「ちょっときついから、ペースを落としてほしい」。このひとことを、僕は何度も、のどの奥に飲みこんできました。
もしあなたが、相手に気をつかいすぎて、本当に言いたいことを飲みこんでしまうなら。
もしあなたが、「波風を立てたくない」と思って、いつも正直になれずにいるなら。
もしあなたが、遠慮することが、やさしさだと思っているなら。
この記事は、あなたに向けて書きます。
僕は中澤隆(なかざわ りゅう)です。視覚障害のB2というクラスで、パラトライアスロンをしています。盲導犬のシュクレと暮らしています。
2026年9月13日、IRONMAN JAPANを完走しました。タイムは14時間43分54秒です。
今日は、レースでいっしょに進んでくれるガイドとの、声かけと合図の話をします。見えにくい僕がガイドとつながって進むとき、遠慮して言わないことが、危険につながります。そこから学んだ話です。
レースのとき、僕はガイドとロープでつながります。
スイムでは、ロープを太ももにつけます。ランでは、輪になったロープを、ガイドと僕がそれぞれ手でにぎります。たった1本のロープですが、これが僕とガイドをつなぐ、いのちづなです。
ロープは、ゆるみすぎても、張りすぎてもいけません。ちょうどいい張りを、2人でたもちながら進みます。
このロープから、いろいろなことが伝わってきます。ガイドが少しペースを上げれば、それが僕に伝わります。僕が少しおくれれば、それもガイドに伝わります。
言葉を交わさなくても、ほんのわずかな引きやゆるみだけで「今、相手がどう動こうとしているか」がここまで分かるのかと、レースのたびに、今でも少しおどろきます。
でも、ロープだけでは伝わらないこともあります。この先にカーブがあるのか。人とすれちがうのか。足元に段差があるのか。
見えにくい僕がそれを前もって知る方法は、ガイドの声しかありません。声は、「あったほうがいいもの」ではなく、「ないと進めないもの」です。
僕とガイドは、走りながら、たくさんの言葉を交わします。おしゃべりではありません。安全に進むための、大事な情報です。
ガイドからは、こんな声が飛んできます。
このひとつひとつが、僕の目のかわりになります。
そして、伝えるのはガイドだけではありません。僕からも伝えます。
ガイドが僕に伝えるだけでは足りなくて、僕が今どう感じていて、どうしてほしいのかをガイドに返してはじめて、2人の足なみはそろい、同じ速さで同じ方向へ進んでいけます。
……と、えらそうに書きました。でも、この「僕から伝える」ほうが、ずっとできなかったのです。
とくに、「ペースが速すぎる」「ちょっときつい」という言葉です。相手にお願いするような言葉は、つい飲みこんでしまいました。
なぜか。遠慮です。
走っている途中で、僕のHPは、どんどんへっていきます。でも、それを言いませんでした。
つまり、もう力が残っていないのに、まだ大丈夫なふりをしていた、ということです。
昔の僕は、「助けてもらう側」になることが悔しくて、できるだけガイドに負担をかけたくないと思っていました。
それに僕には、昔から「失敗したくない」「ダメなやつだと思われたくない」という気持ちが人より強くあって、見えにくくなってからはなおさら、「弱音をはいたら迷惑をかけてしまう」という思いが、言うべき言葉をのどの奥で止めていました。
やさしさのつもりでした。でも、まったくの逆でした。
はっきり書きます。伴走で、遠慮は危険です。
僕が「きつい」と言えずに無理を続けると、フォームがみだれます。足元があやしくなります。見えにくい中で、無理なペースのまま進めば、転ぶかもしれません。
「今の合図、聞こえなかった」を飲みこめば、曲がるところで曲がれず、ぶつかるかもしれません。
遠慮を続けた先にあるのは、ゲームオーバーです。
つまり、転んだり、ぶつかったりして、2人ともレースを続けられなくなる、ということです。
僕が転べば、となりを走るガイドも危なくなります。
「言ったら悪いかな」と思って飲みこんだひとことは、相手を守るどころか、相手に必要な情報をかくして、いっしょに走ってくれている人まで危ないほうへ連れていってしまうのだと気づいたとき、僕の考え方は、根っこから変わりました。
「遠慮せず、正直に伝えよう」。そう決めても、いざ走り出すと、やっぱり言い出しにくいです。人間、そんなにすぐには変われません。
だから僕は、気持ちの問題にしないで、しくみで解決することにしました。
スタートの前に、ガイドと、合図の言葉を決めておきます。
合図の言葉を先に決めておくのは、セーブに似ています。
つまり、苦しくなったときにたよれるものを、元気なうちに用意しておく、ということです。
短い言葉が決まっていれば、苦しいときに、長いお願いの文を考えなくてすみます。決めたひとことを、口に出すだけです。
これは、僕の合言葉「気合いより段取り」そのものです。
正直に言えないのは心が弱いからではなく、言いにくい場面をそのままにしているからで、言うためのハードルを本番が来る前に下げておけば、気持ちの強さに関係なく、大事なひとことはちゃんと口から出てくれます。
僕がたどり着いた答えは、これです。信頼は、遠慮ではなく、正直さで作る。
遠慮して飲みこむのは、相手を立てているように見えます。でも本当は、「自分の本当の様子を、相手にわたしていない」ということです。
反対に、「今きつい」「ペースを落として」と正直に伝えれば、ガイドは僕の本当の様子を知ることができます。だから、ぴったり合わせてくれます。
大事なのは、言い方です。正直であることと、ぶっきらぼうであることは、別のものです。
「きついから、落としてほしい。いつもいっしょに走ってくれて、ありがとう」
中身は正直に。伝え方は、やさしく。
それに、「きつい」と本音を言えるのは、「この人なら、ちゃんと受け止めてくれる」と信じているからです。
信じているから正直に言えて、正直に言い合うほどまた信じられるようになるという、このくり返しの中で、僕は遠慮なく「きつい」と言えるガイドとの関係を、少しずつ作ってこられたのだと思います。
もしあなたが、相手に気をつかいすぎて、本当に言いたいことを飲みこんでしまうなら。その遠慮は、もしかすると、相手のためになっていないかもしれません。
あなたが本当の様子を伝えないと、相手は、あなたに合わせることができません。
正直に伝えることは、わがままでも、弱音でもありません。相手を信じて、チームとして前に進むための、大切な技術です。
僕は、ガイドがいなければ、レースで泳ぐことも走ることもできません。だからこそ、支えてくれる人とつながる中で、正直に伝え合うことを覚えました。
いきなり口に出すのがむずかしければ、「こまったときに言う、ひとことの合図」を、相手と先に決めておくのがおすすめです。気合いで言おうとしなくて大丈夫です。
遠慮を手ばなして、正直に伝え合えるようになってから、僕とガイドは、前よりも安全に、前よりも遠くまで進めるようになり、ロープの向こうにいる人のことを、前よりもずっと近くに感じるようになりました。
飲みこんできたひとことを、今度は、そっと口に出してみてください。
その正直さが、あなたと、あなたの大切な人とのあいだを、きっと今よりあたたかくしてくれます。
「視覚障害B2の生活」「IRONMAN サブ11挑戦」「1ミリの行動」「気合いより1ミリ」をテーマに、講演を続けています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
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25メートルも泳げなかった僕が、ガイドとロープでつながって226kmに挑むまでを、YouTubeで1話ずつ動画にしています。
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RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、1ミリの行動を続ける人