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📅 2026.08.12(更新 2026.10.10) | RYU NAKAZAWA
💪 挑戦

単位をひとつ落とせば留年、国家試験は二つ落ちた|それでも掴んだ「まだ終わってない」という証明

⏱ 約6分で読めます(3,896字)

もしあなたが、逃げ場のない状況で、息が詰まりそうになっているなら。

もしあなたが、がんばった結果が全部はうまくいかず、「落ちた」ところばかり見て自分を責めているなら。

もしあなたが、「自分はもう終わったのかもしれない」と感じているなら。この記事は、あなたに向けて書きました。

僕は中澤隆(なかざわ りゅう)です。視覚障害B2クラスのパラトライアスリートで、盲導犬のシュクレと暮らしています。

今日書くのは、31歳で13年勤めた会社を離れたあと、30代で大学に入り直して鍼灸を学んだ頃の話です。いちばん張りつめていた数年間と、その先の国家試験で、全部には受からなかった話です。

📖 この記事の目次
  1. 入ったことは、ゴールではなかった
  2. 単位をひとつ落とせば、留年
  3. しんどい夜に、机に戻れた理由
  4. 必死さを、段取りに変える
  5. 逃げグセのあった僕が、逃げなかった
  6. 鍼師と灸師には、落ちた
  7. 「合格」より、「まだ終わってない」
  8. 全部はうまくいかない、あなたへ

入ったことは、ゴールではなかった

人生で初めての大学受験をくぐり抜けて、僕は学生になりました。

合格の知らせを受け取った日のことは、今でも覚えています。

会社を離れて、先が真っ暗で、「これから何をして生きていくんだろう」と途方に暮れていた僕にとって、あの知らせは、もう一度社会とつながるための、たしかな一歩でした。

でも、入ってすぐに分かりました。

入ったことは、ゴールではありませんでした。本当の正念場は、入ってからでした。

学んだのは、鍼、お灸、あん摩マッサージ指圧です。人の体に直接ふれて、その体を助ける仕事。

だから、教わることはひとつ残らず、人の体に関わる知識でした。「なんとなく分かったつもり」で通れる場所では、ありません。


単位をひとつ落とせば、留年

その厳しさは、はっきりした形で目の前にありました。単位です。

単位をひとつでも落とすと、留年につながる。

たくさんの科目の、どれかひとつ。それを取りこぼしただけで、もう一年、同じところをやり直すことになります。

この学科には、セーブポイントがありませんでした。

つまり、ひとつつまずいたら、その一年をまるごと失うかもしれない、ということ。

考えてみてください。子どもの頃の僕は、小学校の成績が3段階で、ほとんどが1か2。その僕が、取りこぼしの許されない世界にいました。

しかも、目はほとんど見えていません。

いちばん近い感覚は、薄い氷の上を歩いている感じで、足を置くたびに、下から小さな音が返ってくるような毎日が、何年も続きました。

ひとつも落とせないということは、ひとつも聞き逃せない、ということです。一回一回の授業が、取り返しのつかない一回になりました。

講義は録音させてもらって、家で何度も聴き直しました。図やイラストは、人に頼んで言葉で説明してもらいました。使えるものは、ぜんぶ使いました。


しんどい夜に、机に戻れた理由

しんどい夜も、もちろんありました。

30を過ぎて、なんで自分はこんなに必死に勉強しているんだろう。同じ年頃の人たちは、もっと違う生き方をしているんじゃないか。

そんな夜、僕は、ある時間を思い出しました。

会社を離れて、朝起きても行く場所がなかった頃です。

あのとき、いちばんつらかったのは、忙しさではありませんでした。何もすることがない、という時間でした。

空っぽの一日と、必死の一日。どちらがつらいかと聞かれたら、僕は迷わず、空っぽのほうだと答えます。

だから、机に戻れました。

机に戻る理由を、わざわざ自分の外から持ってくる必要はなくて、それは振り返ればすぐ後ろに、あの空っぽの朝の形で、ちゃんと置いてありました。


必死さを、段取りに変える

ただ、必死なだけでは、うまくいきませんでした。

見えにくさを抱えての勉強は、見えていた頃の何倍も時間がかかります。教科書を読むのも、ノートを取るのも、人より手間がいる。

体のつくり。ツボの位置。覚えることは、本当にたくさんありました。正直、何度も「間に合うだろうか」と思いました。

「留年したくない」という気持ちだけで走ると、空回りします。

必要だったのは、気合いより、段取りでした。

毎日を、設計して過ごす。

僕がいまも大事にしている「気合いより段取り」という合言葉は、思えば、あの薄い氷の上を毎日歩いていた大学の日々の中で、少しずつ鍛えられていったものなのかもしれません。

焦りは、そのままだとただの焦りです。行動の計画に変えて、はじめて力になりました。


逃げグセのあった僕が、逃げなかった

ここで、どうしても書いておきたいことがあります。

子どもの頃の僕には、はっきりした逃げグセがありました。

中学のとき、好きな子がいたのに「どうせ相手にされない」と決めつけて、ひとことも言えないまま卒業しました。

難しそうな壁が見えたら、近づく前に「にげる」を選ぶ。

つまり、失敗するのがこわくて、挑戦する前に自分からあきらめていた、ということ。

でも、この大学では、逃げませんでした。

逃げる場所がなかった、というのも本当です。でも、それだけではありません。会社を離れたとき、何もない時間のつらさを、いやというほど知ったからです。

苦手な科目からも、難しい試験からも、逃げない。覚えられないなら、覚えられるまでくり返す。分からないなら、分かるまで人に聞く。

そして僕は、留年することなく卒業しました。

そのとき胸にきたのは派手なものではなく、「逃げなかった、最後まで踏ん張りきった」という静かな手ごたえで、卒業証書という紙よりも、僕にはその事実のほうが、ずっと大事でした。


鍼師と灸師には、落ちた

でも、話はここで終わりません。卒業の先には、国家試験がありました。

鍼を扱う、鍼師。お灸を扱う、灸師。あん摩・マッサージ・指圧を扱う、あん摩マッサージ指圧師。

僕は、三つ全部の合格を目指しました。

結果を、正直に書きます。

受かったのは、あん摩マッサージ指圧師だけ。鍼師と灸師には、落ちました。

あれだけ必死にやって、留年もせずに卒業して、それでも届かなかったものがある。

国家試験は、容赦がありません。受かったか、落ちたか、それだけです。

落ちたと知ったとき、一瞬、ゲームオーバーの文字が見えた気がしました。

つまり、ここまで積み上げてきたものが、全部むだになった気がした、ということ。

人は、こういうとき、受かった一つより、落ちた二つのほうに目がいきます。

「あそこを、もっとこうしていれば」。「あの分野を、最後まで詰めきれなかった」。そんな気持ちが、頭の中をぐるぐる回りました。

せっかく卒業までたどり着いたのに、やりきった手ごたえよりも、届かなかった悔しさのほうが、しばらくのあいだ、心の中でずっと大きな顔をしていました。

たった一つの合格を、素直に喜べない。そんな自分が、また少し情けなかったです。


「合格」より、「まだ終わってない」

しばらくして、この出来事の意味が、少しずつ変わっていきました。

思い出したのは、仕事を失った頃の自分です。

図面が見えなくなって、「昨日できたことが、今日できない」と落ち込んで、自分にはもう価値がないんじゃないかと、本気で思っていた僕。

その僕が、30代で学び直して、必死に卒業して、国家資格を一つ、自分の手でつかんだ。

これは、ただ「資格に一つ受かった」という話ではありませんでした。

「まだ、自分は終わってない」。その証明を、一つ手に入れた感覚だったんです。

三つ全部に受かることが、本当の目的だったわけではありません。欲しかったのは、「終わったと思っていた自分に、まだ続きがある」という手ごたえでした。

そのためなら、たった一つの合格で十分で、落ちた二つは、その事実を少しも曇らせなかったんだと気づいたとき、肩に乗っていたものが、ふっと軽くなりました。

落ちた二つの意味も、変わりました。あれは失敗ではなく、「まだ伸びしろがある」というしるしだった。

全部に受かっていたら、僕はそこで「終わり」にしていたかもしれません。届かなかったものがあったから、「まだ先がある」と思えました。


全部はうまくいかない、あなたへ

僕がここまで来られたのは、僕の力だけではありません。授業を録音させてくれた人、図を言葉にしてくれた人、相談に乗ってくれた人。たくさんの人に支えられて、一歩ずつ進んできました。

見えなくなっていく世界の中で、支えられながら挑み続ける。その旅を、仲間と一緒に。

もし今、あなたが、挑戦の結果が全部はうまくいかなくて、落ち込んでいるなら。

まず、伝えたいことがあります。全部に受からなかったからといって、あなたの挑戦がむだだったわけでは、決してありません。最後までやりきった、その事実だけで、もう一つの証明です。

それから、思い出してみてください。あなたは、何のためにそれに挑んだのでしょうか。

「全部そろえること」が、本当のゴールでしたか。それとも、「自分にもできる」「まだ終わってない」という手ごたえのためでしたか。

もし後者なら、たとえ一つでも、あなたがつかんだものは、それを十分に証明してくれています。

それから、いま追い込まれている人にも、ひとつだけ。

追い込まれた毎日は、楽しくはありません。毎日が薄い氷の上で、一日も気が抜けない。もう一度やりたいかと聞かれたら、僕も正直、ためらいます。

でも、あの厳しさがなかったら、僕はあんなに必死になれませんでした。「今日くらい、いいか」と、昔の逃げグセがどこかで顔を出していたと思います。

失うものがあったから集中できて、逃げ場がなかったから逃げずにすんで、弱かったはずの僕を前へ押し出してくれたのは、ほかでもない、あの張りつめた時間でした。

だから今は、つかんだものを、素直に誇ってください。届かなかったものは、その先で、ゆっくり取りに行けばいいんです。


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RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、1ミリの行動を続ける人