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📅 2026.05.22(更新 2026.10.10) | RYU NAKAZAWA
🌱 視覚障害

盲導犬と生きると決めた日と、シュクレとの毎日|全自動じゃない、二人で進む暮らし

⏱ 約8分で読めます(4,621字)
盲導犬シュクレと中澤隆

もしあなたが、毎日の中の「ヒヤッとする瞬間」を、誰にも言えずに抱えているなら。

もしあなたが、「助けてもらうのは申し訳ない」と思って、声を上げられずにいるなら。

もしあなたが、盲導犬と暮らすって実際どんな感じなんだろう、と気になっているなら。

この記事は、あなたのためのものです。

僕は中澤隆(なかざわ りゅう)です。視覚障害のB2というクラスで、パラトライアスロンをしています。2022年から、盲導犬のシュクレと暮らしています。

今日は、僕が盲導犬と生きると決めた理由と、シュクレとの毎日の、飾らないリアルを書きます。

📖 この記事の目次
  1. ホームで、ヒヤッとした数秒
  2. 助けを借りるのは、弱さじゃない
  3. 盲導犬は「カーナビ」じゃない
  4. 毎日の世話と、出かける前のひと手間
  5. 仕事と休息のリズムを、尊重し合う
  6. 盲導犬は、走る犬じゃない
  7. 街で見かけたら、お願いしたいこと
  8. あなたの毎日にも、小さな安心を

ホームで、ヒヤッとした数秒

きっかけは、ある駅のホームでした。

駅のホームは、僕にとって、いつも気を張る場所です。人の流れ。点字ブロックの位置。電車の音。いろいろな手がかりを頼りに、慎重にいるつもりでした。

ところが。

一歩、足を踏み出した先に、思っていた地面がありませんでした。

ホームの端だったんです。

体が、すっと前に傾く。「あ、落ちる」。

とっさに、体を引き戻しました。大きな事故にはなりませんでした。

でも、心臓はしばらく鳴りやまない。手のひらには、じっとりと汗。

あとから数えれば、ほんの数秒の出来事なのに、あのとき足元がふっと消えたような感覚だけは、いまでも体のどこかに、はっきりと残っています。

その場で、僕は思いました。

「このまま、見えにくいまま、気合いだけで歩き続けて、本当に大丈夫なんだろうか」

B2というのは、まったく何も見えないわけではありません。ぼんやりと、見える部分もある。

だからこそ、難しいんです。

「少しは見えるんだから、大丈夫だろう」。そう思って無理をすると、さっきのホームのような場面でヒヤッとする。

見えているようで、肝心なところが見えていない。少し見えるからこそ、油断が生まれる。

盲導犬と暮らす前は、白い杖(白杖)で歩いていました。白杖は大切な道具で、いまでも場面によっては使います。

でも、何度も怖い思いをしました。人とぶつかる。足元の段差につまずく。横から来るものや、足元の小さな変化は、本当に見えないんです。

あの頃の僕は、外を歩くたびに、HPを削りながら進んでいるようなものでした。

つまり、ただ歩くだけで、心がどんどんすり減っていた、ということ。

それでも心のどこかで、「気をつけていれば、なんとかなる」と思っていました。

でも、疲れている日もあれば、急いでいる日もあって、人間の注意力にはどうしても限界があるということを、あの日のホームは、いちばん怖いやり方で僕に教えてくれました。


助けを借りるのは、弱さじゃない

ホームでの一件のあと、僕の中に、はっきりした願いが生まれました。

もっと、安心安全に歩きたい。

びくびくしながら一歩を踏み出すのは、もうやめたい。胸を張って、外を歩きたい。

その願いが、僕を盲導犬という選択へ連れていってくれました。

……ただ、正直に言うと、少し迷いました。

「盲導犬に頼るって、自分の弱さを認めることなんじゃないか」

でも、考えるほど、それは違うと思いました。

目がいい人だって、眼鏡やコンタクトを使います。足を痛めたら、杖をつくし、車にも乗る。それを「弱さ」と呼ぶ人は、いません。

助けを借りるのは、弱さじゃない。安心して生きるための、前向きな工夫です。

むしろ本当に怖いのは、助けを借りられないまま無理を続けて、そのうち人に会うことも、仕事をすることも、挑戦することも、少しずつ遠ざかっていってしまうことのほうだと、いまの僕は思っています。

最初の一歩は、「相談してみよう」という、1ミリの行動でした。

いま、僕の隣にいるのは、2頭目の盲導犬シュクレです。1頭目の相棒デネブが引退する、その同じ日に出会いました。

あのホームの数秒から始まった道の先に、この子がいました。


盲導犬は「カーナビ」じゃない

よく勘違いされるのですが、盲導犬はカーナビではありません。

「コンビニまで連れて行って」と言っても、連れて行ってはくれません。……残念ながら。

シュクレの仕事は、主に3つです。

行き先を決めるのは、僕です。

目的地までの地図は、僕が頭の中で描きます。進む方向は僕が指示を出し、シュクレが足元の安全を教えてくれる。

シュクレが段差の前で止まる。僕は足先で、そっと段の高さを確かめる。それから、足を上げる。この「止まる」「確かめる」が、一日に何百回も繰り返されています。

信号の色も、シュクレには分かりません。車の流れる音を聞いて判断するのは、僕のほうです。

だから、道を間違えるのも、たいてい僕。頭の中の地図がずれて「あれ、ここどこだ」と立ち止まると、シュクレは黙って、僕の判断を待っていてくれます。

シュクレは僕の足元を、僕はシュクレの行き先を見る、そうやってお互いの見えない部分を補い合いながら、二人で一つのチームとして歩いているのが、本当の盲導犬との歩き方です。

特に、冬の朝。スイムの日は、6時すぎに家を出ます。外は、まだ真っ暗です。

暗いところがほとんど見えない僕にとって、頼りになるのは、シュクレの足音と、ハーネスから伝わる体の動きだけ。

朝のスイムには、シュクレも一緒にジムへ行きます。僕が泳いでいるあいだ、シュクレは受付で待っていてくれます。


毎日の世話と、出かける前のひと手間

盲導犬と暮らしてみて、初めて知ったことがあります。出かけるだけで、けっこう準備がいるんです。

シュクレは、毎日ブラッシングをしています。それでも、毛は抜けます。

だから、飲食店や電車に乗るときは、犬用のコートを着せます。雨の日はレインコート。周りの人への、小さな気づかいです。

シャンプーは、月に1〜2回。

そして、食べ物は、絶対に見せない、あげない。集中が切れて、仕事ができなくなってしまうからです。

それでも、入店を断られることが、まだあります。「犬はちょっと……」と言われると、やっぱり胸がきゅっとなる。

でも僕は、それは「知らないから怖い」だけなんだと思うようにしています。悲しい顔をするより、ていねいに説明したほうが、次に来る盲導犬ユーザーのためになるからです。

家の中は、もっとのんびりしています。

料理は、妻の担当です。毎週木曜日は、家族で映画を観る日。シュクレも隣に来ますが、画面はまったく見ていません。

家族と、僕と、画面をまったく見ていないシュクレが、同じ部屋で同じ時間を過ごしている、その何でもない木曜日の夜が、僕はけっこう好きです。


仕事と休息のリズムを、尊重し合う

盲導犬は、一日中ずっと働いているわけではありません。

ハーネスを着けているあいだが、仕事の時間。きりっとした顔で、僕を導いてくれます。

ハーネスを外せば、お休み。ゴロンとおなかを見せて、ただの甘えん坊に戻ります。

ハーネスを外した時間は、シュクレの回復の時間です。

つまり、しっかり休んで、次に働くための力を取り戻す時間、ということ。

僕には、僕の生活のリズムがあります。シュクレにも、ごはんの時間、休む時間、遊ぶ時間というリズムがある。

どちらかに無理に合わせるのではなく、できるだけ両方を大切にしたいと思っています。

だから、シュクレが一緒に行けない日や、連れて行かないほうがいい日は、家でお留守番をしてもらいます。

お留守番の日に、僕が決めていることがあります。

最初の頃は、お留守番中に物を倒したり、玄関でずっと僕を待ちすぎたりすることもありました。慣れない環境で、不安だったんだと思います。

それが少しずつ変わって、いまは「行ってくるね」と声をかけると、定位置にスッと行って、待ってくれます。

シュクレが偉いだけではありません。同じ場所で「行ってくるね」。同じ言葉で「ただいま、よく待ったね」。

僕のほうが毎回同じであり続けたことが、「いつもどおりだ、大丈夫だ」という安心になって、少しずつシュクレに届いていったんだと思います。


盲導犬は、走る犬じゃない

講演のあと、よく聞かれます。「走るときも、シュクレちゃんと一緒なんですか?」

答えは、「いいえ」です。

盲導犬は、人がふつうに歩く速さの中で、安全を守るために訓練された犬です。走るための訓練は、受けていません。

ランニングは、だいたい時速10キロ。盲導犬が想定している「歩く」速さを、はるかに超えます。

その速さで走らせたら、シュクレの体に大きな負担がかかる。それに、いちばん大事な「歩く仕事」の精度まで落ちてしまう。

だから、レースにも連れて行きません。2024年のIRONMANのときも、シュクレは一緒に行っていません。

練習は、基本的に自分でします。ガイドとロープでつながるのは、本番のレースの日です。

走るときの相棒はガイド、暮らしの相棒はシュクレと、それぞれが得意なところで僕を支えてくれていて、その役割をはっきり分けることが、結局はシュクレの体を守ることにもつながっています。


街で見かけたら、お願いしたいこと

日本に、盲導犬は約1000頭しかいないそうです。候補の子犬のうち、盲導犬になれるのは10頭中4頭ほど。希望しても、1年から2年待ちと言われています。

パピーウォーカーさん、訓練士さん、募金で支えてくれる人たち。たくさんの人の手と時間をかけて、やっと一頭の盲導犬が、誰かの隣にやってきます。

だから、街で盲導犬を見かけたら、少しだけお願いを聞いてください。

とくに、信号待ち。「青になりましたよ」「いまは赤ですよ」の一言が、本当に大きな安心になります。

声をかけるのは、勇気がいるかもしれません。「お節介かな」と迷うかもしれません。

でも、迷ったら、どうかかけるほうを選んでください。断られても、気にしないでください。その気持ちだけで、十分に救われています。


あなたの毎日にも、小さな安心を

盲導犬との暮らしは、全自動ではありません。

毎日のブラッシング。出かける前のコート。信号の判断。入店を断られたときの寂しさ。地味で、ちょっと手間のかかる毎日です。

それでも、シュクレがいるから、僕は外に出られる。人に会える。挑戦できる。

あのホームでヒヤッとした日、もし「怖かったね」で終わらせていたら、何も変わらなかったと思います。「だったら、どうすれば安心して歩けるか」と考えたから、いまの毎日があります。

もしあなたがいま、何かにヒヤッとしながら、誰にも言えずに抱えているなら。

助けを借りることを、弱さだと思わないでください。道具を使ってもいい。人の手を借りてもいい。相棒の力を借りてもいい。

大切なのは、あなたが安心して、前を向いて歩けることで、そのために使えるものは、遠慮なく使っていいんです。

見えなくなっていく世界の中で、支えられながら挑み続ける。その旅を、仲間と一緒に。

僕は今日も、シュクレと一緒に、二人で一歩ずつ進んでいます。


🌱 おなじ不安の中にいるあなたへ

僕が視覚障害になってから今日までの道のりを、16分の動画にまとめています。文章より、声のほうが届く日もあると思うから。よかったら、そばに置いておいてください。

▶️ 動画「目が見えないのに、226km。」 📖 27歳で緑内障と診断された日|およそ20年後の僕から、過去の自分に届けたい言葉

最後まで読んでくれて、ありがとうございます

中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。

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「中途失明」「挑戦」「不安があっても前に進む力」をテーマに、2017年から講演を続け、ここ3〜4年は年間50回前後で登壇しています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。

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動画でも見られます:盲導犬シリーズ

デネブとシュクレと歩いてきた日々を、YouTubeで1話ずつ動画にしています。

▶ 盲導犬シリーズを第1話から見る(YouTube)

RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、人生現役で挑み続ける