「ちゃんと作らなきゃ」。台所の前で、ため息をついたこと、ありませんか。
もしあなたが、家のことも仕事も、全部自分でやらなきゃ、とがんばりすぎているなら。
もしあなたが、お惣菜を買った日に、なんとなく後ろめたい気持ちになるなら。
もしあなたが、人に頼ることと、自分でやることの、ちょうどいい分け方を探しているなら。
この記事は、あなたのためのものです。
僕は中澤隆(なかざわ りゅう)です。視覚障害のB2というクラスで、パラトライアスロンをしています。盲導犬のシュクレと暮らしています。
「見えにくい人って、料理はできるの?」。そう気になる方もいると思います。
今日は、わが家の食事の本当のところを、そのまま書きます。
先に答えを書きます。
わが家の毎日のごはんを作っているのは、僕ではありません。妻です。
……いきなり、料理の記事らしくない答えで、すみません。
でもこれは、なんとなくそうなった話ではありません。僕が、はっきり選んだ形です。
考えてみました。もし僕が、毎日3食を全部自分で作ったら、どうなるか。
見えにくい中で安全に料理をするには、見える人が思うより、ずっと集中がいります。
それを1日3回です。
朝の練習。講演。原稿。IRONMANの準備。そこに使うはずの力が、料理でけずられていきます。
僕のHPは、台所でなくなります。
つまり、ごはんを作り終えたころには、練習や仕事に回す力が残っていない、ということです。
だから僕は、「自分で全部作る」を手放しました。
妻が台所に立ってくれるから、午前中の練習に出られます。講演の原稿を、落ち着いて整えられます。シュクレと、ていねいに過ごす時間も持てます。
妻が支えてくれているから僕は挑み続けられるのであって、わが家の食卓は、料理の上手下手よりも前に、そのつながりの上にのっているのだと思っています。
とはいえ、僕がまったく台所に立たないわけではありません。
作れる料理は、2つあります。
以上です。本当に、これだけです。
どちらも、やることが少ないのが共通点です。具材を入れる。煮る。だいたい、これで完成します。
見えにくい僕には、工程が少なくて、手順が決まっている料理が、いちばん作りやすいのです。
細かい盛りつけや、火加減を何度も見きわめる料理は、僕にはむずかしい。でも、鍋とカレーは「入れて、煮る」が中心です。見えなくても、段取りで最後まで作れます。
料理のレベルは、たぶんずっと1です。
つまり、作れる品数は少ないままで、僕はそれで十分だと思っている、ということです。
背のびをして10品に手を出して、全部が中途半端になるくらいなら、自信を持って作れる2品をたしかに作って、残りは妻にお願いするほうがいいというのが、僕の段取りの考え方です。
ここで、いちばん大事な工夫を書きます。道具の話です。
僕は、包丁を使いません。使うのは、キッチンハサミ1本だけです。
理由は、はっきりしています。見えにくい中で、包丁とまな板を使って切るのは、危なすぎるからです。
刃の位置も、自分の指の位置も、目で確かめられません。そこに力を入れるのは、こわい。
ハサミは違います。
片手で素材をしっかり持つ。もう片方の手で、チョキチョキ切る。
素材を持っている手の感覚で、「ここを切る」という場所を、自分で確かめられます。刃がどこにあるかも、にぎっている手で分かります。
できないことを気合いで乗りこえようとするのではなく、道具のほうを変えて、できる形にしてしまえばいいわけで、包丁が無理ならハサミにするという、たったそれだけのことで、料理は僕にとってずっと近いものになりました。
道具の次は、材料です。
鍋やカレーを作るとき、僕は野菜を細かくきざみません。お店で売っているカット野菜を、そのまま使います。
袋から入れるだけです。刃物で切る工程そのものが、ぐっと減ります。安全で、速くて、失敗がありません。
……料理というより、「袋を開ける係」に近いかもしれません。
でも、これは手抜きではないと思っています。
「楽をしている」と言う人が、いるかもしれません。それでも僕は、堂々と頼ります。
カット野菜は、料理を楽にしてくれる道具である前に、見えにくい僕でも自分の手で一品を最後まで作りきれるようにしてくれる道具なので、使えるものを全部使ってできる形にすることは、ずるさではなく知恵だと考えています。
もうひとつ、大きな味方がいます。お惣菜です。
妻が忙しい日。僕だけで食事をすませる日。そういうときは、迷わず頼ります。
これで、「自分で作る」ために使う力を、ほぼゼロにできます。そのぶんを、まるごと練習や仕事に回せます。
「ごはんは全部、家で手作りするもの」。この思いこみを手放すと、暮らしはずいぶん軽くなります。
お惣菜に頼る日があっていいし、冷凍に助けてもらう日があってもよくて、大事なのは料理をがんばることではなく、自分の力を、いちばん使いたいところに残しておくことだと思うのです。
「ずいぶん割りきっているな」と思われたかもしれません。そのとおりです。
理由があります。226キロのIRONMANに挑む僕にとって、食事は「燃料」だからです。
長い距離を泳いで、こいで、走りきる体は、食べたものからしか作られません。たんぱく質も、炭水化物も、しっかりとる必要があります。
燃料として見ると、大事なことはひとつだけになります。
体に必要なものを、たしかに入れられているか。
誰が作ったか。どこで買ったか。そこは、大事ではありません。
妻の料理も、僕の鍋とカレーも、お惣菜も、冷凍のお弁当も、ぜんぶ、僕の体を動かす立派な燃料です。
だから、いちばん避けたいのは、「今日は作るのがめんどうだから、抜く」です。
料理に力を使いはたして食べる量が減ってしまうくらいなら、お惣菜でいいから必要なものをたしかに体に入れるほうがずっといいと割りきったとき、僕の中で、食事についての迷いがすっと消えました。
これは、アスリートでなくても同じだと思います。手のこんだ一皿を作れなかった日に、自分を責めなくて大丈夫です。
ここまでの話を、ひとつにまとめます。
「全部自分でやる」を手放したら、楽になりました。
僕がやっていることは、4つです。
手放して空いた時間と力は、消えてなくなるわけではありません。本当に向き合いたいことに、回せます。
僕の場合は、IRONMANと、講演と、シュクレと過ごす時間です。
そして、頼ることは、弱さではありません。
自分に何ができて、何を人にお願いするのかを見きわめて、ちゃんと頼れることは、暮らしと挑戦を長く続けていくための力で、僕は妻に支えられ、道具に支えられ、お店に支えられて、毎日を回しています。
最後に、あなたへ。
もし今、家のことも仕事も全部抱えて、すり減っているなら。
ひとつだけでいいので、手放してみてください。
全部を完ぺきにやることが、いい暮らしなのではありません。大事なことに、ちゃんと力を残せていること。それが、長く続く暮らしです。
気合いで料理をがんばり続けるより、じょうずに頼るほうが、ずっと長く続きます。
今日のごはん、ひとつだけ、誰かや何かに頼ってみてください。
見えにくい僕でも、こうして食事とうまく付き合いながら、挑み続けられています。
見えなくなっていく世界の中で、支えられながら挑み続ける。その旅を、仲間と一緒に。
その小さな1ミリが、あなたの明日を、少し軽くしてくれますように。
「視覚障害B2の生活」「IRONMAN サブ11挑戦」「1ミリの行動」「気合いより1ミリ」をテーマに、講演を続けています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
📧 つなひろワールドへお問い合わせ中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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緑内障の診断からIRONMAN完走までを、16分の動画にまとめました。
RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、1ミリの行動を続ける人