「これが、僕の大切なパートナーです」。そう言って出した写真が、まちがっている。体育館が、どっと笑います。
もしあなたが、人前で話すことになって、「どうしたら伝わるんだろう」と悩んでいるなら。
もしあなたが、笑わせるべきか、まじめに話すべきかで迷っているなら。
もしあなたが、自分の体験を誰かに伝えたいと思っているなら。
この記事は、あなたに向けて書きます。
僕は中澤隆(なかざわ りゅう)です。視覚障害のB2というクラスで、パラトライアスロンをしています。盲導犬のシュクレと暮らしています。
2017年から、学校や企業や自治体で講演を続けています。ここ数年は、年に50回前後です。
今日は、小学校の講演で見つけた「いちばんウケる話」と「いちばんシーンとなる話」を書きます。台本の裏側です。少しはずかしいですが、出します。
小学校の体育館で話すとき、僕にはひとつ、こまることがあります。子どもたちの顔が見えません。笑っているのか、たいくつしているのか、目でたしかめられません。
だから、講演のはじめに、必ずこうお願いします。
「みなさんの顔が、僕には見えません。だから、おもしろいと思ったら、声を出して笑ってください。なるほどと思ったら、拍手で教えてください」
声や拍手が返ってくると、僕は会場の空気を耳で感じられます。子どもたちも、自分の反応が僕に届くと分かると、前のめりになってくれます。
そして、子どもは大人よりずっと正直です。つまらなければ、すぐにそわそわします。おもしろければ、爆発するように笑います。
大人は、つまらなくても最後まで静かに聞いてくれます。やさしいです。でも、子どもは待ってくれません。
9年のあいだ、子どもたちの正直すぎる反応に何度もひやひやさせられながら、僕の台本は少しずつ直されてきたので、僕にとって子どもたちは、いちばんきびしくて、いちばんありがたい先生です。
小学生にいちばんウケる話は、何か。まちがいなく、これです。
彼女の写真と、盲導犬シュクレの写真を、まちがえる話。
僕は、細かいものがはっきり見えません。講演でスライドを出すとき、「これが僕の大切なパートナーです」と紹介しながら、彼女の写真とシュクレの写真を取りちがえます。
会場は、毎回、大笑いです。……シュクレには、少し失礼な話ですが。
この笑いがきくのは、僕が自分の見えにくさを、自分でネタにしているからだと思います。かわいそうな話としてではなく、笑い話として出します。
子どもは、目が見えにくい人を前にすると、どうふるまえばいいか分からなくて、かたくなってしまうことがあります。
でも、僕が自分の見えにくさで先に笑ってもらうと、「なんだ、笑っていいんだ」「ふつうに話していいんだ」と、体育館いっぱいにあったかたさが、すっとほどけていくのが、声の変わり方で分かります。
まじめな説明を10分するより、この10秒のほうが、ずっと早いです。
もうひとつ、子どもたちが身を乗り出すのが、恋の話です。
僕は中学生のころ、好きな子に気持ちを伝えられませんでした。「どうせ相手にされない」と決めつけました。
あのときの僕は、「にげる」を選びました。
つまり、気持ちを伝える前に、自分からあきらめた、ということです。
それから、長い時間がたちました。僕は目の病気になり、仕事を失い、トライアスロンに出会いました。
そして36歳のとき、その人と再会しました。
「目が見えにくいのに、トライアスロンをやってるの? すごい!」。そう言ってもらえました。
今なら言えるかもしれない、と思いました。中学のときに言えなかった言葉を、大人になった僕が、もう一度、伝えました。
この話をすると、子どもたちは「えーっ!」と声をあげます。
恋の話は、子どもたちにとっていちばん身近な「勇気の話」で、うまくいかなかった昔のことにも、あとからもう一度挑めるのだということが、笑い声といっしょに、ちゃんと心に残ってくれるようです。
ここからは、反対の話です。子どもたちが、しんと静かになる話。
僕は27歳のとき、緑内障と診断されました。最初は「へえ、そんな病気があるんだ」と、軽く考えていました。
でも、自分で調べて、一度なくした視野は元に戻らないと知りました。そこで、はじめてこわくなりました。
僕の仕事は、図面を見る仕事でした。その細かい字が、だんだん見えなくなっていきます。
1回ですんでいた確認が、2回、3回と増えます。早くしなきゃと思うほど、手が止まります。昨日できたことが、今日できません。
誰にも、言えませんでした。
この話をするとき、僕はゆっくり、静かに話します。
さっきまで笑っていた子どもたちが、息をのむように静かになっていくのが、声の消えた体育館の空気で分かり、「できないことが増えていくこわさ」は、小学生にもまっすぐ伝わるのだと、毎回思います。
そして、いちばんシーンとなるのが、この話です。
視覚障害者になったころ、僕は、夜になるのがこわかったのです。
あのころの僕にとって、夜はラスボスでした。
つまり、毎日かならずやってくる、いちばんこわい相手だった、ということです。
眠って、朝起きたら、もう何も見えなくなっているんじゃないか。そう思うと、ふとんに入るのがこわくてたまりませんでした。
講演では、つらい話を「がんばって乗りこえました」と、すぐ明るくまとめたくなります。でも僕は、こわかった時間そのものを、ちゃんと話すようにしています。子どもたちは、きれいな話より、本当の気持ちのほうに耳をすませてくれるからです。
そんな僕を動かしたのは、テレビで見た、全盲の女の子でした。その子は、僕より見えないのに、トライアスロンに挑戦していました。
画面の前で動けなくなり、涙が出て、「僕は、まだ見えている。だったら、僕にもできるかもしれない」と思ったあの夜から、僕の挑戦は始まりました。
静かになったあとに、小さな光がさす。この順番が大事です。
9年やってきて、僕はこう思っています。笑いだけでも、静けさだけでも、子どもの心は動きません。
笑いっぱなしだと、楽しい時間で終わります。つらい話ばかりだと、子どもは重くなって、心を閉じてしまいます。
笑いは、聞いている人の回復の時間です。
つまり、重い話でつかれた心を、いったん元に戻してあげる時間、ということです。
だから僕は、台本の中で、笑いと静けさを、わざと交互に置いています。
つらい話を2つ続けると、子どもの心は重くなりすぎます。だから、つらい話のあとには、必ず笑いか、小さな希望を置きます。
僕はその場で考えて話すのがとても苦手なので、どこで笑ってもらい、どこで静かになってもらうかというこの波を、前もって台本の上で何度も作り直してから、体育館に向かっています。
笑い声が返ってくれば、会場があたたまったと分かります。静かになれば、話が届いていると分かります。顔が見えない僕にとって、声と拍手は、目のかわりです。
笑いと静けさの波の中で、僕が必ず伝えることがあります。スポーツが、僕の何を変えたか。3つあります。
この3つを話すとき、子どもたちはとても真剣に聞いてくれていると、先生方が教えてくれます。
うまくいかなくて自分を責めてしまう気持ちは、きっと子どもたちにもよく分かるものなので、僕は笑いで開いてくれた心の中に、「できなくても、1ミリでも前に進めたら、それでいいんだよ」という言葉を、そっと置いて帰ります。
笑いも静けさも、ひとつのメッセージを届けるためにあります。
「ピンチはチャンス。チャンスに変えるカギは、気合いではなく工夫」。
顔が見えないなら、声や拍手で教えてもらう。写真をまちがえるなら、それを笑い話に変える。できないことを数えるのではなく、どうやったらできるかを考える。
もしあなたが、誰かの前で自分の体験を話す日が来たら、思い出してください。立派な話をしようとしなくて大丈夫です。
正直に笑ってもらい、正直に静かになってもらう。その波をていねいに置いていけば、あなたの言葉は、聞いた人の1日のどこかに、ちゃんと残ります。
子どもたちが笑ってくれた顔は、僕には見えません。でも、声と拍手で、ちゃんと分かります。
その声に支えられて、僕は今日もどこかの体育館で、まちがった写真を出しています。
「視覚障害B2の生活」「IRONMAN サブ11挑戦」「1ミリの行動」「気合いより1ミリ」をテーマに、講演を続けています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
📧 つなひろワールドへお問い合わせ中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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緑内障の診断からIRONMAN完走までを、16分の動画にまとめました。
RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、1ミリの行動を続ける人