もしあなたが、「続かないのは、気合いが足りないからだ」と自分を責めているなら。
もしあなたが、早起きしようと決めては、何度も布団に負けてきたなら。
もしあなたが、結果が出ない日に、次の一歩が出せなくなっているなら。
この記事は、あなたのためのものです。
僕は中澤隆(なかざわ りゅう)です。視覚障害B2クラスのパラトライアスリートで、盲導犬のシュクレと暮らしています。
よく「すごい意志ですね」と言われます。でも、僕は意志の弱いほうです。今日は、その弱い僕が続けていられる仕組みを、全部書きます。
IRONMANは、スイム3.8キロ、バイク180キロ、ラン42.195キロ。合わせて226キロです。
僕の場合、ゴールまで13時間から15時間ほどかかります。
まだ暗いうちにスタートラインに立って、ゴールするころには日が暮れている。そのあいだ、ずっと体を動かし続けます。
正直に言います。気合いは、最初の1時間しか持ちません。
スタートのとき満タンだった気合いのHPは、スイムが終わるころには、もうほとんど残っていない。
つまり、「絶対やり切るぞ」という気持ちだけでは、長い時間は進めない、ということ。
これは、レースの前から知っていたことでもあります。
目が見えなくなっていく時期、僕は仕事で「早くしなきゃ」と気合いを入れるほど、焦って手が止まりました。気持ちで押すほど、空回りする。
あのとき、気持ちで何とかしようとするのがいちばん危ないのだと、僕は自分の体で知って、それからは気合いを、調子のいい日のおまけくらいに考えるようになりました。
視覚障害B2の僕にとって、段取りは選べるものではありません。必要なものです。
見えないのに、行き当たりばったりでは動けない。どの道を歩くか。どこに何を置いたか。前もって決めておかないと、一歩も出られません。
出かける前の朝、僕は頭の中で道をなぞります。
「玄関を出て右。最初の角を左。その先に段差がひとつ」
この頭の中の地図がないと、足が前に出ない。見える人が歩きながら目でやることを、僕は出る前に全部すませておきます。
緑内障で見えなくなっていく中で、僕は暮らしをまるごと段取りで組み直しました。最初は不便で、悔しくて、情けなかった。
でも、段取りでしか進めないという不自由が、気づけば僕のいちばんの武器になっていて、見えないことは不便ではあっても、誰よりも段取りを鍛えてくれた先生だったのだと、今は思っています。
朝起きたばかりの僕は、毎日レベル1に戻っています。
つまり、頭がぼんやりしていて、一日でいちばん意志が弱い状態だ、ということ。
その弱い自分に「さあ、今日は何をしよう」と決めさせたら、たいてい二度寝を選びます。人間、そういうふうにできている。……僕だけじゃないですよね?
だから、判断は前の晩にすませます。僕がやっている夜の仕込みは、3つです。
1つ目。目が見えにくいので、手書きのメモは書けません。でも、声なら残せる。欲張って並べすぎると朝の自分が重くなるので、シンプルに吹き込みます。
2つ目。見えにくい僕にとって、いちばん心が折れるのは「探す」ことです。薄暗い朝に「あれはどこだっけ」が始まると、それだけでやる気がそがれる。
だから、物ごとに置き場所を決めておく。明日使うものは、前の晩にそこへ並べておく。
3つ目。「早起きしたい」という気持ちだけでは、眠気の前であっけなく負けます。でも、自分で決めた練習の予定や、トライアスロンのスクールの朝スイムのように「○時に、これをやる」が決まっている朝は、起きる理由が強い。
この夜の仕込みを、僕は朝の自分への手紙だと思っています。頭のいちばん落ち着いている夜の僕が、まだ眠っている明日の僕に「これをやればいいよ」「道具はここだよ」と、そっと用意しておくのです。
僕は毎朝、4時半から6時のあいだに起きます。
「明日は早く起きよう」と決意しているわけではありません。もう、生活のリズムとしてそうなっているだけです。
人がいちばん力を使うのは、「やるか、やらないか」を迷っている時間だと思います。迷っているあいだに、やらない理由がどんどん集まってくる。
だから、迷う場面そのものを、リズムに溶かしてしまう。決まった時間に起きて、決まった流れで動く。考えないから、迷わない。
それでも、毎朝めんどくさいです。冬は寒いし、夏は眠い。アイアンマンを完走した人間がこれです。ちょっと情けない。
そんな朝は、1ミリの行動だけを決めます。靴下をはく。玄関まで行く。外を5分だけ歩く。
競技を始めて「練習に行く」という予定ができたとき、不安で家から動けなかった僕が、不安を抱えたままでも外に出られるようになりました。気持ちを変えるより先に、状況を変えてしまうほうが、ずっと早い。あのとき、スポーツが僕にくれたいちばんのものは、強い心ではなく「外に出る理由」だったのだと思います。
昔の僕は、結果ばかり気にしていました。タイムが伸びない。順位に届かない。そのたびに自分にバツをつけて、落ち込んでいた。
でも、結果は、自分ではコントロールできません。天気、風、海の波、前の晩の眠り、当日の体調。どれも、僕ががんばってもどうにもならない。
前日の試泳が中止になった年もありました。そんな日に「いつもどおりのタイムを」なんて、もう僕の手の中にはありません。
では、何なら自分で決められるのか。行動です。
しかも、行動の回数は減りません。
行った回数は、経験値みたいに、ただ積み上がっていく。
つまり、タイムが落ちた日でも、「今日も行った」という一回は、消えずに残る、ということ。
僕はもともと、25メートルも泳げない、ただの太ったおじさんでした。ある日とつぜん泳げるようになったわけではありません。「今日も行った」を、数えきれないほど積んだだけです。
ブログも同じです。文字を白黒反転させて、拡大して、一文字ずつ書く。地味な一本が、積み上がってきました。
だから毎日見るのは、やったか、やらなかったか、だけで、成果のほうは3か月に1回、立ち止まったときに振り返れば十分だと決めてから、僕は数字に心を振り回されなくなりました。
どんなに仕組みを整えても、うまくいかない日はあります。仕込みをしたのに起きられない朝もある。体が重い日も、心が沈む日もある。
マラソンの大会で、途中で走れなくなって、リタイアした日も、僕にはあります。あんなに準備したのに、と悔しくてたまりませんでした。
でも、1日できなかったくらいで、ゲームオーバーではありません。
つまり、1回つまずいても、それまで積んだものが全部消えるわけではない、ということ。
昔の僕は、できなかった日に「気合いが足りなかった」と心を責めていました。でも、心を責めても、次の日はよくなりません。
だから今は、段取りを見ます。前の晩に寝るのが遅かったのか。道具をそろえていなかったのか。原因が段取りにあるなら、段取りを直せばいい。
気持ちは責めても変わらないけれど、段取りはいくらでも作り直せます。仕込みさえ手元にあれば、外した次の日にまた自然とレールに戻れるので、大事なのは一日も外さないことではなく、外しても戻れる仕組みを持っておくことなのだと思います。
IRONMANの3種目も、考え方は同じです。
本番でいきなり考えることは、ひとつもありません。波で気持ちが乱れても、体が決めごとに沿って動いてくれます。
練習は自分でします。ガイドとつながるのは、本番の日です。
昔は、助けてもらう側になるのが情けなかった。でも今は、ガイドと僕は同じゴールを目指す対等なチームで、ふだんの段取りを積んできた僕と、その日いっしょに走ってくれるガイドとで、226キロを一歩ずつ進んでいくのだと思っています。
続かないのは、あなたの意志が弱いからではありません。続く仕組みが、まだ手元にないだけです。
今夜、ひとつだけ試してみてください。明日やることを、ひとこと残す。明日使うものを、決まった場所に置く。明日の予定を、ひとつ決める。
そして明日は、結果ではなく「やったかどうか」だけを数える。できなかった日は、自分ではなく段取りを見直す。
僕の段取りも、僕だけで作ったものではありません。ガイド、コーチ、家族、応援してくれる人たち、そしてシュクレ。支えられて、積み上げてきました。
見えなくなっていく世界の中で、支えられながら挑み続ける。その旅を、仲間と一緒に。
気合いがなくても、大丈夫で、今夜の小さな仕込みひとつが、明日の朝のあなたを、ちゃんと布団から連れ出してくれると、意志の弱い僕が、毎朝いちばん実感しています。
「中途失明」「挑戦」「不安があっても前に進む力」をテーマに、2017年から講演を続け、ここ3〜4年は年間50回前後で登壇しています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
📧 つなひろワールドへお問い合わせ中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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25メートルも泳げなかった僕が、ガイドとロープでつながって226kmに挑むまでを、YouTubeで1話ずつ動画にしています。
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RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、人生現役で挑み続ける