レジで、後ろに人が並びはじめる。
それだけで、急に手元があやしくなること、ありませんか。
小銭が出てこない。財布のファスナーが開かない。そういうときに限って、です。
もしあなたが、毎日の支払いで、ちょっとした不便を感じているなら。
もしあなたが、新しい技術を「便利そうだけど、自分には縁がない」と思っているなら。
この記事は、あなたに向けて書いています。
僕は中澤隆(なかざわ りゅう)です。視覚障害のB2というクラスで、パラトライアスロンをしています。盲導犬のシュクレと暮らしています。
僕には、お札と小銭を見分けるのが、むずかしいです。
今日は、そんな僕の支払いを楽にしてくれた、キャッシュレス決済の話をします。
僕は、細かい字が見えにくいです。視界は、かすんでいます。
だから、お札の種類を見分けるのが、かんたんではありません。
手元に何枚かお札があっても、どれがいくらなのか、ぱっと見ただけでは分かりにくい。数字を読み取るのに、骨が折れます。
小銭も同じです。
財布の中で何種類もまざっていると、見ただけでは区別がつきません。
もちろん、手ざわりや大きさで、ある程度は分かります。指先で確かめれば、なんとなく。
でも、うす暗い場所だと、むずかしくなります。急いでいるときも。手がかじかんでいるときも。
「これで足りるかな」
「お釣りは合っているかな」
見える人なら一瞬で終わる「お金を数える」という作業に、僕は支払いのたびに、ほんの少しだけ余分な集中を使ってきました。
現金の支払いで、いちばんこたえたのは、レジの前の時間です。
急いでいるとき。後ろに列ができているとき。
早く払わなきゃ、と思うほど、手元のお金が見分けられなくなります。もたつきます。
レジの前は、僕にとって毎日の小さなラスボスでした。
つまり、買い物の中で、いちばん緊張する場面だった、ということです。
この焦りには、覚えがありました。
前の仕事で、図面の細かい字を確認していたときと同じです。「早くしなきゃ」と思うほど、かえって手が止まる。
店員さんも、後ろの人も、ほとんどの方はやさしく待ってくれます。
それでも、「申し訳ないな」「迷惑をかけているかな」という気持ちがわいてきます。
1回1回は、ほんの数秒のことです。
でも、それが毎日、何度も続きます。買い物のたびに、少しだけ身がまえる自分がいる。
見えにくさの大変さは、大きな出来事の中よりも、こういう「小さくて、でも毎日続くこと」の積み重ねの中にあるのだと、僕は思っています。
ふり返ると、見えにくくなりはじめた頃の僕は、小さな「できなくなったこと」のひとつひとつに落ち込んでいました。
レジでもたつく。
書類が読めない。
昨日できたことが、今日できない。
前の仕事でも、図面の確認が1回で終わらなくなりました。2回、3回と見直すようになりました。
くやしくて、情けなくて、誰にも言えませんでした。
お金の見分けも、そのひとつです。
ひとつひとつは人に話すほどでもない小さなことなのに、あの頃の僕にとっては、地味だけれど、たしかに心にこたえる出来事でした。
そんな僕の生活を楽にしてくれたのが、キャッシュレス決済でした。
スマホやカードを、かざすだけ。タッチするだけ。
お札を数えなくていい。小銭を見分けなくていい。
お金を「見る」という作業が、まるごとなくなりました。
これは、僕にとって大きな変化でした。
見えにくさの苦労の多くは、「見えないものを、なんとか見ようとする」ところで生まれます。
だから、そもそも見なくていい仕組みは、その苦労を根っこから取りのぞいてくれます。
レジの前で、もたつくことが減りました。後ろの列を気にして焦ることも、減りました。
うれしいおまけも、ありました。
現金だと、払うたびにお釣りの小銭が増えます。財布が重くなります。そして、その小銭をまた見分けて使うことになります。
……小銭が、小銭を呼ぶ仕組みです。
キャッシュレスなら、お釣りそのものが出ません。
財布が軽くなり、頭の中の確認作業も減って、こういう「やらなくて済むこと」がひとつずつ増えていくのが、見えにくい僕には本当にありがたいのです。
キャッシュレスと一緒に僕を助けてくれているのが、音と声です。
支払いが終わると、「ピッ」と鳴ります。
あの音は、僕にとってのセーブ完了の合図です。
つまり、画面を見なくても、ちゃんと支払えたと耳で確認できる、ということです。
スマホの操作も、VoiceOverという音声の読み上げや、Siriの声に助けてもらいながら進めます。
こうして見ると、僕の支払いは、目だけに頼らない形でできあがっています。
お金を見分けるのではなく、かざして、音で確かめる。
見えないぶんを別の感覚と道具でおぎなうというこのやり方は、僕が音や気配を頼りに街を歩くときと、まったく同じ考え方です。
キャッシュレス決済は、視覚障害者のために作られたものではない、と思います。
でも結果として、僕のような見えにくい人間の生活を、たしかに楽にしてくれています。
キャッシュレスのお店が増えたこと。音で知らせてくれる仕組みがあること。
そういうひとつひとつが、僕が街で暮らしやすくなることに、つながっています。
これは、講演でもよく話すことです。
世の中を便利にする工夫は、作った人が想像していなかった誰かを、ふっと助けることがあります。
だから、何かを作る人、サービスを考える人には、こう思ってもらえたらうれしいです。
「この工夫は、見えにくい人や、お年寄りの役にも立つかもしれない」
みんなが使う仕組みに、ほんの少しの気づかいが足されるだけで、暮らしが楽になる人は、作った人が思うよりもずっとたくさんいます。
見えにくい生活には、まだ不便なことがたくさんあります。お金の見分けは、そのひとつにすぎません。
でも、ひとつずつ、工夫で軽くしていけます。
キャッシュレスで支払う。VoiceOverで文字を聞く。Siriに操作を手伝ってもらう。シュクレと、白杖と、音と気配で街を歩く。
見えにくさの不便は、根性では埋まりません。道具でなら、埋められます。
そして、工夫は道具だけではありません。
「すみません、これはいくらですか」
困ったときに店員さんに聞く。これも、立派な工夫です。
見えにくくなった頃の僕は、人に頼るのが苦手でした。頼るのは情けないことだと、どこかで思っていました。
でも、トライアスロンでガイドと出会い、支えてもらう中で気づきました。
頼ることは、弱さではありません。
道具に頼り、人にも頼り、その両方を組み合わせながら、ひとりで抱えこまずに毎日を回していくことが、今の僕のいちばんの工夫です。
僕が見えにくくなりはじめた頃は、こんなに便利な世の中ではありませんでした。
キャッシュレスも、音声の読み上げも、今ほど身近ではありませんでした。
あの頃の僕に「スマホをかざすだけで支払いが終わる時代が来るよ」と教えたら、きっと驚くと思います。
これを読んでいるあなたにも、毎日の中に、小さな不便があるかもしれません。
見えにくさかもしれない。別の何かかもしれない。
不便があっても、ゲームオーバーではありません。
つまり、今は困っていても、それを軽くしてくれる道具や仕組みに、この先で出会えるかもしれない、ということです。
だから、「これはずっと、このままだ」とは思わないでください。
工夫を探し続けていれば、ある日ふっと、それを軽くしてくれるものに出会えます。僕にとってのキャッシュレスが、そうでした。
今日も僕は、スマホをかざして、ピッという音を聞いて、道具と人に支えられながら、少し身軽になった足で街を歩いています。
あなたの不便も、きっと軽くできます。一緒に、工夫を探していきましょう。
「視覚障害B2の生活」「IRONMAN サブ11挑戦」「1ミリの行動」「気合いより1ミリ」をテーマに、講演を続けています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
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緑内障の診断からIRONMAN完走までを、16分の動画にまとめました。
RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、1ミリの行動を続ける人