13時間14分。15時間8分。14時間43分。これが、僕の3年分のタイムです。
もしあなたが、大きな目標を前にして、何から手をつければいいか分からないなら。
もしあなたが、気合いで乗りきろうとして、途中で力つきたことがあるなら。
もしあなたが、いつかIRONMANに出てみたいと、少しでも思っているなら。
この記事は、あなたに向けて書きます。
僕は中澤隆(なかざわ りゅう)です。視覚障害のB2というクラスで、パラトライアスロンをしています。
北海道で開かれるIRONMANを、2024年、2025年、2026年と、3年続けて完走しました。
今日は、感動の話ではありません。数字の話です。どこで時間がかかり、何を変えたのか。3年分の記録を、そのまま出します。
会場は、北海道の南、函館や木古内のあたりです。距離は、全部で226キロあります。
226キロは、僕にとってラスボスです。
つまり、今まで出てきたレースの中で、いちばん長くて、いちばん手ごわい相手、ということです。
僕の3年分の記録は、こうです。
| 年 | 総合タイム | PCクラス | スイム | バイク | ラン |
|---|---|---|---|---|---|
| 2024 | 13:14:17 | 3位 | 1:20:26 | 5:47:24 | 5:50:20 |
| 2025 | 15:08:45 | 2位 | 1:27:53 | 6:06:53 | 7:17:39 |
| 2026 | 14:43:54 | 2位 | 1:16:46 | 6:30:11 | 6:31:26 |
PCクラスは、障害のある選手のクラスです。ガイドは、2024年と2025年が河原さん、2026年が平川さんでした。
見てのとおり、きれいな右肩上がりではありません。2025年は、前の年より2時間近く遅くなりました。
3年続けて出れば毎年少しずつ速くなるものだと思っていた僕にとって、この表は、思いどおりにならなかった年もそのまま残っている、正直な通知表のようなものです。
僕は、まったく見えないわけではありません。でも、距離の感覚がずれます。
海の中では、とくに困ります。
だから、スイムではガイドとロープでつながります。ロープは、太ももにつけます。手は、泳ぐために空けておきます。
僕のスイムの基本は、「安全第一、ペースは一定」です。
2025年のスイムは1時間27分53秒でした。100メートルあたり、約2分18秒。速くはありません。
でも、そのあとにバイク180キロとランのフルマラソンが待っていることを考えると、ここで力を使いきらずに海から上がることのほうが、タイムを数分けずることより、ずっと大事だと僕は思っています。
ちなみに、小学校の6年間、25メートルも泳げなかった人間が、これを書いています。えらそうに、すみません。
バイクは、2人乗りのタンデム自転車で走ります。
前にガイドが乗って、ハンドルを持ちます。うしろに僕が乗って、いっしょにこぎます。2人の足と、2人の息が合って、はじめて前に進みます。僕だけでは、1メートルも進めません。
だから、バイクで大事なのは、足の力だけではありません。
補給は、走りながらの回復です。
つまり、止まらずに、少しずつ体に力を足していく、ということです。
2025年のバイクは6時間6分53秒。平均すると、時速29.4キロでした。正直、思っていたより遅かったです。
ふり返ると、理由はいくつかあります。中盤で集中が乱れました。前半に飛ばしすぎたかもしれません。補給のタイミングも、ずれました。
180キロという長さは、足の強さをためされているようでいて、本当は、決めたことを6時間ずっと守りつづけられるかどうかをためされている時間なのだと、うしろの席でこぎながら何度も思いました。
3年分の表を、もう一度見てください。いちばん数字が動いているのは、ランです。
2024年は5時間50分。2025年は7時間17分。ランだけで、1時間半近い差があります。
2025年のランは、1キロあたり約10分22秒でした。後半は、歩きました。
あのとき、僕のHPは、ほぼ0でした。
つまり、走る力がもう残っていなくて、歩いて前に進むしかなかった、ということです。
ランでは、輪になったロープをガイドと手でにぎって、横にならんで走ります。路面のでこぼこや段差には、ずっと気をつかいます。コースは平らですが、風の強いところがあると感じました。
そして、疲れは後半に、まとめてやってきます。
スイムとバイクで少しずつ使ってきた力のつけが、いちばん最後のランの後半になってから一気に回ってくるのがこのレースで、だからランの記録は、その日1日の進め方ぜんぶの答え合わせになります。
3年続けて完走できた理由を、ひとことで言うなら、これです。
感覚だけにたよらず、数字で進めた。
僕は、まわりの景色や、ほかの選手の様子が、よく見えません。「今、速いのか遅いのか」を、目でたしかめることができません。だから、見えない分を、数字でおぎないます。
これを、レースの前に決めておきます。数字にして、言葉にして、2人の約束にしておきます。
レース中に「どうしよう」と考えはじめると、長いレースでは、それだけで力を使ってしまいます。
だから僕は、その場のひらめきにたよるのではなく、元気なうちに決めておいた数字と、となりにいるガイドの声の2つを道しるべにして、226キロを少しずつ前に進んでいきます。
根性の話に聞こえないかもしれません。でも、これが僕のやり方です。
ここまで「数字が大事」と書いてきました。ところが、2026年は、その数字が途中で消えました。
バイクの2周目で、補給のボトルを落としました。タンデムなので、止まって拾いに戻れません。エイドの補給食と、手持ちのジェルでつなぎました。
ランの35キロでは、時計の電池が切れました。ペースも、残りの距離も、分からなくなりました。……数字で進める人間の時計が、止まったのです。
でも、ゲームオーバーではありませんでした。
つまり、数字がなくなっても、前に進む方法はまだ残っていた、ということです。
残っていたのは、平川さんの声でした。その声だけをたよりに走った最後の3.6キロは、1キロ6分45秒。その日のランで、いちばん速いペースでした。
結果は14時間43分54秒で、前の年より約25分速く、PCクラス2位でしたが、僕の中にいちばん強く残っているのは順位よりも、数字が全部消えたあとに、となりの声ひとつでまだ走れた、あの最後の3.6キロの感じです。
正直に書きます。
この記事を最初に書いたとき、僕は「2026年は11時間を切ります。必ずかなえます」と書いていました。
結果は、14時間43分54秒。届きませんでした。言いきったのに。はずかしいです。
でも、3年分の数字をならべてみると、次にやることは、はっきり見えます。
11時間という数字は、今の僕にとって、まだレベルが足りない相手です。
つまり、気持ちだけでは届かなくて、足りないところをひとつずつうめていく必要がある、ということです。
うまくいかなかった年の数字も、かくさずにならべておくと、「自分はダメだ」という重たい気持ちが、「次はここを直せばいい」という小さな作業に変わっていくことを、僕はこの3年で知りました。
もしあなたが今、大きすぎる目標の前で立ち止まっているなら。まず、今の数字を書き出してみてください。良くても、悪くても、そのままで大丈夫です。
そして、僕がここまで来られたのは、僕の力だけではありません。前でハンドルを持ってくれるガイド、支えてくれる人たちがいて、はじめて226キロが進めます。
挑戦は、まだ続きます。次の数字も、ここに正直に書きます。
2026年9月13日、IRONMAN JAPANを完走しました(14時間43分54秒・PCクラス2位)。この挑戦は、支えてくれる人たちと一緒に作る物語です。次の挑戦も、日々の練習やレースの様子を発信していくので、そばで見届けてもらえたら嬉しいです。
中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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25メートルも泳げなかった僕が、ガイドとロープでつながって226kmに挑むまでを、YouTubeで1話ずつ動画にしています。
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