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📅 2026.06.16(更新 2026.10.10) | RYU NAKAZAWA
💪 挑戦

IRONMANのスイム3.8km、見えない海をロープ1本で泳ぐ|視覚障害B2とガイドの4つの合図

⏱ 約7分で読めます(3,642字)
オープンウォーターをガイドと泳ぐ中澤隆

海の中で、太もものロープが、左へすっと引かれます。

それが、僕にとっての「左に曲がるよ」です。

言葉がなくても通じ合える相手、あなたにはいますか。

声を出さなくても、ちょっとした合図だけで分かる。そんな相手です。

僕には、海の中にいます。

僕は中澤隆(なかざわ りゅう)です。視覚障害のB2というクラスで、パラトライアスロンをしています。盲導犬のシュクレと暮らしています。

IRONMANは、スイム3.8キロ、バイク180キロ、ラン42.195キロ。合わせて226キロを、1日で進むレースです。

その最初が、海で泳ぐ3.8キロ。

今日は、見えにくい僕がその海をどうやって泳いでいるのかを書きます。

📖 この記事の目次
  1. 海の中では、何も見えない
  2. ロープは、太ももにつける
  3. 合図は、4つだけ
  4. ぶつかったら、ぶつかったまま
  5. 本番の前に、全部決めておく
  6. 考えるのは、次のひとかきだけ
  7. 海から上がって、最初に言う言葉
  8. あなたのロープは、どこにありますか

海の中では、何も見えない

陸の上でも、僕は見えにくいです。海の中は、もっと見えません。

ゴーグルの向こうは、青いような、白いような、ぼやけた光だけ。形も、距離も、ありません。

陸なら、足の裏に地面があります。でも海には、それがありません。

目を閉じて、その場で10回まわってみてください。どっちが正面か、分からなくなりますよね。

海の中の僕は、ずっとあれに近い感じです。

足はつかない。壁もない。コースロープもない。

海のスイムは、僕にとって、いきなりラスボスが出てくるようなものです。

つまり、レースのいちばん最初に、いちばんこわいものが待っている、ということです。

……3種目の1つ目なのに。順番、おかしくないですか。

それでも泳げるのは、すぐ隣にガイドがいて、その人が僕の見えない世界を、1本のロープでつなぎとめてくれているからです。


ロープは、太ももにつける

パラトライアスロンでは、視覚障害の選手はガイドとロープでつながって泳ぎます。

このロープが、僕の「目」で、「方向」で、「安心」です。

長さは、前もってガイドと相談して決めます。

長すぎると、合図が伝わりにくい。短すぎると、腕を回したときに手が当たって、2人とも泳ぎにくい。

僕は、ロープを太ももの付け根につけます。

手にはつけません。手は、泳ぐために空けておきたいからです。

だから僕は、ロープの張りを、太ももで読んでいます。

役割は、はっきり分かれています。

僕が方向まで気にすると、泳ぎが乱れます。ガイドが、僕のかわりに泳ぐこともできません。

だから、見ることはガイドに任せて、僕は泳ぐことだけをして、そのあいだにある1本のロープにすべてを預けて進んでいきます。


合図は、4つだけ

海の中では、言葉が使えません。

2人とも、顔を水につけて泳いでいるからです。「右だよ」と叫んでも、聞こえません。

だから合図は、ロープの引きと、体のふれ合いで伝えます。

まず、大事な約束がひとつ。ガイドは、いつも僕の左側を泳ぎます。毎回、かならず左です。

これが決まっているから、僕は「左から来るもの」を信じればいい。

合図は、4つです。

これだけです。

ちなみに、「ペースを落とす」の合図はありません。

僕のスイムに、「にげる」はないのです。

つまり、途中でゆるめたり止まったりせず、前へ進み続けると決めている、ということです。

合図を少なくしているのは、数が増えるほど本番で迷うからで、波と人でごちゃごちゃの海の中でも、たった4つなら、まちがえずに伝わります。


ぶつかったら、ぶつかったまま

海では、思い通りにいかないことが、かならず起きます。

でも僕は、あわてません。あわてたぶんだけ泳ぎが乱れて、もっと苦しくなるからです。

スタートの合図で、大勢の選手が同じ方向へ泳ぎだします。最初のうちは、体と体がぶつかります。

見えない僕には、よける方法がありません。

ぶつかったら、ぶつかったまま。それだけです。

波が来ても、同じです。「泳ぎにくいな」と思うだけ。

波に怒っても、波はなくなりません。

僕がガマン強いわけではありません。

ほかの選手がぶつかってくるか。波がいつ来るか。それは、僕にはどうにもできません。

どうにもできないことに腹を立てたり、こわがったりしているあいだに、HPはどんどん減っていきます。

つまり、泳ぐために使うはずの力が、むだに減ってしまう、ということです。

だから僕は、自分ではどうにもできないことを手放して、ガイドを信じて次のひとかきを続けることだけに、持っている力をぜんぶ使うと決めています。


本番の前に、全部決めておく

「よく落ち着いていられるね」と思う人もいるかもしれません。

理由は、はっきりしています。本番の3.8キロは、始まる前にほとんど決まっているからです。

僕は、その場で考えて動くのが苦手です。見えない海の中では、なおさら危ない。

だから、決められることは、前もって全部決めます。

ウエットスーツを着る順番まで?と思いますよね。

でも、本番の朝は、誰でも緊張します。緊張すると、手順が飛びます。

だから、毎回まったく同じ順番で着ます。そうすれば、考えなくても手が動きます。

海のようすは、僕には見えません。前の日に、ガイドが見て、言葉で教えてくれます。

ここまで決めておくと、本番で考えることは、ほぼゼロです。

これは、スイムだけではありません。バイクは2人乗りのタンデム自転車。ランは、輪になったロープを手で握って走ります。

種目が変わってもやることは同じで、前もってガイドと決めておいて、本番はそれを信じて体を動かすだけなのです。


考えるのは、次のひとかきだけ

3.8キロは、長いです。

スタートで「これから3.8キロも泳ぐのか」と思ったら、その重さにつぶされます。

気合いで泳ごうとすると、最初の500メートルで疲れます。体より先に、気持ちが折れるのです。

だから僕は、「3.8キロ」を考えません。

考えるのは、いつも次のひとかきだけ。

ひとかき。また、ひとかき。

1回で進むのは、ほんの少しです。

でも、それを何千回もくり返すと、気づいたら500メートルが過ぎています。1キロが過ぎています。

そして、いつのまにか、3.8キロが終わっています。

視力を失っていく中で、僕がたどり着いたのが、この「1ミリの行動」という考え方でした。

いっぺんに変えようとしないで、目の前の1つだけをていねいにやることを、海の3.8キロでも、IRONMANの226キロでも、毎日の暮らしでも、僕は同じようにくり返しています。


海から上がって、最初に言う言葉

3.8キロを泳ぎ終えて、海から上がります。

足の裏に、地面が戻ってきます。

このとき、僕がガイドに言う言葉は、いつも同じです。

「ありがとう」

泳いでいたのは、1時間20分くらい。

そのあいだずっと、ガイドは自分も同じ3.8キロを泳ぎながら、コースを見て、ブイを見て、僕に合図を送り続けてくれました。

だから「おつかれさま」ではなく、「ありがとう」なのです。

ガイドがいなかったら、僕は海の真ん中で方向を見失って、止まっていたかもしれません。

海から上がった場所は、僕にとってのセーブポイントです。

つまり、「ここまでは2人で来られた」と、ひと息つける場所だ、ということです。

そして、次のバイクへ向かいます。

「ありがとう」と声に出すたびに、僕は自分の力だけでここまで来たのではないということを、もう一度、体の真ん中でたしかめています。


あなたのロープは、どこにありますか

僕は、ロープなしでは海を泳げません。ガイドという、もうひとりの人が、かならず必要です。

それは、弱さではありません。前に進むための、いちばんたしかな方法です。

ひとつ、聞かせてください。

あなたにも、「ロープ」はありますか。

僕とガイドのロープは、目に見えます。

あなたのロープは、目には見えないかもしれません。でも、きっとあります。

迷ったときに、そっと方向を教えてくれる人。引っぱってくれる人。

そのロープを、大事にしてください。

そして、あなたも誰かのロープになれます。

長い距離は、ロープなしでは泳げません。

人生という長い距離もきっと同じで、僕たちは誰かに支えられ、誰かを支えながら、つながる輪の中で少しずつ前へ進んでいくのだと思います。

最後まで読んでくれて、ありがとうございました。


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25メートルも泳げなかった僕が、ガイドとロープでつながって226kmに挑むまでを、YouTubeで1話ずつ動画にしています。

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RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
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