海の中で、太もものロープが、左へすっと引かれます。
それが、僕にとっての「左に曲がるよ」です。
言葉がなくても通じ合える相手、あなたにはいますか。
声を出さなくても、ちょっとした合図だけで分かる。そんな相手です。
僕には、海の中にいます。
僕は中澤隆(なかざわ りゅう)です。視覚障害のB2というクラスで、パラトライアスロンをしています。盲導犬のシュクレと暮らしています。
IRONMANは、スイム3.8キロ、バイク180キロ、ラン42.195キロ。合わせて226キロを、1日で進むレースです。
その最初が、海で泳ぐ3.8キロ。
今日は、見えにくい僕がその海をどうやって泳いでいるのかを書きます。
陸の上でも、僕は見えにくいです。海の中は、もっと見えません。
ゴーグルの向こうは、青いような、白いような、ぼやけた光だけ。形も、距離も、ありません。
陸なら、足の裏に地面があります。でも海には、それがありません。
目を閉じて、その場で10回まわってみてください。どっちが正面か、分からなくなりますよね。
海の中の僕は、ずっとあれに近い感じです。
足はつかない。壁もない。コースロープもない。
海のスイムは、僕にとって、いきなりラスボスが出てくるようなものです。
つまり、レースのいちばん最初に、いちばんこわいものが待っている、ということです。
……3種目の1つ目なのに。順番、おかしくないですか。
それでも泳げるのは、すぐ隣にガイドがいて、その人が僕の見えない世界を、1本のロープでつなぎとめてくれているからです。
パラトライアスロンでは、視覚障害の選手はガイドとロープでつながって泳ぎます。
このロープが、僕の「目」で、「方向」で、「安心」です。
長さは、前もってガイドと相談して決めます。
長すぎると、合図が伝わりにくい。短すぎると、腕を回したときに手が当たって、2人とも泳ぎにくい。
僕は、ロープを太ももの付け根につけます。
手にはつけません。手は、泳ぐために空けておきたいからです。
だから僕は、ロープの張りを、太ももで読んでいます。
役割は、はっきり分かれています。
僕が方向まで気にすると、泳ぎが乱れます。ガイドが、僕のかわりに泳ぐこともできません。
だから、見ることはガイドに任せて、僕は泳ぐことだけをして、そのあいだにある1本のロープにすべてを預けて進んでいきます。
海の中では、言葉が使えません。
2人とも、顔を水につけて泳いでいるからです。「右だよ」と叫んでも、聞こえません。
だから合図は、ロープの引きと、体のふれ合いで伝えます。
まず、大事な約束がひとつ。ガイドは、いつも僕の左側を泳ぎます。毎回、かならず左です。
これが決まっているから、僕は「左から来るもの」を信じればいい。
合図は、4つです。
これだけです。
ちなみに、「ペースを落とす」の合図はありません。
僕のスイムに、「にげる」はないのです。
つまり、途中でゆるめたり止まったりせず、前へ進み続けると決めている、ということです。
合図を少なくしているのは、数が増えるほど本番で迷うからで、波と人でごちゃごちゃの海の中でも、たった4つなら、まちがえずに伝わります。
海では、思い通りにいかないことが、かならず起きます。
でも僕は、あわてません。あわてたぶんだけ泳ぎが乱れて、もっと苦しくなるからです。
スタートの合図で、大勢の選手が同じ方向へ泳ぎだします。最初のうちは、体と体がぶつかります。
見えない僕には、よける方法がありません。
ぶつかったら、ぶつかったまま。それだけです。
波が来ても、同じです。「泳ぎにくいな」と思うだけ。
波に怒っても、波はなくなりません。
僕がガマン強いわけではありません。
ほかの選手がぶつかってくるか。波がいつ来るか。それは、僕にはどうにもできません。
どうにもできないことに腹を立てたり、こわがったりしているあいだに、HPはどんどん減っていきます。
つまり、泳ぐために使うはずの力が、むだに減ってしまう、ということです。
だから僕は、自分ではどうにもできないことを手放して、ガイドを信じて次のひとかきを続けることだけに、持っている力をぜんぶ使うと決めています。
「よく落ち着いていられるね」と思う人もいるかもしれません。
理由は、はっきりしています。本番の3.8キロは、始まる前にほとんど決まっているからです。
僕は、その場で考えて動くのが苦手です。見えない海の中では、なおさら危ない。
だから、決められることは、前もって全部決めます。
ウエットスーツを着る順番まで?と思いますよね。
でも、本番の朝は、誰でも緊張します。緊張すると、手順が飛びます。
だから、毎回まったく同じ順番で着ます。そうすれば、考えなくても手が動きます。
海のようすは、僕には見えません。前の日に、ガイドが見て、言葉で教えてくれます。
ここまで決めておくと、本番で考えることは、ほぼゼロです。
これは、スイムだけではありません。バイクは2人乗りのタンデム自転車。ランは、輪になったロープを手で握って走ります。
種目が変わってもやることは同じで、前もってガイドと決めておいて、本番はそれを信じて体を動かすだけなのです。
3.8キロは、長いです。
スタートで「これから3.8キロも泳ぐのか」と思ったら、その重さにつぶされます。
気合いで泳ごうとすると、最初の500メートルで疲れます。体より先に、気持ちが折れるのです。
だから僕は、「3.8キロ」を考えません。
考えるのは、いつも次のひとかきだけ。
ひとかき。また、ひとかき。
1回で進むのは、ほんの少しです。
でも、それを何千回もくり返すと、気づいたら500メートルが過ぎています。1キロが過ぎています。
そして、いつのまにか、3.8キロが終わっています。
視力を失っていく中で、僕がたどり着いたのが、この「1ミリの行動」という考え方でした。
いっぺんに変えようとしないで、目の前の1つだけをていねいにやることを、海の3.8キロでも、IRONMANの226キロでも、毎日の暮らしでも、僕は同じようにくり返しています。
3.8キロを泳ぎ終えて、海から上がります。
足の裏に、地面が戻ってきます。
このとき、僕がガイドに言う言葉は、いつも同じです。
「ありがとう」
泳いでいたのは、1時間20分くらい。
そのあいだずっと、ガイドは自分も同じ3.8キロを泳ぎながら、コースを見て、ブイを見て、僕に合図を送り続けてくれました。
だから「おつかれさま」ではなく、「ありがとう」なのです。
ガイドがいなかったら、僕は海の真ん中で方向を見失って、止まっていたかもしれません。
海から上がった場所は、僕にとってのセーブポイントです。
つまり、「ここまでは2人で来られた」と、ひと息つける場所だ、ということです。
そして、次のバイクへ向かいます。
「ありがとう」と声に出すたびに、僕は自分の力だけでここまで来たのではないということを、もう一度、体の真ん中でたしかめています。
僕は、ロープなしでは海を泳げません。ガイドという、もうひとりの人が、かならず必要です。
それは、弱さではありません。前に進むための、いちばんたしかな方法です。
ひとつ、聞かせてください。
あなたにも、「ロープ」はありますか。
僕とガイドのロープは、目に見えます。
あなたのロープは、目には見えないかもしれません。でも、きっとあります。
迷ったときに、そっと方向を教えてくれる人。引っぱってくれる人。
そのロープを、大事にしてください。
そして、あなたも誰かのロープになれます。
長い距離は、ロープなしでは泳げません。
人生という長い距離もきっと同じで、僕たちは誰かに支えられ、誰かを支えながら、つながる輪の中で少しずつ前へ進んでいくのだと思います。
最後まで読んでくれて、ありがとうございました。
2026年9月13日、IRONMAN JAPANを完走しました(14時間43分54秒・PCクラス2位)。この挑戦は、支えてくれる人たちと一緒に作る物語です。次の挑戦も、日々の練習やレースの様子を発信していくので、そばで見届けてもらえたら嬉しいです。
中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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「中途失明」「挑戦」「不安があっても前に進む力」をテーマに、2017年から講演を続け、ここ3〜4年は年間50回前後で登壇しています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
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RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
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