「何か、お手伝いしましょうか?」。街でこのひとことを言おうとして、言えないまま通りすぎたことは、ありませんか。
もしあなたが、こまっていそうな人を見かけて、「声をかけたいけど、どうすれば」と迷ったことがあるなら。
もしあなたが、よかれと思って手を出して、相手をおどろかせてしまったことがあるなら。
もしあなたが、「おせっかいかな」と考えて、そのまま通りすぎたことがあるなら。
この記事は、あなたに向けて書きます。
僕は中澤隆(なかざわ りゅう)です。視覚障害のB2というクラスで、パラトライアスロンをしています。
ふだんは盲導犬のシュクレといっしょに、電車に乗って、街を歩いて、暮らしています。
今日は、声をかけてもらう側の僕から、「視覚障害のある人を見かけたときの、声のかけ方」を書きます。むずかしいマナーの話ではありません。覚えることは、少しだけです。
先に答えを書きます。かける言葉は、これです。
「何か、お手伝いしましょうか?」
これだけで、十分です。
最初のひとことは、多くの人にとってラスボスかもしれません。
つまり、いちばん勇気がいるのは、手伝うことそのものより、声を出す最初の一歩だ、ということです。
でも、完ぺきな手伝い方を知っている必要はありません。手伝い方は、声をかけたあとで、本人に聞けば大丈夫です。「どうしたら、いちばんいいですか?」と。僕たちは、自分が助けてほしい形を知っています。
僕は、世界のほとんどを「音」で感じています。
だから、近くで誰かが声をかけてくれると、その人がそこにいることがはっきり分かって、「ああ、気にかけてくれている人がいるんだ」と思えるだけで、かたくなっていた肩の力が、ふっとぬけます。
やさしさが、いちばんすれちがいやすいのが、ここです。
助けようとして、いきなり腕をつかむ。白杖(はくじょう)を引っぱる。
気持ちは、とてもありがたいです。でも、見えていない側からすると、急にどこかをつかまれるのは、とてもおどろきます。
白杖は、僕たちにとって目のかわりです。地面の様子を読み取る、大切な道具です。それを急ににぎられると、足元のことが分からなくなって、かえって不安になります。
さわる前に、まず声。
案内するときは、「僕のひじに、つかまってください」と言って、相手につかんでもらうのがいいと聞きます。引っぱるのではなく、つかんでもらう。半歩前を、ゆっくり歩く。
声が先で、手はそのあと、という順番を入れかえるだけで、同じやさしさが、おどろかせるものから安心できるものへ、まるごと変わります。
シュクレと歩いていると、たくさんの人が、やさしく見てくれます。本当にうれしいです。でも、ひとつだけお願いがあります。
仕事中の盲導犬には、声をかけたり、さわったり、食べ物をあげたりしないでください。
ハーネスという道具をつけて歩いているとき、シュクレは仕事中です。障害物をよけて、僕の安全を守るために、集中しています。そこで声をかけられたり、なでられたりすると、注意がそれます。それは、僕の安全にかかわります。
家に帰ってハーネスを外せば、ただのあまえんぼうです。訓練士さんに「ちょっと繊細な子」と言われたのに、初日からおなかを出して寝ていました。……繊細とは。
食べ物も、あげないでください。盲導犬は、決まった時間に、決まった食事をとっています。おやつをもらうと、体調の管理がくずれてしまいます。
「なでてもいいですか?」と聞いてくれたら、僕が様子を見て答えます。聞いてくれること自体が、もう十分な思いやりです。
かわいいから何かしてあげたいというその気持ちを、少しはなれた場所からそっと見守るという形に変えてもらえたら、それが僕とシュクレにとって、いちばんうれしいやさしさです。
これは、あまり知られていません。でも、とても大事です。
手伝ってくれたあと、その場をはなれるときにも、ひとこと言ってほしいのです。
「ここで失礼しますね」「あとは大丈夫そうですか?」。
そのひとことで、僕は「もう行かれたんだな」と分かります。
何も言わずに静かにいなくなられると、見えていない僕は、まだそこに人がいると思って、話しかけてしまいます。
お礼を言ったら、もう誰もいない。空気に向かって「ありがとうございました」と言っている僕。……ちょっと、せつないです。
来るときに「お手伝いしましょうか」、はなれるときに「ここで失礼します」と、始まりと終わりを声で教えてもらえるだけで、見えない世界は、ぐっと安心できる場所になります。
もうひとつ、とても助かることがあります。見えている様子を、言葉にして教えてくれることです。
僕は、まったく見えないわけではありません。でも、細かい様子を目だけでつかむのは、むずかしいです。
たとえば、こう言ってもらえると助かります。
反対に、「あ、そこ危ない!」とだけ言われると、どこが、どう危ないのか分からなくて、体がかたまります。
指をさして「あっち」「そこ」と言われても、伝わりません。「右」「左」「何歩先」「何センチくらい」。時計の文字ばんにたとえて「2時の方向」と言ってくれる人もいて、これも分かりやすいです。
エレベーターで「ボタンは、胸の高さの右側にありますよ」と言ってもらえれば、自分で押せます。
全部やってもらわなくても、あなたの目に映っている景色をほんの少し言葉に直してもらえるだけで、僕の頭の中に地図ができて、自分でできることが一気に増えるのです。
僕は、シュクレといっしょに電車で移動することが多いです。
駅のホームは、僕にとってHPがへる場所です。
つまり、ただ立っているだけで、とても神経を使う場所だ、ということです。
僕が盲導犬と暮らすことをえらんだのも、もともとは、ホームから落ちそうになったことがきっかけでした。
だから、ホームでのひとことは、本当にありがたいです。
もし、ホームのはしへ近づきすぎている人を見かけたら、遠慮なく「危ないですよ、もう少し内側です」と声をかけてください。これは、おせっかいではありません。
電車の中では、「ここ、席があいていますよ」と教えてもらえると助かります。ただ、無理にすわらせなくて大丈夫です。立っていたい人もいます。
「すわりますか、それとも、このままがいいですか」と本人に聞いてもらえれば、それだけで、助ける人が決めるのではなく、助けられる人が自分でえらべる、気持ちのいい手伝いになります。
ここまで読んで、「気をつけることが多くて、むずかしいな」と思ったかもしれません。僕がいちばん伝えたいのは、その反対です。
「気をつかう」は、相手にどう思われるかを心配して、何もできずにかたまってしまうこと。
「気にかけてくれる」は、相手のことを思って、まず動いてくれること。
声のかけ方をまちがえても、ゲームオーバーではありません。
つまり、「すみません、どうすればいいですか?」と聞き直せば、そこからいくらでもやり直せる、ということです。
僕に声をかけてくれる人の多くは、最初、少し緊張しています。声が少しうわずっていたり、言葉をさがしていたり。耳で分かります。
でも、僕たちはあなたのやさしさを上手かどうかで点数をつけたりはしていなくて、少しぎこちなくても、言葉につまっても、こちらに向けてくれたその気持ちそのものを、ちゃんと受け取っています。
特別なことのように書いてきましたが、本当は、とてもシンプルです。
こまっていそうな人がいたら、声をかける。相手の「どうしたいか」を聞く。はなれるときは、ひとこと言う。目が見えても見えなくても、人と人のあいだで起きる、当たり前のやりとりです。
僕は、助けてもらうことを、弱さだとは思っていません。声をかけてくれたあなたと僕は、その数分間、同じ場面をいっしょに乗りこえる、小さなチームです。
覚えてほしいのは、3つだけです。
あとは、相手に聞けば教えてくれます。
次に白杖の人や盲導犬を見かけたとき、少しドキドキしながらでもあのひとことを言ってもらえたら、その声で、誰かの1日が少しだけ歩きやすくなり、街はもっと、いっしょに歩ける場所になっていきます。
「何か、お手伝いしましょうか?」。そのひとことを、僕は街のどこかで、心から待っています。
僕が視覚障害になってから今日までの道のりを、16分の動画にまとめています。文章より、声のほうが届く日もあると思うから。よかったら、そばに置いておいてください。
中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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「視覚障害B2の生活」「IRONMAN サブ11挑戦」「1ミリの行動」「気合いより1ミリ」をテーマに、講演を続けています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
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RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、1ミリの行動を続ける人