「趣味は何ですか?」と聞かれて、答えに困ったこと、ありませんか。
もしあなたが、胸を張って言える趣味なんてない、と思っているなら。
もしあなたが、家にいる時間が長くなるほど、気持ちが沈んでいくのを感じているなら。
もしあなたが、外に出る理由が見つからないまま、一日を終えてしまうことがあるなら。
この記事は、あなたのためのものです。
僕は中澤隆(なかざわ りゅう)です。視覚障害のB2というクラスで、パラトライアスロンをしています。盲導犬のシュクレと暮らしています。
少し意外な話をします。僕は、目が見えにくくなってから、趣味が増えました。
今日は、その理由を書きます。
講演に行くと、よく聞かれます。「趣味は何ですか?」
目が見えていたころの僕なら、たぶん困っていました。「これが趣味です」と言えるものを、あまり持っていなかったからです。
今は、いくつか思い浮かびます。
しかも、ぜんぶ、見えにくくなってから始めたものです。
ふつうに考えたら、逆ですよね。見えなくなれば、できることは減りそうです。僕自身が、いちばんおどろいています。
もちろん、できなくなったことは、たくさんあります。
細かい字を読むこと。車を運転すること。知らない街を、ふらっと歩くこと。数えれば、きりがありません。
それでも、趣味は増えました。
手放したものを数えていた僕が、いつのまにか増えたものを数えられるようになったのは、「趣味」という言葉の意味を、見えにくくなってから、まったく別の形でとらえ直したからです。
27歳で、緑内障と診断されました。31歳で、視覚障害者になりました。
そのころ、いちばんつらかったのは、家にいる時間でした。
静かな部屋にいると、頭の中が、悪い想像でいっぱいになります。
このまま、もっと見えなくなったらどうしよう。仕事は。生活は。明日は。
不安は、止まってくれません。じっとしていると、どんどん大きくなります。
夜もこわかった。眠って、朝起きたら見えなくなっていたらどうしよう。布団の中で、そればかり考えていました。
家は、安全な場所のはずです。なのに僕にとっては、不安がいちばんよく育つ場所でした。
家にいるだけで、心のHPが、じわじわ減っていきました。
つまり、何もしていないのに、気持ちだけがどんどん疲れていった、ということです。
今ふり返ると、あのころの僕に足りなかったのは、強い心でも明るい性格でもなく、「今日は、これがあるから外に出る」と言える、たったひとつの理由でした。
だから、僕にとっての趣味は、ふつうとは少し違うかもしれません。
うまいかどうか。立派かどうか。人に自慢できるかどうか。そういう物差しでは、はかっていません。
大事にしているのは、ひとつだけです。
それをやっているあいだ、心がちゃんと外を向いているか。
不安は、心が自分の内側ばかり向いているときに、大きくなります。
だから、心を外へ連れ出してくれるものは、ぜんぶ、僕の大事な趣味です。
世の中で立派だと言われるものでなくても、下手なままでも、それをしているあいだだけは明日の心配を忘れていられるのなら、僕にとっては、それがいちばんの趣味になります。
ひとつめは、トライアスロンです。
31歳で始めたとき、25メートルも泳げませんでした。それが今は、226キロのIRONMANに挑んでいます。
……趣味と呼ぶには、ちょっと長すぎる気もします。
でも、趣味と呼びたい理由は、記録ではありません。
「今日は、練習がある」。
この予定があるだけで、朝の空気が変わるのです。
体を動かしているあいだは、あの止まらなかった不安が、すっと静かになります。
水をかく感じ。ペダルを踏む感じ。地面をける感じ。今に集中していると、まだ来ていない未来を心配しているひまがありません。
続けると、もうひとついいことがありました。
「昨日より、少し長く泳げた」「先週より、楽に走れた」。
できないことが増えるばかりだった毎日の中で、できることが増えていく感じは、本当にひさしぶりでした。
レースでは、スイムとランはロープでガイドとつながり、バイクは二人乗りのタンデムに乗ります。
はじめは、助けてもらう側になるのが情けなくて、くやしかったけれど、続けるうちに、ガイドは一緒にゴールを目指す対等なチームなのだと分かって、趣味が、仲間まで連れてきてくれたのだと気づきました。
ふたつめは、盲導犬シュクレとの散歩です。
シュクレは、僕の2頭目の盲導犬です。名前はフランス語で「砂糖」「甘い」という意味。シュークリームの「シュー」と同じ言葉です。
訓練士さんからは、「ちょっと繊細な子です」と聞いていました。
ところが、はじめて会った日。シュクレは、おなかを見せて、ごろん。へそ天です。
……どこが繊細だよ。心の中で、思わずつっこみました。
その日は、僕にとって特別な日でもありました。1頭目の盲導犬・デネブが、引退する日だったのです。
別れと出会いが、同じ日に重なりました。
盲導犬と暮らそうと思ったきっかけは、駅のホームから落ちそうになったことでした。「もっと安心して、安全に歩きたい」。そう思ったのです。
シュクレと歩く時間が、僕は大好きです。
息を合わせる。街の音を聞く。風を感じる。一歩ごとに、心が外へ開いていきます。
家で考えこんでいる僕と、シュクレと外を歩いている僕は、同じ人間なのに心の向きがまるで違っていて、シュクレは安全を守ってくれる相棒であると同時に、毎日の散歩という趣味をくれた相手でもあります。
みっつめは、講演で人と話すことです。
今、年に50回前後、いろいろな場所で話をさせてもらっています。
人前で話すのは、はじめから得意だったわけではありません。
でも、自分の経験を話す。聞いてくれた人が、何かを受け取ってくれる。終わったあとに、質問をしてくれる。あのやりとりが、僕は本当に好きです。
講演のはじめに、いつもお願いをします。
「僕には、みなさんの表情が見えません。だから、うなずきや拍手や声で、反応を教えてください」。
すると、会場とつながっていく感じがします。
見えないからこそ、声や空気を、めいっぱい受け取ろうとします。
終わったあとに「勇気をもらいました」と声をかけてもらえると、本当にうれしいです。
仕事を趣味と言うのは、ずるいかもしれません。でも、好きなものは好きです。
家の中でひとり、悪い想像ばかりしていた僕が、今は年に50回も人と向き合っているのだから、これも見えにくくなってから手に入れた、大事な時間です。
ならべてみて、気づいたことがあります。
僕の趣味は、どれも、僕だけでは成り立ちません。
外に出るだけではなく、かならず誰かとつながっています。
不安は、心が内側を向いているときに大きくなります。そして、ひとりきりのときに、いちばん大きくなります。
見えにくくなったころ、いちばん苦しかったのは、「ひとりで、家の中で、未来を心配していた時間」でした。
今の趣味は、そのちょうど逆です。
僕にとって趣味は、回復の時間です。
つまり、外に出て、誰かとつながって、今に集中することで、気持ちがまた元気になる、ということです。
だから趣味は、僕にとってただの楽しみではなく、心を守るために毎日くり返している、大事な習慣になっています。
もし今、あなたが家にいる時間が長くて、気持ちが沈みがちなら。
立派な趣味でなくて、大丈夫です。上手でなくて、いいんです。
「これがあると、外に出る理由になるな」。
そう思えるものを、ひとつだけ見つけてみてください。
いきなり大きなことを始めなくていい。家のまわりを、ひと回り歩くだけでもいい。誰かに「おはよう」と言うだけでもいい。
僕も、25メートル泳げないところから始めました。
大事なのは、うまいかどうかではありません。心が外を向く時間が、一日のどこかにあるかどうかです。
1ミリでも外を向けたら、もう前進です。
もし、あのころの僕に会えるなら、「家でじっとしていなくていいよ。下手でいいから、外に出てごらん。そこに、君を待っている人や、犬や、舞台があるよ」と言ってあげたいです。
見えなくなって、失ったものは、たしかにあります。でも、見えなくなったから出会えた趣味が、今の僕を、毎日外へ連れ出してくれています。
見えなくなっていく世界の中で、支えられながら挑み続ける。その旅を、仲間と一緒に。
あなたの「外に出る理由」が、ひとつ見つかりますように。
「視覚障害B2の生活」「IRONMAN サブ11挑戦」「1ミリの行動」「気合いより1ミリ」をテーマに、講演を続けています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
📧 つなひろワールドへお問い合わせ僕が視覚障害になってから今日までの道のりを、16分の動画にまとめています。文章より、声のほうが届く日もあると思うから。よかったら、そばに置いておいてください。
中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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緑内障がわかった日から、見えなくなっていく中で挑み続けるまでを、YouTubeで1話ずつ動画にしています。
RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、1ミリの行動を続ける人