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📅 2026.07.14(更新 2026.10.10) | RYU NAKAZAWA
📖 物語・哲学

かすみがうらマラソンを25kmでリタイアした日|視覚障害B2の僕が、失敗のあとにやった3つのこと

⏱ 約8分で読めます(3,876字)

25キロ地点で、僕は足を止めました。

ゴールは42.195キロ。そこまで、行けませんでした。

途中でやめてしまったこと、ありませんか。

そして、そのあとずっと、自分を責めていませんか。

「また最後までできなかった」と、誰にも言えないまま。

この記事は、そんなあなたに向けて書きました。

僕は中澤隆(なかざわ りゅう)です。視覚障害のB2というクラスで、パラトライアスロンをしています。盲導犬のシュクレと暮らしています。

今日は、僕の失敗の話です。2026年4月、かすみがうらマラソンを25キロでリタイアしました。

かっこいい話ではありません。でも、あの日のあとにやった3つのことが、今の僕を支えています。

📖 この記事の目次
  1. 25キロで、足が止まった
  2. 「止める」と、自分で決めた
  3. その夜、布団の中で考えたこと
  4. ①失敗を、気持ちぬきで記録する
  5. ②直すところを、1つだけにしぼる
  6. ③応援してくれた人に、正直に伝える
  7. ガイドへの「ごめん」が、「ありがとう」に変わった
  8. 途中で止まってしまった、あなたへ

25キロで、足が止まった

このマラソンは、9月のIRONMANに向けた足慣らしでした。

フルマラソンの距離を、一度体に通しておきたかったのです。

目標タイムを決めました。補給の計画も立てました。

僕は、ひとりでは走れません。ガイドと1本のロープを握り合って走ります。

「右に曲がるよ」「段差あるよ」「もうすぐ給水だよ」。ガイドの声が、僕の目のかわりです。

前半は、悪くありませんでした。リズムもよかった。

でも、20キロを過ぎたころから、僕のHPは目に見えて減っていきました。

つまり、体がだんだん重くなって、思うように動かなくなった、ということです。

脚が上がらない。息が乱れる。ガイドの声に返事をするのが、少しずつ遅れていく。

そして25キロ。僕は足を止めました。リタイアです。

……足慣らしで、足が止まりました。笑えません。

「また、途中で終わってしまった」という言葉が頭の中をぐるぐる回って、応援してくれた人の顔が浮かんで、隣のガイドに何と言えばいいのか、僕には分かりませんでした。


「止める」と、自分で決めた

ひとつ、正直に書きます。

僕は、力がつきて倒れたわけではありません。最後は、自分で決めて止めました。

気合いで進むことも、できたかもしれません。

でも、フォームがくずれたまま無理に脚を動かせば、その先にあるのは怪我です。

怪我をしたら、9月のIRONMANに出られなくなります。

この日のマラソンは、足慣らし。ラスボスは、9月でした。

つまり、いちばん大事な本番は、この日ではなかった、ということです。

ここで体をこわして何か月も練習できなくなることが、いちばんやってはいけないことでした。

だから、止めました。今日のゴールより、9月の本番を選びました。

僕は、「ここで止めて、次にかける」という判断も、挑戦の一部だと思っています。

とはいえ、です。頭で「正しい」と分かっていても、心はついてきません。

止めると決めた瞬間も、止めたあとも、くやしさはずっと胸に残っていて、僕はそれを消そうとはせず、くやしいまま置いておくことにしました。


その夜、布団の中で考えたこと

リタイアした夜、布団の中で、自分に聞きました。

「この失敗を、ただの失敗で終わらせるのか。それとも、次の材料にするのか」

自分を責めるのは、かんたんです。

「自分はダメだ」「練習が足りなかった」「向いていないのかも」。いくらでも言えます。

でも、どれだけ責めても、体は1ミリも前に進みません。明日の僕が強くなるわけでもありません。

僕には、大事にしている言葉があります。「ピンチはチャンス」。

見えなくなったこと。思い通りにならないこと。失敗したこと。それ自体は、もう変えられません。

でも、それをどう扱うかは、自分で選べます。

リタイアは、ゲームオーバーではありません。

つまり、一度止まっても、そこで全部が終わるわけではない、ということです。

同じひとつのリタイアでも、扱い方しだいでまったく違うものになるのだと気づいたあの夜、僕はこの失敗を、気持ちで終わらせずに「次に使えるやり方」に変えようと決めました。

そこから生まれたのが、これから書く3つです。


①失敗を、気持ちぬきで記録する

まずやったのは、記録です。

「ダメだった」「きつかった」とは書きません。事実だけを書きます。

なぜ気持ちをぬくのか。「ダメだった」は、記録にならないからです。

あとで読み返しても、気持ちが沈むだけ。何も学べません。

でも「25キロ地点で、補給が少し遅れていた」と書けば、次に使える手がかりになります。「次は、補給を少し早めよう」と、行動が決まります。

これは、失敗をセーブしておく作業です。

つまり、あとで何度でも見返せる形で、その日のことを残しておく、ということです。

僕は、走った景色や時計の数字を、あとから目で思い出すことができません。

だからこそ、その日のうちに、体で感じたことを言葉にして残します。声のメモでもいい。誰かに書いてもらってもいい。

「ダメだった」はただの感想ですが、「25キロで補給が遅れた」は次の自分への手紙になるのだと、僕は失敗を記録するたびに思います。


②直すところを、1つだけにしぼる

失敗の原因は、探せばいくらでも出てきます。

睡眠。補給。ペース。練習量。合図。気温。気持ち。

全部いっぺんに直そうとすると、どうなるか。どれも直りません。気持ちだけが重くなって、動けなくなります。

だから僕は、直すところを1つだけにしぼります。

あの日の記録を見返すと、直したいところは、たしかにいくつもありました。

でも、「次のレースまでに、いちばん効きそうな1つ」だけを選びました。

欲ばらない。1つだけを、とことん変える。それができたら、次の1つへ。

これは、僕の目とも関係があります。

見えにくい僕は、走りながら気にできることが、多くありません。あれもこれも考えながらは、走れないのです。

だから本番でも、「今日はこの1つだけ意識する」と決めて走ります。

競技だけの話ではありません。

仕事でも勉強でも、うまくいかなかったとき、人は原因を10個も20個も並べたくなるものですが、明日から本当に変えられるのは、せいぜい1つです。


③応援してくれた人に、正直に伝える

3つ目が、いちばん勇気のいることでした。

リタイアというかっこ悪い結果を、応援してくれた人に、正直に報告することです。

正直に言うと、隠したかった。

「途中でやめました」なんて、自分から言いたくありません。黙っていれば、誰も気づかないかもしれません。

ここで僕は、「にげる」を選びそうになりました。

つまり、悪い結果だけは言わずに、黙っておこうとした、ということです。

でも、隠すと、応援してくれた人とのあいだに、少しずつ距離ができます。

いい結果のときだけ報告して、悪いときは黙る。それを続けたら、相手は「本当のところは見せてもらえないんだな」と感じるはずです。

だから、まっすぐ伝えました。

「25キロでリタイアしました。原因はここです。次はこの1つを直して、また挑みます」

言い訳はつけません。大げさに落ちこんでも見せません。事実と、次の一歩だけ。

すると、「正直に話してくれてありがとう」「次も応援するよ」と言ってもらえて、応援してくれる人が、前よりも近くなりました。

見えにくい僕は、そもそもひとりでは走れないのですから、うまくいかなかったときほど、支えてくれる人には隠さずに伝えたいと思っています。


ガイドへの「ごめん」が、「ありがとう」に変わった

あの日、いちばん申し訳なかったのは、隣で走ってくれたガイドです。

僕がリタイアすれば、ガイドのレースも、そこで終わります。

2人で握ったロープを、僕の都合で離すことになる。最初に来たのは「ごめん」でした。

でも、あの日のことをいっしょに振り返るうちに、その「ごめん」は、少しずつ「ありがとう」に変わっていきました。

どこで僕の返事が遅れたか。どの給水で、合図がもう一歩だったか。

それをいちばん近くで見ていたのは、ガイドです。僕だけでは気づけなかったことを、ガイドが教えてくれました。

あの25キロは、今の僕の中で、もうただの失敗ではありません。

残した記録は、補給の計画と合図の確認に生きました。

そして2026年9月13日。僕はIRONMAN JAPANを完走しました。14時間43分54秒、PCクラス(障害のある選手のクラス)2位です。

4月に25キロで止まった人間が、9月に226キロを進みきりました。……自分でも、少しおどろいています。

あのとき無理をせずに止めたことも、記録を残したことも、正直に伝えたことも、全部が9月のあのゴールの土台になっていたのだと、今は思います。


途中で止まってしまった、あなたへ

ここまで読んでくれて、ありがとうございます。

もしあなたが、途中で足を止めてしまって、今も自分を責めているなら。

責めるのを、いったんやめてみてください。責めても、前には進めません。

かわりに、3つだけ、試してみてほしいのです。

  1. 失敗を、気持ちぬきで記録する。どこで、何が、どうだったか
  2. 直すところを、1つだけにしぼる。いちばん効きそうな1つだけ
  3. 応援してくれた人に、正直に伝える。隠さない

僕は、25キロで足を止めた日から、ここまで来ました。

それは、僕の力だけではありません。ガイドと、応援してくれる人たちに支えられて来ました。

あなたが途中で止まったことは、終わりではありません。

失敗そのものよりも、失敗のあとにどう動くかのほうがずっと大事で、止まった場所は、次に進むための材料がいちばんたくさん落ちている場所なのだと、僕は思っています。

また、1歩から。いっしょに始めましょう。


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RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、1ミリの行動を続ける人