レストランでメニューを開いて、なかなか決められない。
「みんな、先に頼んでいいよ」と言いながら、内心は焦っている。
そんな経験、ありませんか。
僕の場合、そもそもメニューが読めません。
決める以前の問題です。
もしあなたが、見えにくい人と食事をするとき、メニューをどう渡せばいいか迷ったことがあるなら。
もしあなたが、自分や家族が見えにくくなって、外食から足が遠のいているなら。
この記事は、あなたに向けて書いています。
僕は中澤隆(なかざわ りゅう)です。視覚障害のB2というクラスで、パラトライアスロンをしています。盲導犬のシュクレと暮らしています。
B2というのは、目の前のものはぼんやり分かるけれど、文字を読むのはとてもむずかしい。そんな見え方だと思ってください。
今日は、そんな僕がレストランでどう注文しているか、5つの段取りを書きます。
気合いの話ではありません。誰でもまねできる、段取りの話です。
席に案内されます。店員さんが「どうぞ」とメニューを渡してくれます。
開いても、文字はにじんで読めません。
写真があっても、何の料理なのか、いくらなのか、はっきりとは分かりません。
となりの人が、楽しそうに聞いてきます。
「どれにする?」
僕にとって、その紙は、ほとんど白い紙です。
うす暗い店の中でメニューを開くと、僕のHPは、そこから減りはじめます。
つまり、料理が来る前に、読もうとするだけで疲れてしまう、ということです。
「読んでもらえますか」と頼もうか。
それとも、いつもと同じものを頼んでおこうか。
外食のたびに、心の中で、この小さな問答をくり返していました。
「外食って、ちょっと面倒だな」と思っていた時期も、あります。
でも、外食はただご飯を食べる場所ではなく、人と会って、話して、関係を深める場所なのだから、面倒だと遠ざけてしまうのはあまりにもったいないと気づいて、僕は悩むのをやめ、段取りを作ることにしました。
外食の段取りは、店をえらんだときから始まっています。
僕がやっているのは、かんたんなことです。
店の中で読むのではなく、店の外で読む。
これが、僕の基本です。
かぎられた時間と、うす暗い照明の中で、メニューと向き合う。これが、僕にはいちばんつらい。
だったら、家で、明るいところで、自分のペースで読めばいい。
ここで役に立つのが、スマホです。
僕は、白黒反転と拡大を組み合わせて使います。背景を黒に、文字を白にして、ぐっと大きくします。
まぶしさが減って、文字の輪郭がはっきりします。
店に入る前に、もうセーブしてあるわけです。
つまり、何を頼むかを、家でだいたい決めてある、ということです。
席についても、あわてません。
準備の8割が店に着く前に終わっているという感覚があるだけで、あんなに気が重かった外食のハードルは、自分でも驚くほど下がりました。
席に着いたら、店員さんに、最初に一言だけ伝えます。
「視覚障害があって、メニューが少し見えにくいんですが、おすすめを教えてもらってもいいですか?」
大事にしているのは、これを「お願い」ではなく、「情報の共有」として伝えることです。
「すみません、申し訳ないんですけど……」と小さくなって頼むのではありません。
「僕はこういう状況なので、ここを手伝ってもらえると助かります」と、ふつうの声で伝えます。
すると、店員さんは、たいてい笑顔で教えてくれます。
「今日のおすすめは、これです」
「うちの人気は、これですよ」
注文という事務的なやりとりが、ちょっとした会話に変わります。
最初の一言は、勇気を出して言うものではなく、段取りのひとつとして先に用意しておくものだと決めてしまえば、「見えにくい」は隠したい壁ではなくなり、会話の入口に変わります。
おすすめだけでなく、自分でえらびたいときもあります。
そのときは、店員さんにメニューを読んでもらいます。
ここにも、コツがあります。
全部は、読んでもらわない。
最初から最後まで読んでもらうと、時間がかかります。店員さんも大変です。そして僕は、全部は覚えきれません。
……聞いておいて忘れる、という失礼なことになります。
だから、カテゴリでしぼってお願いします。
「肉料理だけ」なら、3つか4つです。これくらいなら、頭の中に置いておけます。
店員さんも答えやすい。僕も覚えやすい。決めるのも速い。
見えにくい僕にとって、情報をしぼるというのは、外食だけでなく生活のあらゆる場面で効いている工夫で、段取りとは「迷う時間を先回りして減らしておくこと」なのだと思っています。
僕がいちばん効果を感じている段取りが、これです。
定番の店を、3つ持っておく。
定番の店なら、「いつもの」と注文できます。メニューを読む、という手順そのものを飛ばせます。
特に効くのが、出張のときです。
講演で初めての土地に行くと、慣れない移動で気を張っています。
そんなとき、定番の店は、僕の回復ポイントです。
つまり、知らない土地でも、気を張らずにほっとできる場所がある、ということです。
「中澤さん、今日も講演ですか?」
店の人にそう声をかけてもらえると、自分の居場所があるような気持ちになります。
盲導犬のことも、先に確かめます。
盲導犬は、法律で一緒に入ることが認められています。でも、店の人がそれを知らないこともあります。
だから、初めての店には、行く前にできるだけ聞いておきます。
「盲導犬と一緒に入れますか?」
電話1本、メッセージ1通で確かめておくだけで当日の入口でまごつくことがなくなり、一度「大丈夫ですよ」と言ってもらえた店は、そのまま安心して通える定番の店になっていきます。
いつも定番の店に行けるわけではありません。
仕事の付き合いや、誰かに誘ってもらって、初めての店に行くことも多いです。
そのときの、僕の決まりごとです。
共通しているのは、「迷ったら、おすすめ」と先に決めておくことです。
全部をくらべて、いちばんいいものをえらぼうとすると、見えにくい僕は、情報の海でおぼれます。
だから、最初からルールにしておきます。
それに、店員さんのおすすめは、たいてい本当においしいです。店が自信を持って出しているものだからです。
「最高の一皿をえらべたか」よりも「楽しい時間を過ごせたか」のほうが僕には大事なので、えらぶ時間はできるだけ短くして、そのぶんを、味わう時間と目の前の人と話す時間に回しています。
ここまで、5つの段取りを書きました。
でも、いちばん伝えたいのは、やり方そのものではありません。
メニューが読めない。店員さんに頼むのがはずかしい。一緒にいる人に、気をつかわせるのが申し訳ない。
その気持ちは、よく分かります。僕が、そうだったからです。
でも、外食をあきらめるというのは、人と会う機会を減らしてしまうことです。
「今度、ご飯でも」
この一言から始まる関係が、たくさんあります。
家族や友人と食事をするとき、僕が先にメニューを調べておくのは、相手に気をつかわせないためでもあります。
毎回「これ、読もうか?」と気を回してもらわなくても、僕が自分で段取りを済ませておけば、みんながふつうに食事を楽しめます。
僕を支えてくれる人たちとのつながりは、こういう何気ない食事の時間の積み重ねの中で育っていくものだから、見えにくいからこそ、同じテーブルを囲む時間を手放したくないのです。
最後に、あなたへ。
メニューが読めないことは、外食のゲームオーバーではありません。
つまり、読めなくても、段取りがあれば、外食はちゃんと楽しめる、ということです。
今日の5つを、もう一度まとめます。
全部を一度にやる必要はありません。できそうなものを、ひとつだけ。
僕は今日も、外食します。シュクレも一緒です。
メニューが読めなくても僕の外食がちゃんと楽しい時間になっているのは、特別な才能があるからではなく、ただ、段取りをひとつずつ整えてきたからです。
あなたの次の食事が、誰かと笑い合える、あたたかい時間になりますように。
「視覚障害B2の生活」「IRONMAN サブ11挑戦」「1ミリの行動」「気合いより1ミリ」をテーマに、講演を続けています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
📧 つなひろワールドへお問い合わせ中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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緑内障の診断からIRONMAN完走までを、16分の動画にまとめました。
RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、1ミリの行動を続ける人