生現役で挑み続ける