もしあなたが、逃げ場のない状況で、息が詰まりそうになっているなら。
もしあなたが、がんばった結果が全部はうまくいかず、「落ちた」ところばかり見て自分を責めているなら。
もしあなたが、「自分はもう終わったのかもしれない」と感じているなら。この記事は、あなたに向けて書きました。
僕は中澤隆(なかざわ りゅう)です。視覚障害B2クラスのパラトライアスリートで、盲導犬のシュクレと暮らしています。
今日書くのは、31歳で13年勤めた会社を離れたあと、30代で大学に入り直して鍼灸を学んだ頃の話です。いちばん張りつめていた数年間と、その先の国家試験で、全部には受からなかった話です。
人生で初めての大学受験をくぐり抜けて、僕は学生になりました。
合格の知らせを受け取った日のことは、今でも覚えています。
会社を離れて、先が真っ暗で、「これから何をして生きていくんだろう」と途方に暮れていた僕にとって、あの知らせは、もう一度社会とつながるための、たしかな一歩でした。
でも、入ってすぐに分かりました。
入ったことは、ゴールではありませんでした。本当の正念場は、入ってからでした。
学んだのは、鍼、お灸、あん摩マッサージ指圧です。人の体に直接ふれて、その体を助ける仕事。
だから、教わることはひとつ残らず、人の体に関わる知識でした。「なんとなく分かったつもり」で通れる場所では、ありません。
その厳しさは、はっきりした形で目の前にありました。単位です。
単位をひとつでも落とすと、留年につながる。
たくさんの科目の、どれかひとつ。それを取りこぼしただけで、もう一年、同じところをやり直すことになります。
この学科には、セーブポイントがありませんでした。
つまり、ひとつつまずいたら、その一年をまるごと失うかもしれない、ということ。
考えてみてください。子どもの頃の僕は、小学校の成績が3段階で、ほとんどが1か2。その僕が、取りこぼしの許されない世界にいました。
しかも、目はほとんど見えていません。
いちばん近い感覚は、薄い氷の上を歩いている感じで、足を置くたびに、下から小さな音が返ってくるような毎日が、何年も続きました。
ひとつも落とせないということは、ひとつも聞き逃せない、ということです。一回一回の授業が、取り返しのつかない一回になりました。
講義は録音させてもらって、家で何度も聴き直しました。図やイラストは、人に頼んで言葉で説明してもらいました。使えるものは、ぜんぶ使いました。
しんどい夜も、もちろんありました。
30を過ぎて、なんで自分はこんなに必死に勉強しているんだろう。同じ年頃の人たちは、もっと違う生き方をしているんじゃないか。
そんな夜、僕は、ある時間を思い出しました。
会社を離れて、朝起きても行く場所がなかった頃です。
あのとき、いちばんつらかったのは、忙しさではありませんでした。何もすることがない、という時間でした。
空っぽの一日と、必死の一日。どちらがつらいかと聞かれたら、僕は迷わず、空っぽのほうだと答えます。
だから、机に戻れました。
机に戻る理由を、わざわざ自分の外から持ってくる必要はなくて、それは振り返ればすぐ後ろに、あの空っぽの朝の形で、ちゃんと置いてありました。
ただ、必死なだけでは、うまくいきませんでした。
見えにくさを抱えての勉強は、見えていた頃の何倍も時間がかかります。教科書を読むのも、ノートを取るのも、人より手間がいる。
体のつくり。ツボの位置。覚えることは、本当にたくさんありました。正直、何度も「間に合うだろうか」と思いました。
「留年したくない」という気持ちだけで走ると、空回りします。
必要だったのは、気合いより、段取りでした。
毎日を、設計して過ごす。
僕がいまも大事にしている「気合いより段取り」という合言葉は、思えば、あの薄い氷の上を毎日歩いていた大学の日々の中で、少しずつ鍛えられていったものなのかもしれません。
焦りは、そのままだとただの焦りです。行動の計画に変えて、はじめて力になりました。
ここで、どうしても書いておきたいことがあります。
子どもの頃の僕には、はっきりした逃げグセがありました。
中学のとき、好きな子がいたのに「どうせ相手にされない」と決めつけて、ひとことも言えないまま卒業しました。
難しそうな壁が見えたら、近づく前に「にげる」を選ぶ。
つまり、失敗するのがこわくて、挑戦する前に自分からあきらめていた、ということ。
でも、この大学では、逃げませんでした。
逃げる場所がなかった、というのも本当です。でも、それだけではありません。会社を離れたとき、何もない時間のつらさを、いやというほど知ったからです。
苦手な科目からも、難しい試験からも、逃げない。覚えられないなら、覚えられるまでくり返す。分からないなら、分かるまで人に聞く。
そして僕は、留年することなく卒業しました。
そのとき胸にきたのは派手なものではなく、「逃げなかった、最後まで踏ん張りきった」という静かな手ごたえで、卒業証書という紙よりも、僕にはその事実のほうが、ずっと大事でした。
でも、話はここで終わりません。卒業の先には、国家試験がありました。
鍼を扱う、鍼師。お灸を扱う、灸師。あん摩・マッサージ・指圧を扱う、あん摩マッサージ指圧師。
僕は、三つ全部の合格を目指しました。
結果を、正直に書きます。
受かったのは、あん摩マッサージ指圧師だけ。鍼師と灸師には、落ちました。
あれだけ必死にやって、留年もせずに卒業して、それでも届かなかったものがある。
国家試験は、容赦がありません。受かったか、落ちたか、それだけです。
落ちたと知ったとき、一瞬、ゲームオーバーの文字が見えた気がしました。
つまり、ここまで積み上げてきたものが、全部むだになった気がした、ということ。
人は、こういうとき、受かった一つより、落ちた二つのほうに目がいきます。
「あそこを、もっとこうしていれば」。「あの分野を、最後まで詰めきれなかった」。そんな気持ちが、頭の中をぐるぐる回りました。
せっかく卒業までたどり着いたのに、やりきった手ごたえよりも、届かなかった悔しさのほうが、しばらくのあいだ、心の中でずっと大きな顔をしていました。
たった一つの合格を、素直に喜べない。そんな自分が、また少し情けなかったです。
しばらくして、この出来事の意味が、少しずつ変わっていきました。
思い出したのは、仕事を失った頃の自分です。
図面が見えなくなって、「昨日できたことが、今日できない」と落ち込んで、自分にはもう価値がないんじゃないかと、本気で思っていた僕。
その僕が、30代で学び直して、必死に卒業して、国家資格を一つ、自分の手でつかんだ。
これは、ただ「資格に一つ受かった」という話ではありませんでした。
「まだ、自分は終わってない」。その証明を、一つ手に入れた感覚だったんです。
三つ全部に受かることが、本当の目的だったわけではありません。欲しかったのは、「終わったと思っていた自分に、まだ続きがある」という手ごたえでした。
そのためなら、たった一つの合格で十分で、落ちた二つは、その事実を少しも曇らせなかったんだと気づいたとき、肩に乗っていたものが、ふっと軽くなりました。
落ちた二つの意味も、変わりました。あれは失敗ではなく、「まだ伸びしろがある」というしるしだった。
全部に受かっていたら、僕はそこで「終わり」にしていたかもしれません。届かなかったものがあったから、「まだ先がある」と思えました。
僕がここまで来られたのは、僕の力だけではありません。授業を録音させてくれた人、図を言葉にしてくれた人、相談に乗ってくれた人。たくさんの人に支えられて、一歩ずつ進んできました。
見えなくなっていく世界の中で、支えられながら挑み続ける。その旅を、仲間と一緒に。
もし今、あなたが、挑戦の結果が全部はうまくいかなくて、落ち込んでいるなら。
まず、伝えたいことがあります。全部に受からなかったからといって、あなたの挑戦がむだだったわけでは、決してありません。最後までやりきった、その事実だけで、もう一つの証明です。
それから、思い出してみてください。あなたは、何のためにそれに挑んだのでしょうか。
「全部そろえること」が、本当のゴールでしたか。それとも、「自分にもできる」「まだ終わってない」という手ごたえのためでしたか。
もし後者なら、たとえ一つでも、あなたがつかんだものは、それを十分に証明してくれています。
それから、いま追い込まれている人にも、ひとつだけ。
追い込まれた毎日は、楽しくはありません。毎日が薄い氷の上で、一日も気が抜けない。もう一度やりたいかと聞かれたら、僕も正直、ためらいます。
でも、あの厳しさがなかったら、僕はあんなに必死になれませんでした。「今日くらい、いいか」と、昔の逃げグセがどこかで顔を出していたと思います。
失うものがあったから集中できて、逃げ場がなかったから逃げずにすんで、弱かったはずの僕を前へ押し出してくれたのは、ほかでもない、あの張りつめた時間でした。
だから今は、つかんだものを、素直に誇ってください。届かなかったものは、その先で、ゆっくり取りに行けばいいんです。
「視覚障害B2の生活」「IRONMAN サブ11挑戦」「1ミリの行動」「気合いより1ミリ」をテーマに、講演を続けています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
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緑内障がわかった日から、見えなくなっていく中で挑み続けるまでを、YouTubeで1話ずつ動画にしています。
RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、1ミリの行動を続ける人