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📅 2026.08.11(更新 2026.10.10) | RYU NAKAZAWA
📖 物語・哲学

視覚障害になりたての頃、夜がこわかった|「朝起きたら見えなくなっていたら」と眠れなかった僕を変えたもの

⏱ 約6分で読めます(3,598字)

夜、布団に入ると、悪い想像ばかりが止まらなくなる。そんな夜は、ありませんか。

もしあなたが、夜になると、言いようのない不安に包まれるなら。

もしあなたが、眠ってしまうのがこわくて、布団の中で目を開けているなら。

もしあなたが、静かな部屋で、答えの出ないことをぐるぐる考え続けているなら。

この記事は、あなたに向けて書きました。

僕は中澤隆(なかざわ りゅう)です。視覚障害B2クラスのパラトライアスリートで、盲導犬のシュクレと暮らしています。

27歳で緑内障と言われ、まだ会社にいた頃から、僕は、夜が本当にこわかった。今日は、その夜のことと、そこからどうやって抜け出したのかを書きます。

📖 この記事の目次
  1. 夜が、こわかった
  2. 「朝起きたら、見えなくなっていたら」
  3. 静かな部屋で、悪い想像が止まらない
  4. 消そうとするほど、大きくなった
  5. 「明日、練習がある」が僕を救った
  6. 不安は、抱えたまま動けばいい
  7. 今夜、眠るのがこわいあなたへ

夜が、こわかった

27歳で、緑内障と言われました。31歳で、視覚障害者になりました。

夜がこわくなったのは、まだ会社にいた、そのあいだの頃からです。

当たり前に見えていた世界が、少しずつせまくなり、かすんでいきました。

昼間は、まだいいんです。

用事があったり、誰かと話していたり。やることがあると、気持ちがそっちへ向いてくれます。

問題は、夜でした。

日が暮れる。一日のやることが終わる。部屋が、静かになっていく。

その時間が近づくと、胸の奥がざわざわして、落ち着かなくなりました。

昼間の僕は、たぶん、周りから見ればふつうでした。人と話して、笑って、用事をこなして。

でも、半分は無理をしていたのだと思います。

明るいうちは心の奥に押しこんでおけたものが、暗くなると、ふたがひとりでに開いて、全部あふれ出してくるので、夜は僕にとって、素の自分と向き合わされる時間でした。

そして、その素の自分は、思っていたよりずっと、こわがっていました。


「朝起きたら、見えなくなっていたら」

いちばんこわかったのは、これです。

眠って、朝起きたら、見えなくなっていたらどうしよう。

緑内障は、一度失った視野が戻らない病気です。少しずつ、進んでいきます。

だから、頭の中で想像がふくらみました。

今夜眠る。明日の朝、目を開ける。

そのとき、今日まで見えていたものが、見えなくなっていたら。

眠るというのは、本当なら、一日の疲れをとる安心の時間のはずです。

でも、あの頃の僕にとっては、違いました。

次に目を開けたとき、何が見えなくなっているか分からない。そんな賭けのような時間でした。

……寝るだけなのに、賭けです。

だから、布団に入っても、まぶたを下ろした瞬間に何かを失ってしまう気がして、目を閉じることそのものを、僕は毎晩ためらっていました。

僕を苦しめていたのは、痛みでも、今の不自由でもありませんでした。「明日の自分がどうなっているか分からない」という、先の見えなさでした。


静かな部屋で、悪い想像が止まらない

夜の静けさは、不安にとって、最高の舞台でした。

昼間は、いろんな音や用事が、悪い想像を途中で切ってくれます。

でも、夜の静かな部屋には、頭の中の声を止めてくれるものが、何もありません。

ひとつ不安が浮かぶ。それが次の不安を呼ぶ。その不安が、また次を呼ぶ。

仕事はどうなるんだろう。

これから、どうやって生きていくんだろう。

誰かの世話になるばかりになるんじゃないか。

答えの出ないことを、暗い天井に向かって、ぐるぐる考え続けました。

眠れない。眠れないから、また考える。

不思議なことに、夜に考える未来は、いつも最悪の形をしていました。

同じことを昼間に考えれば、「まあ、なんとかなるかも」と思えるんです。

なのに、夜に考えると、必ず悪いほうへ転がっていく。

……毎晩、同じ結末なのに、また最初から考えていました。

暗さと、静けさと、疲れが重なった部屋の中で、あの頃の僕は、まだ起きてもいない最悪の未来を、頭の中で何度も何度も上映し続けていました。

もし誰かに「考えすぎだよ」と言われても、止められなかったと思います。不安は、理屈では止まってくれないからです。


消そうとするほど、大きくなった

当時の僕は、この不安を、なんとか消そうとしていました。

考えないようにしよう。気にしないようにしよう。前向きに、前向きに。

でも、うまくいきません。

「考えないようにしよう」と思うと、かえって、そのことばかり考えてしまう。

あの頃の僕は、不安をラスボスだと思っていました。

つまり、たおして消してしまわないと、前に進めない相手だと思っていた、ということです。

でも、押さえつけようとすると、押し返してくる。ふたをしようとするほど、すき間からふき出してくる。

……たおせる気が、まったくしませんでした。

消えてくれない不安と、毎晩、終わりのない押し問答をしていたあの時期の僕は、今ふり返ると、そもそも向き合い方をまちがえていたのだと思います。

不安は、ねじ伏せる相手ではありませんでした。


「明日、練習がある」が僕を救った

そんな夜を、少しずつ変えてくれたのが、トライアスロンでした。

きっかけは、テレビです。全盲の女の子が、トライアスロンをしていました。

「僕よりも見えない子が、こんなふうに挑んでいる。僕はまだ見えている。だったら、僕にもできるかもしれない」

そう思って、始めました。

始めたときの僕は、完全にレベル1でした。

つまり、25メートルも満足に泳げず、少し走ればひざが痛くなる状態だった、ということです。

できないことだらけです。

でも、不思議でした。

その「できないこと」に向き合っている時間は、布団の中でおびえている時間より、ずっと健やかだったんです。

そして、生活に「明日の予定」が入ってきました。

明日は、泳ぎに行く。明日は、走る。

すると、布団に入ったときに頭に浮かぶものが、変わりました。

「朝起きたら見えなくなっていたら」の代わりに、「明日は何時に起きて、どこへ行くんだったかな」が入ってきます。

明日やることがある、というたったそれだけのことで、眠ることが「何かを失うかもしれない賭け」から「明日のための準備」へと、少しずつ意味を変えていきました。

体が変わっていくのも、大きかった。

泳ぎを習って、少しずつ長く泳げるようになる。走れる距離が、だんだん伸びていく。

夜の不安は、「自分にはもう何もできないかもしれない」という気持ちと、どこかでつながっていたのだと思います。

だから、昼間に「できること」がひとつ増えるたびに、夜の不安は、ひとつずつ小さくなっていきました。


不安は、抱えたまま動けばいい

ここで、正直に書いておきます。

トライアスロンを始めたからといって、不安がきれいに消えたわけではありません。

今でも、先のことを思うと、心がざわつく夜は、ないとは言えません。

でも、学びました。

不安は、消さなくていい。抱えたまま、動けばいい。

トライアスロンは、不安を消してくれたのではありません。「明日の予定」が、頭の中の場所を取ってくれただけです。

空っぽの部屋に悪い想像が住みつくなら、そこに別の住人を入れればいい。僕の場合、それが「明日の練習」でした。

僕がいつも大事にしている言葉に、「1ミリの行動」があります。

どんなに不安でも、人は1ミリだけなら動けます。

明日、泳ぎに行く。それだけのことが、不安を抱えた僕を、前に運んでくれました。

じっと座ってにらみ合っていると、不安はどんどん大きく見えてきますが、立ち上がって明日の練習に出かけてしまえば、不安は消えないまでも、いつのまにか行く手をふさぐのをやめて、背中のうしろからついてくるようになります。

それくらいの距離なら、抱えたまま歩いていけます。

あの全盲の女の子が画面の向こうからくれたのは、競技そのものより、「不安なままでも、動いていいんだ」という許しだったのかもしれません。


今夜、眠るのがこわいあなたへ

もし今、あなたが、眠るのがこわい夜を過ごしているなら。

あの頃の僕の隣に座るつもりで、書きます。

その不安を、無理に消そうとしなくて大丈夫です。

消えないからといって、あなたが弱いわけでも、まちがっているわけでもありません。

代わりに、明日の小さな予定を、ひとつだけ作ってみてください。

散歩でもいい。好きな飲み物を買いに行くことでもいい。

「明日、これをやる」という小さな約束を、自分とひとつだけ交わす。

そうすると、眠ることは、明日のための回復になります。

つまり、何かを失う時間ではなく、明日の予定のために体を休める時間になる、ということです。

それから、もしできるなら、その不安を、誰かに話してみてください。

あの頃の僕は、夜のこわさを、ずっと自分だけで抱えていました。

でも、トライアスロンを通じて仲間ができて、気づきました。

こわさというのは、自分だけで抱えていると重くなっていくのに、眠れない夜のことをぽつりと誰かに話せるだけで、ずいぶん軽くなるものです。

不安なままでも、人は1ミリだけ動けます。その1ミリが、長くてこわかった夜を、少しずつ短くしてくれます。

あの頃の僕が、今こうして眠れているように。

今夜、あなたが少しでも安心して眠れますように。最後まで読んでくれて、ありがとうございました。


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RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、1ミリの行動を続ける人