← 記事一覧に戻る
📅 2026.07.22(更新 2026.10.10) | RYU NAKAZAWA
💪 挑戦

タンデム自転車の後ろの席|視覚障害の僕が、前のガイドを信じて全力で漕ぐ話

⏱ 約5分で読めます(3,193字)

2人乗りの自転車の、後ろの席。そこに、ハンドルはありません。

もしあなたが、人に任せるのがこわくて、いつも自分でハンドルを握っていないと不安なら。

もしあなたが、人を信じたい気持ちはあるのに、最後のところで力を抜けないなら。

もしあなたが、先が分からないことに全力を出すのを、ためらってしまうなら。

この記事は、あなたに向けて書きました。

僕は中澤隆(なかざわ りゅう)です。視覚障害B2クラスのパラトライアスリートで、盲導犬のシュクレと暮らしています。

今日は、僕がレースのバイクで乗っている、タンデム自転車の話をします。

📖 この記事の目次
  1. 2人乗りの自転車で、180キロ
  2. 前の席の仕事、後ろの席の仕事
  3. 見えない後ろで、全力を出すこわさ
  4. 疑いは、体に出る
  5. 信頼は、声かけと段取りで作られる
  6. 「助けてもらう側」が、悔しかった頃
  7. 誰かと進むのがこわい、あなたへ

2人乗りの自転車で、180キロ

トライアスロンには、バイクのパートがあります。

IRONMANだと、その距離は180キロです。

見えにくい僕は、これをひとりでは走れません。

そこで使うのが、タンデム自転車。2人乗りの自転車です。

サドルが前と後ろにあって、2人で漕ぎます。前に座るのがガイド。後ろに座るのが僕です。

これは、体力があればいい、という話ではありません。

2人の漕ぐタイミングがずれると、自転車にちぐはぐな力がかかります。

前が踏みこもうとしているのに、後ろがゆるめている。すると、スピードはのらないし、車体もふらつきます。

……2人で乗っているのに、ひとりで乗るより進まない。そういうことが、本当に起きます。

逆に、2人のペダルがぴたりとそろうと、まるでひとつの体が漕いでいるみたいに、自転車はすうっと、なめらかに前へ進んでいきます。

タンデムは、体力だけでなく、2人の息を合わせる乗り物です。


前の席の仕事、後ろの席の仕事

タンデムでは、前と後ろで、役割がはっきり分かれています。

前に座るガイドは、ハンドルを握ります。

道のようす。カーブ。前から来るもの。路面のでこぼこ。

全部を見て、判断して、進む方向を決める。それが前の仕事です。

後ろに座る僕の仕事は、ひとつだけ。

全力で漕ぐことです。

後ろの席には、ハンドルがありません。方向は決められません。

……本当に、漕ぐことしかできません。

でも、前は、見て、決める。後ろは、ただ全力で漕ぐ。そのどちらが欠けても自転車は前に進まないのですから、全部を自分でやろうとせずに役割を分け合うことが、2人で速く、遠くへ進むいちばんの方法なのだと思います。


見えない後ろで、全力を出すこわさ

ここで、少し想像してみてください。

目の前が、よく見えない。この先、道がどう曲がるのか分からない。

その状態で、全力でペダルを踏みこむ。

人は、先が見えないと、体がひとりでに縮みます。こわいから、力を抜いてしまう。いつでも止まれるように、心のどこかでブレーキに足をかけてしまう。

とくに、くだり坂です。

スピードが、どんどん出てきます。見えていれば、この先がまっすぐなのかカーブなのか、自分の目で確かめられます。

後ろの僕には、それが見えません。

正直、こわいです。体じゅうが「にげる」を選びたがります。

つまり、ペダルをゆるめて、スピードを落としたくなる、ということです。

それでも漕ぎ続けられるのは、前のガイドが「大丈夫、このまま行こう」と言ってくれるからです。

そして、その言葉を、僕が信じきれているからです。

「この人なら、安全なほうへ連れていってくれる」と心から思えたときに、はじめて僕は、見えない前に向かって、迷わずにペダルを踏みこめるようになりました。


疑いは、体に出る

もし、前のガイドへの信頼が足りなかったら、どうなるか。

僕は、知らないうちに、自分で心のブレーキを踏んでしまいます。

本気で漕いでいるつもりなんです。

でも、心のどこかで「大丈夫かな」と思っていると、体は正直で、ほんの少しだけ力をゆるめます。

その小さなためらいが、2人のスピードを、確実に落とします。

……自分では、全力のつもりなのに、です。

これは、自転車だけの話ではないと思っています。

仕事でも、暮らしでも、同じです。「任せるよ」と言いながら、心のどこかで信じきれていない。

その中途半端がいちばん力が出ない、ということを、前にも進みきれず、かといって自分で方向を変えることもできない後ろの席は、はっきりと僕に教えてくれました。

信じるなら、最後まで信じて、全力で漕ぐ。

全力を出せるかどうかは、どれだけ信じているかの、そのままの答えです。


信頼は、声かけと段取りで作られる

では、その信頼は、どうやって作るのか。

気合いや根性では、作れません。

信頼は、地味な言葉と段取りの積み重ねでできています。

これだけです。派手なことは、何もありません。

でも、僕の中には、ちゃんとたまっていきます。

カーブのたびに、声をかけてくれた。段差の前で、いつも教えてくれた。

守られた約束がひとつ増えるたびに、信頼のレベルが1つ上がります。

つまり、声かけがひとつ守られるごとに、「この人は自分を守ってくれる」という気持ちが、少しずつ強くなる、ということです。

信頼は、ある日いきなり感動的な場面で生まれるものではなく、こういう小さな約束が何度も何度も守られていった先に、気がついたら静かにできあがっているものでした。

「気合いより段取り」。僕の合言葉は、信頼の作り方そのものでもあります。


「助けてもらう側」が、悔しかった頃

正直に書きます。

トライアスロンを始めたばかりの頃、僕は、タンデムの後ろに乗るのが、どこか悔しかったんです。

ハンドルを握るのは、いつもガイド。方向を決めるのも、安全を守るのも、ガイド。

僕は後ろで、ただ漕ぐだけ。

自分が「助けてもらってばかりの側」になったみたいで、情けなくて、認めたくありませんでした。

見えなくなる前の僕は、現場で人をまとめる仕事をしていました。だから、なおさらです。

でも、タンデムに乗る回数を重ねるうちに、見方が変わっていきました。

前のガイドだって、後ろの僕が漕がなければ、自転車を進められません。

どちらか片方だけでは、タンデムは1ミリも動かない。

僕は「助けてもらっているだけ」ではなくて、2人で進むための半分を、ちゃんと受け持っていました。

……気づくのに、だいぶ時間がかかりましたが。

助ける側と助けられる側に、上も下もなくて、それぞれが自分の役割を果たして、2人でひとつの力を出しているだけなのだと分かってから、後ろの席は、悔しい場所ではなく、誇らしい場所に変わりました。


誰かと進むのがこわい、あなたへ

前を信じるから、後ろで全力を出せる。

後ろが全力を出すから、前も思いきり引っぱれる。

2人がぴたりとそろったとき、タンデムは、ひとりでは出せないスピードで、風を切って進みます。

僕にとってタンデムは、競技の道具であると同時に、人と生きることの見本でもあります。

僕たちは、誰も、自分の力だけでは生きていません。

見えるところでも、見えないところでも、たくさんの人に方向を示してもらって、支えてもらいながら、前に進んでいます。

もしあなたが、人に任せるのがこわくて、いつも自分でハンドルを握っているなら。

ひとつだけ、思い出してください。

自分だけで握れるハンドルには、限界があります。

誰かを信じて、後ろの席で全力を出す。それは、弱さでも、丸投げでもありません。役割を分け合う、対等なチームの形です。

いきなり全力でなくて、大丈夫です。

まず、ほんの少しだけ、力をこめてみる。相手がちゃんと方向を示してくれると分かったら、もう少しだけ強く。

僕は、ひとりでは180キロを走れませんが、前を信じて後ろで全力を出すことを覚えてから、ひとりでは決して届かなかった場所まで、進めるようになりました。

心のブレーキから、そっと足を離してみてください。

最後まで読んでくれて、ありがとうございました。


💬コメント

🎤 講演のご依頼・お問い合わせ

「視覚障害B2の生活」「IRONMAN サブ11挑戦」「1ミリの行動」「気合いより1ミリ」をテーマに、講演を続けています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。

📧 つなひろワールドへお問い合わせ

最後まで読んでくれて、ありがとうございます

中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。

📷 Instagramをフォロー ▶️ YouTubeを見る

新しい記事が出たら、メールでお知らせします。すぐ下のフォームから登録できます ↓

動画でも見られます:IRONMANシリーズ

25メートルも泳げなかった僕が、ガイドとロープでつながって226kmに挑むまでを、YouTubeで1話ずつ動画にしています。

▶ IRONMANシリーズを第1話から見る(YouTube)

RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、1ミリの行動を続ける人