もしあなたが、その場で気の利いたことを言えない自分を、弱点だと思っているなら。
もしあなたが、人前に立つたびに緊張して、「いつになったら慣れるんだろう」と思っているなら。
もしあなたが、大事な本番の前の夜、不安で眠りが浅くなっているなら。
この記事は、あなたのためのものです。
僕は中澤隆(なかざわ りゅう)です。視覚障害B2クラスのパラトライアスリートで、盲導犬のシュクレと暮らしています。
2017年から講演を続けていて、ここ3〜4年は年50回前後、人前で話しています。それでも、即興は今も苦手で、緊張も今もします。今日は、そんな僕が本番に立てている理由を、準備から前日の夜まで、全部書きます。
懇親の席で、ふいに「中澤さん、何か一言お願いします」と振られる。
その瞬間、僕の頭はすうっと真っ白になります。何か面白いことを、と焦るほど、言葉が出てこない。
お題を出されて、その場で話を組み立てる。テーマトークや、グループワーク。ああいうものが、昔からずっと苦手です。
だから、よく誤解されます。年に50回も話しているんだから、さぞ話し上手なんだろう、と。
違うんです。口が達者なわけでも、頭の回転が速いわけでもない。むしろ逆です。
これは目のせいではありません。学生時代から、急に意見を求められるのが怖くて、できれば逃げたいタイプでした。もともとの僕の性格です。
9年やっても、まったく克服できていないし、その場でぱっと言葉が出てくる人を見ると、今でも心から「すごいなあ」と思ってしまうのが、正直な僕です。
「当日、アドリブでなんとかしよう」。その発想が、僕にはありません。当日になんとかできる人間じゃないと、自分でよく分かっているからです。
だったら、当日までになんとかしておくしかない。
即興が苦手なのは、僕にとってはっきりした事実です。「もっと機転をきかせよう」と直そうとしても、たぶん一生うまくならない。
その場で考えるのは苦手。でも、前もって準備した語りなら、僕は強い。だったら、得意なほうに全部寄せればいい。
苦手は、直すより工夫で越える。これは、目が見えなくなってから、体に叩き込んできた考え方で、見えないことも、即興が苦手なことも、僕の中では同じ「工夫で越えるもの」の仲間なのです。
僕は講演の台本を、最初から最後まで全部、文章にします。「だいたいこんな話」というメモではありません。口から出す言葉を、そのまま書きます。
骨組みは毎回同じです。冒頭で「表情が見えないので、声や拍手で反応してください」とお願いして、最後に「Yes I Can」という動画を流す。その間を、相手が小学生か、企業の方か、自治体の方かで、言葉やエピソードの厚みを変えていきます。
ただし、書いた言葉を一字一句丸暗記するわけではありません。それをやると、一語つまずいたとき、かえって頭が真っ白になる。
体に入れるのは、話の順番と、気持ちの流れです。ここで笑ってもらって、少し落として、また持ち上げる。
ここには、僕なりの事情もあります。目が見えにくいので、紙の台本を見ながら話すことができません。手元のメモという「お守り」が、僕にはないのです。
だから、声に出して、何度も何度も話します。子どもの頃、なかなか覚えられなかった九九を、母が隣で何度も繰り返させてくれて、やっと体に入れたように、覚えの悪いぶん、人より回数を重ねるしか、僕はやり方を知りません。
流れが体に入っていると、それはセーブポイントになります。
つまり、本番でつまずいても、慌てずにいつもの流れへ戻ってこられる場所がある、ということ。
長い台本を全部完璧に、は大変です。だから、優先順位をつけています。いちばん外せないのが「出だし」です。
控え室で出番を待つあいだ、僕は最初の一言を、心の中で何度もつぶやきます。
最初の一言がするっと出れば、次の言葉が出てくる。坂道を転がるように、あとは流れが運んでくれます。
号砲が鳴る前と、出番を待つ控え室の感じは、僕の中ではほとんど同じで、スイムの最初のひと掻きさえ始めてしまえば体が泳ぎ方を覚えているように、出だしのひと言さえ出れば、体が話し方を覚えています。
もうひとつ固めておくのが、質問への備えです。
質問は、相手が決めます。まさに、即興そのもの。昔の僕には、いちばん怖い時間でした。
でも続けるうちに、質問には「型」があると分かりました。
型が見えれば、答えを頭の引き出しに入れておける。本番では、引き出しから出すだけです。
それに、質問は「お題」ではなく「僕自身のこと」です。見えなくなる怖さも、トライアスロンに救われたことも、全部自分の体で味わってきたこと。だから今は、質問の時間がけっこう好きです。
本番当日は、もう手を入れる余裕がありません。だから、前日にできることを全部やります。
講演の移動は、ガイドと一緒です。初めての駅、初めての道、初めての会場に、自分だけでたどり着くのは大変だからです。どの電車に乗り、どこで乗り換え、最寄りからどう歩くか。事前に頭の中に地図を作っておきます。
会場が遠いときは、迷わず前泊します。
前泊は、本番前の回復の時間です。
つまり、慣れない場所への移動で使った体力を、本番に持ち込まないための一晩、ということ。電車が遅れる心配も消えるし、会場の近くにいるだけで心が落ち着きます。
宿では、部屋の様子を手で確かめてから、台本をもう一度声に出します。
持ち物は、目ではなく手で確かめて、決まった場所に並べます。
講演中、シュクレはたいてい僕の足元で静かに寝ています。あの安心した姿があるだけで、僕も落ち着いて話せる。相棒の調子を整えるのも、前日の大事な仕事です。
当日の朝は、新しい判断をしません。服は上から着るだけ、持ち物は触って確かめるだけ、電車の時間はもう決まっている。
だから朝の僕は、本番に向けて気持ちを整えることだけに集中できて、それが前の晩の僕から届く、いちばんのプレゼントなのです。
これだけ準備しても、緊張はなくなりません。会場に向かう日は胸がそわそわするし、出番を待つあいだは心臓が少し速くなります。
昔の僕は、緊張をラスボスだと思っていました。
つまり、回数を重ねて、いつか倒さなければいけない相手だと思っていた、ということ。
でも、何十回、何百回と登壇しても、緊張は消えませんでした。「次こそなくさなきゃ」と思うほど、体は固くなった。
だから、目標を変えました。「緊張しない」ではなく、「緊張したまま、最後まで話せる」に。
すると、毎回が失敗だったのが、毎回が合格になりました。同じ緊張なのに、目標をひとつ変えただけで、意味がまるごと変わったのです。
そもそも、どうでもいい場面では、人は緊張しません。緊張するのは、「ちゃんと届けたい」と思っているからです。
緊張してきたら、まず「あ、今、緊張してるな」と認めます。次に、「台本は体に入っている」と準備してきた事実を思い出す。そして、最初の一言だけに集中する。トライアスロンのスタート前にも、まったく同じことをしています。
9年やっても緊張するのは、僕が今でも一回一回の講演を本気で大切にしているからで、緊張がなくなる日が来るとしたら、それはたぶん、僕がこの仕事を大切に思わなくなった日なのだと思います。
控え室で、心臓はばくばくしています。会場に何人いるのか、どんな人たちなのか、ドアを開けるまで見えません。
そんなとき、自分に言い聞かせる言葉があります。
「大丈夫。今日も、準備してきた」
おまじないみたいなものです。でも、ただのおまじないとは違う。「準備してきた」は、嘘じゃなくて本当のことだからです。
「のび太君」と言われて育って、何をやってもパッとしなかった僕には、自分を信じる力なんてありませんでした。
でも、自信はなくても、準備はできる。準備は、完璧に話すためではなく、安心して立つためのもの。だから、言葉が少し詰まってもいいし、アドリブが効かなくてもいい。
講演では、自分の弱さも隠しません。好きな子に告白できなかった中学時代。目が見えなくなっていく怖さ。夜が怖くて眠れなかった日々。
ただし、弱さは「過去」と「そこから動いた行動」として語ると決めていて、今まさに挑んでいることへの弱音は、信じて支えてくれている人たちを不安にさせるので、口にしないようにしています。
即興が苦手なのは、弱点ではありません。準備をていねいにする理由です。
緊張するのも、未熟だからではありません。その場を本気で大切にしている証拠です。
緊張は、なくさなくていい。緊張したまま立てる準備を、前の日までに、ひとつずつ積んでおけばいい。
見えなくなっていく世界の中で、支えられながら挑み続ける。その旅を、仲間と一緒に。
僕はこれからも、緊張を連れて登壇しますし、もしあなたの本番の前の夜が不安でいっぱいなら、焦らずひとつずつ準備をして、当日の朝、自分に「大丈夫。今日も、準備してきた」と言ってあげてください。
「視覚障害B2の生活」「IRONMAN サブ11挑戦」「1ミリの行動」「気合いより1ミリ」をテーマに、講演を続けています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
📧 つなひろワールドへお問い合わせ中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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緑内障の診断からIRONMAN完走までを、16分の動画にまとめました。
RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、1ミリの行動を続ける人