新しい世界に入ろうとすると、まず言葉が分からない。
そんな経験、ありませんか。
PTWC。PTS。PTVI。B1、B2、B3。
……アルファベットと数字が並んでいるだけで、そっと画面を閉じたくなります。
もしあなたが、パラトライアスロンに挑戦してみたい、と思っているなら。
もしあなたが、自分や家族がどのクラスになるのか知りたい、と思っているなら。
この記事は、あなたに向けて書いています。
僕は中澤隆(なかざわ りゅう)です。視覚障害のB2というクラスで、パラトライアスロンをしています。盲導犬のシュクレと暮らしています。
27歳で緑内障と診断され、31歳で視覚障害者になりました。トライアスロンを始めたのも、31歳です。
IRONMANという226キロのレースを、2024年、2025年、2026年と、3年続けて完走しました。
今日は、B2クラスとは何か、そのクラスでレースに出るとはどういうことかを、僕の経験から書きます。
パラトライアスロンには、クラス分けがあります。
障害の種類と程度で分けて、公平に競えるようにするためです。
大きく分けると、次の3つです。
僕がいるのは、3つめのPTVIです。
そしてPTVIの中が、見え方によって、さらにB1・B2・B3の3つに分かれています。
名前だけ聞くとむずかしそうですが、ようするに「体の条件が近い人どうしで競えるようにする」ための仕組みで、これがあるから、僕のような見えにくい人間もスタートラインに立てます。
視覚障害の3つのクラスは、おおよそ次のように分かれます。
数字は、目安として読んでください。正確な基準は、競技団体に確認するのが確実です。
僕は、B2です。
B2を「ビーツー」と読みます。
よく聞かれます。
「B2なら、少しは見えるんでしょ?」
はい。少しは見えます。
でも、その「少し」がどれくらいなのかは、言葉で説明してもなかなか伝わらなくて、僕はいつも、次の章のようなたとえを使って話しています。
僕の視野は、5度までです。
たとえるなら、トンネルの先に、小さな穴があいている。そんな見え方です。
晴れた日は、ものの輪郭が少し見えます。
でも、くもりや雨の日は、目のHPがほぼ0になります。
つまり、足元の段差すら分からなくなる、ということです。
同じ「B2」でも、天気と明るさで、見え方は大きく変わります。
だから、「少しは見える」と「レース中に見えている」は、別の話です。
波のある海を泳ぎ、時速30キロをこえる自転車に乗り、何時間も走り続けるレースの中では、僕は自分の目に頼って進むことができません。
では、どうやって進むのか。
ガイドと一緒に進みます。
スイム。
ガイドと、ロープでつながって泳ぎます。IRONMANでは、ロープを太ももにつけます。手は、泳ぐのに使うからです。
海では、波やうねりで方向が分からなくなります。まっすぐ泳いでいるつもりで、大きく曲がっている。よくあります。
バイク。
タンデムという、2人乗りの自転車を使います。前にガイド。僕は後ろです。
後ろの僕は、前が見えないまま、時速30キロ以上で走ります。
……文字にすると、なかなかこわい乗り物です。
路面のでこぼこも、カーブの先も、僕には見えません。下り坂では、ガイドの声だけが頼りです。
「右カーブ!」
「段差!」
ラン。
輪になったロープを、ガイドと手でにぎって走ります。横にならんで、同じリズムで。
スイムもバイクもランも、ガイドの声とロープの張り具合が僕の目のかわりで、相手を丸ごと信じることができなければ、この競技は1メートルも進みません。
パラトライアスロンの大会に出るには、クラス分けを受ける必要があります。
おおまかな流れは、こうです。
手続きの細かいところは、変わることがあります。出る前に、競技団体に問い合わせてください。
僕が初めてクラス分けを受けたのは、2012年です。
当時は、TRI-6という名前のクラスでした。今は、B2として競技しています。
クラスの名前は変わっても、ガイドとつながって、自分の体で前に進むという競技の中身は、あの頃から何も変わっていません。
これも、よく聞かれます。
「練習も、いつもガイドと一緒なんですか?」
違います。
練習は、基本ひとりでやっています。ガイドとつながるのは、レースの日です。
場所は、プール、ローラー台、公園。
プールでは、壁をさわって方向を確かめながら泳ぎます。
走るときは、慣れた公園をえらびます。
毎日のひとりの練習は、地味なレベル上げです。
つまり、すぐには結果が見えないけれど、少しずつ力がたまっていく時間、ということです。
ひとりで積み上げた力を持って本番の日にガイドと合流し、そこから先は2人でひとつのチームになって226キロを進むというのが、僕のトライアスロンの形です。
数字も、正直に書いておきます。
IRONMANは、スイム3.8キロ、バイク180キロ、ラン42.195キロ。合わせて226キロです。
2024年(初挑戦・ガイドは河原さん)
2025年(ガイドは河原さん)
2026年(ガイドは平川さん)
PCクラスというのは、障害のある選手のクラスです。
2025年は、ランの後半で大きく遅れました。前の年より、2時間近くかかっています。
2026年は、そこから約25分、短くなりました。
順位が上がってもタイムは落ちる年があり、タイムが戻っても思いどおりにいかない場面がいくつもあって、3回走っても、同じレースは一度もありませんでした。
パラトライアスロンのB2クラスは、見えにくい中での挑戦です。
でも、最初はみんなレベル1です。
つまり、最初から泳げる人、走れる人でなくても、始められる、ということです。
僕自身、トライアスロンを始めた頃は、25メートルも泳げませんでした。
そこから泳ぎ方を習って、少しずつ距離をのばしました。
もしあなたが、見えにくさがあって、それでもトライアスロンが気になっているなら。
まずは、パラトライアスロンの競技団体や、近くのトライアスロンクラブに、問い合わせてみてください。
見えにくくなっていく中でも、ガイドや仲間に支えられながら挑み続けることはできるし、その入口は、思っているよりもずっと近いところにあります。
一緒に、スタートラインに立ちましょう。
2026年9月13日、IRONMAN JAPANを完走しました(14時間43分54秒・PCクラス2位)。この挑戦は、支えてくれる人たちと一緒に作る物語です。次の挑戦も、日々の練習やレースの様子を発信していくので、そばで見届けてもらえたら嬉しいです。
中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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25メートルも泳げなかった僕が、ガイドとロープでつながって226kmに挑むまでを、YouTubeで1話ずつ動画にしています。
▶ IRONMANシリーズを第1話から見る(YouTube)