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📅 2026.05.04(更新 2026.10.10) | RYU NAKAZAWA
💪 挑戦

河原さんと進んだ226キロ|2024年IRONMAN完走記、13時間14分17秒は二人で作ったタイム

⏱ 約8分で読めます(4,777字)
ガイドと並走するパラトライアスリート中澤隆

もしあなたが、大きな挑戦を前に「全部自分でやらなきゃ」と思っているなら。

もしあなたが、本当に信頼できるパートナーって、どんな人だろうと考えたことがあるなら。

もしあなたが、目の見えにくい選手が226キロをどうやって進むのか、ふしぎに思ったことがあるなら。この記事は、あなたのためのものです。

僕は中澤隆(なかざわ りゅう)です。視覚障害のB2というクラスで、パラトライアスロンをしています。盲導犬のシュクレと暮らしています。

2024年9月15日、IRONMAN JAPANを完走しました。スイム3.8キロ、バイク180キロ、ラン42.195キロ。合計226キロです。

タイムは13時間14分17秒。PCクラスで3位でした。

そのあいだ、ずっと隣にいたのが、ガイドの河原さんです。これは、その226キロと、河原さんという人の話です。

📖 この記事の目次
  1. ガイドは、引っ張る人じゃない
  2. 約束は8時。河原さんは7時15分にいた
  3. トライスーツのない海
  4. 3時半の朝と、破れた袋
  5. ロープ1本の3.8キロ
  6. 前を信じて、180キロ漕ぐ
  7. 痛みを抱えたまま、42.195キロ
  8. 信頼は、時間でできている

ガイドは、引っ張る人じゃない

視覚障害のある選手には、ガイドがつきます。

そう聞くと、「見えない人を引っ張ってあげる人」を思いうかべる人が多いです。講演でこの話をすると、「えっ、違うんですか」とよく驚かれます。

違うんです。

ガイドは、僕と同じ方向を向いて、同じゴールを目指すパートナーです。

スイムでは、ロープ1本でつながって泳ぐ。バイクでは、二人乗りのタンデム自転車に、前と後ろで乗る。ランでは、1本のロープを握って、横に並んで走る。

3種目ぜんぶを、一緒にやりきる人です。

レースの最中、僕には路面のひび割れも、前を走る選手も、給水所も見えません。その全部を、河原さんが声にして届けてくれます。

「この先、右にカーブ」「あと少しで給水」「いいペースだよ」。

河原さんが見ている景色が声になって僕の中に入り、もう一度景色になるので、僕はガイドのことを「目になってくれる人」と呼んでいます。

だから、助ける側と、助けられる側じゃない。対等なチームです。


約束は8時。河原さんは7時15分にいた

出発の朝。レースの2日前です。

約束は、朝8時。場所は、僕の家の前。

玄関の外で、人の気配がしました。時計を確かめると、まだ7時15分。

河原さんが、もう家の前にいました。45分前です。

「えっ、もう来てるんですか!」と声をかけたら、河原さんは涼しい顔で「余裕を持って準備しておきたかったので」。

……ちょっと、早すぎませんか。

レースはまだ始まってもいないのに、この時点で、僕のHPは満タンになりました。

つまり、走る前から「この人となら大丈夫」と安心できた、ということ。

空港に着いても、予定どおりにはいきませんでした。駐車場が、満車。入口で、1時間待ちました。

「飛行機、間に合わないかも」。僕は焦っていました。

河原さんは、落ち着いていました。「大丈夫、何とかなります」。

実際、何とかなりました。焦らない人が隣にいると、こっちの焦りまで小さくなります。

時間を守る人は、信頼される。時間より早く来てくれる人は、もっと信頼される。それは、相手を大事にしている何よりの証拠だからです。

約束より45分早く家の前に立っていてくれたあの姿が、226キロを一緒に進む人とはこういう人なんだと、僕の中にひとつの基準を刻んでくれました。


トライスーツのない海

レース前日。試泳の日です。

試泳は、明日泳ぐ海に、前日のうちに一度入っておくこと。水の冷たさ、波のリズム、ガイドと結んだロープの張り具合を、体で確かめます。

僕は前が見えないので、コースを目で覚えられません。だから、体で下見をします。

ところが。海に入る準備を始めたとき、荷物の中に、あるはずのものがありませんでした。

トライスーツです。宿に、忘れてきました。

……大事な前日に、それ?

トライスーツは、スイムからランまで着たままで進む、薄い競技用のウェア。ウエットスーツは、本来その上から重ねるものです。

試泳の時間は決まっています。取りに戻ったら、海に入る時間そのものがなくなります。

河原さんに「トライスーツ、忘れちゃいました」と伝えました。結局、ウエットスーツの下に何も着けないまま、海に入りました。

僕は防具をひとつ、宿に置いてきたわけです。

つまり、いつも体を守ってくれていた一枚が、そこになかった、ということ。

生地一枚がないだけで、水の冷たさが、いつもよりずっと近くに来ました。

あって当たり前のものは、なくなって初めてその大きさが分かるのだと、僕は冷たい海の中で、生地一枚のありがたみを噛みしめていました。

でも、ないものを嘆いても、海は冷たいままです。

考えるのは、ひとつだけ。今あるもので、どう前に進むか。ウエットスーツはある。明日のコースを体に覚えさせることも、ちゃんとできる。

これは、目が見えにくくなってからの、僕の生き方そのものです。見えないなら、見えなくてもできる形にする。自分の力だけで無理なら、誰かと一緒にできる形にする。

僕はこれを「ノーパン試泳」と呼んでいます。河原さんは笑っていました。僕も笑いました。失敗を一緒に笑える。これも、信頼の形です。


3時半の朝と、破れた袋

レース当日。朝3時30分に起きました。外は、まだ真っ暗です。

朝ごはんは、赤飯。お祝いの食べ物です。「今日は、自分の挑戦を祝う日なんだ」と、体より先に心を整えます。

4時20分、ホテルを出ました。バスでスタート地点のそばへ向かいます。

バスの中は静かでした。目を閉じる人。音楽を聴く人。みんな、それぞれのやり方で集中していました。

そして、荷物を袋に詰めていたとき。ビリッ。

袋が、破けました。ウエットスーツ、タオル、補給食、着替え。無理に押し込んだら、裂けてしまったんです。

……前日はトライスーツ。当日は袋。

その場で、河原さんと一緒に、テープを巻いて補強しました。

こんなことで、ゲームオーバーにはなりません。

つまり、小さなトラブルがあっても、それで全部が終わるわけではない、ということ。

「念のため」のテープがあったから、なんとかなりました。

完璧な準備なんて僕には一度もできたことがないけれど、忘れ物をしても袋が破けても、念のための備えと隣にいる人があれば、ちゃんとスタートラインに立てるのです。


ロープ1本の3.8キロ

朝6時30分。スイムのスタートです。

僕と河原さんは、太ももにつけたロープでつながっています。

「行きましょう!」。河原さんの声。僕たちは海に入りました。

水は、思ったより冷たくありませんでした。左手、右手、呼吸。だんだんリズムが整っていきます。

河原さんの泳ぎが、ロープを通して伝わってきます。

「ペース大丈夫ですか?」「大丈夫です!」

周りでは、ほかの選手の水しぶきの音。抜いていく人がいて、抜かれる人がいる。

「焦らない。自分のペースで」。心の中で、くり返しました。

前が見えない水の中でも、ロープの向こうに河原さんがいると分かっているだけで、僕は迷わずに、手を前へ前へと伸ばし続けることができました。

1時間20分26秒。海から上がりました。

トランジションエリアでは、河原さんにウエットスーツを脱ぐのを手伝ってもらいました。トイレがなく、ウェアを着たまま済ませたのも、ここです。少しでもタイムを削るための、本番の現実です。


前を信じて、180キロ漕ぐ

バイクは、タンデム自転車です。前に河原さん、後ろに僕。

ハンドルを握って、進む方向を決めるのは河原さん。僕の仕事は、後ろで全力でペダルを回すことです。

ゲームでいえば、コントローラーを持っているのは河原さんです。

つまり、どこへ進むかを決めるのは僕ではない、ということ。

下り坂のスピードも、カーブの角度も、僕には見えません。それでも怖くなかったのは、前に河原さんがいたからです。

この日は、風が弱めでした。「今日は風、弱いですね」「はい、助かります」。

ただ、周りにほかの選手が見えません。目安になる相手がいないと、ペースがかえって乱れます。

「焦らずに、自分のペースで」。河原さんの声で、我に返ります。

後半。後ろから、誰かが追いついてきました。

「秋葉さんじゃないですか?」

秋葉さんは、同じ視覚障害の選手です。僕と同じく、サブ11を目指している人。ライバルであり、同じ道を行く仲間です。

秋葉さんのタンデムが、僕たちを抜いていきました。……速い。

でも、ここで無理をしたらランで崩れると分かっていたから、追いかけたい気持ちをこらえて、僕は河原さんの選ぶラインを信じたまま、ペダルを回し続けました。

5時間47分24秒。180キロを走りきりました。


痛みを抱えたまま、42.195キロ

ランは、1本のロープの輪を、僕が右手、河原さんが左手で握って、横に並んで走ります。

走り始めて数キロ。右の股関節が、痛みだしました。

「河原さん、股関節が痛いです」「大丈夫ですか?」「……なんとか走れます」

痛みを我慢しながら、走り続けました。

30キロを過ぎると、体は限界に近づきました。足が重い。呼吸が荒い。

HPは、もう残りわずかです。

つまり、体も心も、いつ止まってもおかしくなかった、ということ。

「中澤さん、あと10キロですよ」「……はい」

「あと5キロですよ」「……はい」

河原さんの声が道しるべになり、握ったロープが支えになって、僕は「止まりたい」という自分の中の声よりも、すぐ隣の声のほうを信じて、足を前に出し続けました。

股関節の痛みを我慢したまま、42.195キロを走りきりました。5時間50分20秒です。

ゴールが見えました。

「河原さん、ゴール見えます!」「はい!行きましょう!」

最後の力をふりしぼりました。「やった!」。河原さんと、ハイタッチ。

13時間14分17秒。PCクラス3位。完走メダルの重さが、首に伝わってきました。

「河原さん、ありがとうございました」「いえいえ、こちらこそ。お疲れさまでした」。河原さんも、笑顔でした。

13時間14分17秒は、僕だけのタイムではありません。河原さんと二人で作った、僕たちのタイムです。


信頼は、時間でできている

自分の目を、誰かに預ける。考えてみると、すごいことです。

タンデムの下り坂も、ロープ1本の海も、頼りは河原さんの声と判断です。もし声が一瞬でも途切れたら、大きな事故につながりかねません。

声を預けるとは、命を預けるということ。

少しでも疑っていたら、足はすくむし、ペダルは回せません。僕が226キロを全力で進めたのは、河原さんを1ミリも疑っていなかったからです。

この信頼は、1日ではできません。

出発の朝の45分、満車の駐車場で待った1時間、トライスーツのない海、破れた袋に巻いたテープ。移動や前日、本番の前後を一緒に過ごした時間が少しずつ積み上がって、226キロを任せ合える二人になっていきました。

昔の僕は、誰かに助けてもらうことが、情けなくて仕方ありませんでした。でも今は違います。助けてもらうことは、弱さじゃない。同じゴールを目指す、対等なチームの形です。

もうひとつ、大事にしていることがあります。

河原さんが僕の隣に立ってくれるとき、その河原さんを送り出してくれている人たちが、必ずいます。家族や、職場や、周りの人たち。

だから僕の感謝は、河原さんだけでなく、その後ろの輪ごと向けたいと思っています。

次の年も、河原さんは僕のガイドをしてくれました。目標のサブ11は、まだ先にあります。

大きな目標ほど、自分の力だけではたどり着けません。あなたの隣にも、きっと「河原さん」がいます。目になってくれる人。同じ方向を向いてくれる人。

その人をちゃんと見て、感謝を言葉にして、その人の後ろにいる人たちのことまで想像してみてください。

準備が完璧じゃなくても、大丈夫です。トライスーツを忘れても、袋が破けても、隣に信じられる人がいれば、人は前に進めます。

見えなくなっていく世界の中で、支えられながら挑み続ける。その旅を、仲間と一緒に。


🔥 挑戦の続きを、見届けてください

2026年9月13日、IRONMAN JAPANを完走しました(14時間43分54秒・PCクラス2位)。この挑戦は、支えてくれる人たちと一緒に作る物語です。次の挑戦も、日々の練習やレースの様子を発信していくので、そばで見届けてもらえたら嬉しいです。

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最後まで読んでくれて、ありがとうございます

中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。

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動画でも見られます:IRONMANシリーズ

25メートルも泳げなかった僕が、ガイドとロープでつながって226kmに挑むまでを、YouTubeで1話ずつ動画にしています。

▶ IRONMANシリーズを第1話から見る(YouTube)

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