もしあなたが、毎日の中の「ヒヤッとする瞬間」を、誰にも言えずに抱えているなら。
もしあなたが、「助けてもらうのは申し訳ない」と思って、声を上げられずにいるなら。
もしあなたが、盲導犬と暮らすって実際どんな感じなんだろう、と気になっているなら。
この記事は、あなたのためのものです。
僕は中澤隆(なかざわ りゅう)です。視覚障害のB2というクラスで、パラトライアスロンをしています。2022年から、盲導犬のシュクレと暮らしています。
今日は、僕が盲導犬と生きると決めた理由と、シュクレとの毎日の、飾らないリアルを書きます。
きっかけは、ある駅のホームでした。
駅のホームは、僕にとって、いつも気を張る場所です。人の流れ。点字ブロックの位置。電車の音。いろいろな手がかりを頼りに、慎重にいるつもりでした。
ところが。
一歩、足を踏み出した先に、思っていた地面がありませんでした。
ホームの端だったんです。
体が、すっと前に傾く。「あ、落ちる」。
とっさに、体を引き戻しました。大きな事故にはなりませんでした。
でも、心臓はしばらく鳴りやまない。手のひらには、じっとりと汗。
あとから数えれば、ほんの数秒の出来事なのに、あのとき足元がふっと消えたような感覚だけは、いまでも体のどこかに、はっきりと残っています。
その場で、僕は思いました。
「このまま、見えにくいまま、気合いだけで歩き続けて、本当に大丈夫なんだろうか」
B2というのは、まったく何も見えないわけではありません。ぼんやりと、見える部分もある。
だからこそ、難しいんです。
「少しは見えるんだから、大丈夫だろう」。そう思って無理をすると、さっきのホームのような場面でヒヤッとする。
見えているようで、肝心なところが見えていない。少し見えるからこそ、油断が生まれる。
盲導犬と暮らす前は、白い杖(白杖)で歩いていました。白杖は大切な道具で、いまでも場面によっては使います。
でも、何度も怖い思いをしました。人とぶつかる。足元の段差につまずく。横から来るものや、足元の小さな変化は、本当に見えないんです。
あの頃の僕は、外を歩くたびに、HPを削りながら進んでいるようなものでした。
つまり、ただ歩くだけで、心がどんどんすり減っていた、ということ。
それでも心のどこかで、「気をつけていれば、なんとかなる」と思っていました。
でも、疲れている日もあれば、急いでいる日もあって、人間の注意力にはどうしても限界があるということを、あの日のホームは、いちばん怖いやり方で僕に教えてくれました。
ホームでの一件のあと、僕の中に、はっきりした願いが生まれました。
もっと、安心安全に歩きたい。
びくびくしながら一歩を踏み出すのは、もうやめたい。胸を張って、外を歩きたい。
その願いが、僕を盲導犬という選択へ連れていってくれました。
……ただ、正直に言うと、少し迷いました。
「盲導犬に頼るって、自分の弱さを認めることなんじゃないか」
でも、考えるほど、それは違うと思いました。
目がいい人だって、眼鏡やコンタクトを使います。足を痛めたら、杖をつくし、車にも乗る。それを「弱さ」と呼ぶ人は、いません。
助けを借りるのは、弱さじゃない。安心して生きるための、前向きな工夫です。
むしろ本当に怖いのは、助けを借りられないまま無理を続けて、そのうち人に会うことも、仕事をすることも、挑戦することも、少しずつ遠ざかっていってしまうことのほうだと、いまの僕は思っています。
最初の一歩は、「相談してみよう」という、1ミリの行動でした。
いま、僕の隣にいるのは、2頭目の盲導犬シュクレです。1頭目の相棒デネブが引退する、その同じ日に出会いました。
あのホームの数秒から始まった道の先に、この子がいました。
よく勘違いされるのですが、盲導犬はカーナビではありません。
「コンビニまで連れて行って」と言っても、連れて行ってはくれません。……残念ながら。
シュクレの仕事は、主に3つです。
行き先を決めるのは、僕です。
目的地までの地図は、僕が頭の中で描きます。進む方向は僕が指示を出し、シュクレが足元の安全を教えてくれる。
シュクレが段差の前で止まる。僕は足先で、そっと段の高さを確かめる。それから、足を上げる。この「止まる」「確かめる」が、一日に何百回も繰り返されています。
信号の色も、シュクレには分かりません。車の流れる音を聞いて判断するのは、僕のほうです。
だから、道を間違えるのも、たいてい僕。頭の中の地図がずれて「あれ、ここどこだ」と立ち止まると、シュクレは黙って、僕の判断を待っていてくれます。
シュクレは僕の足元を、僕はシュクレの行き先を見る、そうやってお互いの見えない部分を補い合いながら、二人で一つのチームとして歩いているのが、本当の盲導犬との歩き方です。
特に、冬の朝。スイムの日は、6時すぎに家を出ます。外は、まだ真っ暗です。
暗いところがほとんど見えない僕にとって、頼りになるのは、シュクレの足音と、ハーネスから伝わる体の動きだけ。
朝のスイムには、シュクレも一緒にジムへ行きます。僕が泳いでいるあいだ、シュクレは受付で待っていてくれます。
盲導犬と暮らしてみて、初めて知ったことがあります。出かけるだけで、けっこう準備がいるんです。
シュクレは、毎日ブラッシングをしています。それでも、毛は抜けます。
だから、飲食店や電車に乗るときは、犬用のコートを着せます。雨の日はレインコート。周りの人への、小さな気づかいです。
シャンプーは、月に1〜2回。
そして、食べ物は、絶対に見せない、あげない。集中が切れて、仕事ができなくなってしまうからです。
それでも、入店を断られることが、まだあります。「犬はちょっと……」と言われると、やっぱり胸がきゅっとなる。
でも僕は、それは「知らないから怖い」だけなんだと思うようにしています。悲しい顔をするより、ていねいに説明したほうが、次に来る盲導犬ユーザーのためになるからです。
家の中は、もっとのんびりしています。
料理は、妻の担当です。毎週木曜日は、家族で映画を観る日。シュクレも隣に来ますが、画面はまったく見ていません。
家族と、僕と、画面をまったく見ていないシュクレが、同じ部屋で同じ時間を過ごしている、その何でもない木曜日の夜が、僕はけっこう好きです。
盲導犬は、一日中ずっと働いているわけではありません。
ハーネスを着けているあいだが、仕事の時間。きりっとした顔で、僕を導いてくれます。
ハーネスを外せば、お休み。ゴロンとおなかを見せて、ただの甘えん坊に戻ります。
ハーネスを外した時間は、シュクレの回復の時間です。
つまり、しっかり休んで、次に働くための力を取り戻す時間、ということ。
僕には、僕の生活のリズムがあります。シュクレにも、ごはんの時間、休む時間、遊ぶ時間というリズムがある。
どちらかに無理に合わせるのではなく、できるだけ両方を大切にしたいと思っています。
だから、シュクレが一緒に行けない日や、連れて行かないほうがいい日は、家でお留守番をしてもらいます。
お留守番の日に、僕が決めていることがあります。
最初の頃は、お留守番中に物を倒したり、玄関でずっと僕を待ちすぎたりすることもありました。慣れない環境で、不安だったんだと思います。
それが少しずつ変わって、いまは「行ってくるね」と声をかけると、定位置にスッと行って、待ってくれます。
シュクレが偉いだけではありません。同じ場所で「行ってくるね」。同じ言葉で「ただいま、よく待ったね」。
僕のほうが毎回同じであり続けたことが、「いつもどおりだ、大丈夫だ」という安心になって、少しずつシュクレに届いていったんだと思います。
講演のあと、よく聞かれます。「走るときも、シュクレちゃんと一緒なんですか?」
答えは、「いいえ」です。
盲導犬は、人がふつうに歩く速さの中で、安全を守るために訓練された犬です。走るための訓練は、受けていません。
ランニングは、だいたい時速10キロ。盲導犬が想定している「歩く」速さを、はるかに超えます。
その速さで走らせたら、シュクレの体に大きな負担がかかる。それに、いちばん大事な「歩く仕事」の精度まで落ちてしまう。
だから、レースにも連れて行きません。2024年のIRONMANのときも、シュクレは一緒に行っていません。
練習は、基本的に自分でします。ガイドとロープでつながるのは、本番のレースの日です。
走るときの相棒はガイド、暮らしの相棒はシュクレと、それぞれが得意なところで僕を支えてくれていて、その役割をはっきり分けることが、結局はシュクレの体を守ることにもつながっています。
日本に、盲導犬は約1000頭しかいないそうです。候補の子犬のうち、盲導犬になれるのは10頭中4頭ほど。希望しても、1年から2年待ちと言われています。
パピーウォーカーさん、訓練士さん、募金で支えてくれる人たち。たくさんの人の手と時間をかけて、やっと一頭の盲導犬が、誰かの隣にやってきます。
だから、街で盲導犬を見かけたら、少しだけお願いを聞いてください。
とくに、信号待ち。「青になりましたよ」「いまは赤ですよ」の一言が、本当に大きな安心になります。
声をかけるのは、勇気がいるかもしれません。「お節介かな」と迷うかもしれません。
でも、迷ったら、どうかかけるほうを選んでください。断られても、気にしないでください。その気持ちだけで、十分に救われています。
盲導犬との暮らしは、全自動ではありません。
毎日のブラッシング。出かける前のコート。信号の判断。入店を断られたときの寂しさ。地味で、ちょっと手間のかかる毎日です。
それでも、シュクレがいるから、僕は外に出られる。人に会える。挑戦できる。
あのホームでヒヤッとした日、もし「怖かったね」で終わらせていたら、何も変わらなかったと思います。「だったら、どうすれば安心して歩けるか」と考えたから、いまの毎日があります。
もしあなたがいま、何かにヒヤッとしながら、誰にも言えずに抱えているなら。
助けを借りることを、弱さだと思わないでください。道具を使ってもいい。人の手を借りてもいい。相棒の力を借りてもいい。
大切なのは、あなたが安心して、前を向いて歩けることで、そのために使えるものは、遠慮なく使っていいんです。
見えなくなっていく世界の中で、支えられながら挑み続ける。その旅を、仲間と一緒に。
僕は今日も、シュクレと一緒に、二人で一歩ずつ進んでいます。
僕が視覚障害になってから今日までの道のりを、16分の動画にまとめています。文章より、声のほうが届く日もあると思うから。よかったら、そばに置いておいてください。
中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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「中途失明」「挑戦」「不安があっても前に進む力」をテーマに、2017年から講演を続け、ここ3〜4年は年間50回前後で登壇しています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
📧 つなひろワールドへお問い合わせデネブとシュクレと歩いてきた日々を、YouTubeで1話ずつ動画にしています。
RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、人生現役で挑み続ける