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📅 2026.06.12(更新 2026.10.10) | RYU NAKAZAWA
💪 挑戦

IRONMANの3か月前に、親知らずを抜いた|練習できない2週間を「戦略的休息」と呼ぶことにした、視覚障害B2の話

⏱ 約7分で読めます(3,983字)
タンデム自転車で走るパラトライアスリート中澤隆 タンデム自転車で走るパラトライアスリート中澤隆

「もう1本あります。もう一度来てください」。歯医者さんにそう言われて、僕の気持ちは静かに下がりました。

もしあなたが、痛くもないのに治療を受けることに、とまどったことがあるなら。

もしあなたが、大事な本番の前なのに動けなくて、あせったことがあるなら。

もしあなたが、休んだ日の自分を「サボった」と責めてしまうなら。

この記事は、あなたに向けて書きました。

僕は中澤隆(なかざわ りゅう)です。視覚障害B2クラスのパラトライアスリートで、盲導犬のシュクレと暮らしています。

2026年6月、僕は親知らずを抜きました。9月のIRONMAN(226キロ)の、3か月ちょっと前です。今日は、そのときの話を書きます。

📖 この記事の目次
  1. 1回で終わる、と思っていた
  2. 痛くもかゆくもないのに、抜く
  3. 抜いたあと、ベッドの上で
  4. 「信じるしかない」は、毎日使っている力だった
  5. 練習できない2週間を、「戦略的休息」と呼ぶ
  6. ジョギングに出て、歩きに切りかえた日
  7. 「サボった」と「戦略的休息」のちがい
  8. あなたの休みも、きっと同じです

1回で終わる、と思っていた

少し遅いゴールデンウィークをすごしたあと、親知らずを抜きました。

1回で終わる予定でした。

サッと抜く。数日ではれが引く。また朝の練習に戻る。

……そんな軽い気持ちで、椅子に座りました。

でも、根っこが頑固でした。

1本目は、無事に抜けました。けれど、もう1本ある。もう1本は、レースのあとの10月に抜く予定です。

「終わった」と思った瞬間に、「まだ半分です」と言われる。

ゴールテープが見えたと思ったら、「もう1周あります」と言われたような感じでした。

正直、気持ちが下がりました。

でも、ひとつ、自分に言い聞かせました。

これは、僕が選んだことだ。

誰かに無理やり抜かれたわけではなくて、9月の本番に少しでもいい体で立つために、僕が自分の足で歯医者さんへ行って、自分であの椅子に座ったのだと思い直したら、下がった気持ちが、ほんの少しだけ持ち直しました。


痛くもかゆくもないのに、抜く

抜くことになった理由は、こうです。

でも、僕の口の中は、痛くもかゆくもありません。

困っていないんです。なのに、「抜いたほうがいい」と言われる。

……なんだかなぁ、と思いました。

人は、「今、痛い」ものには動けます。痛ければ、迷わず病院に行きます。

でも、「今は平気だけど、放っておくとあとで困る」ものには、なかなか動けません。

今日の自分の安心を、未来の自分のために手放す。これが、思っていたよりずっと難しい。

でも、考えてみました。

僕はこれを、もう何年も続けてきたはずなんです。

朝早く起きてスイムに向かうのも、今日のためではありません。9月のため、その先のためです。

親知らずも同じことで、今日の口の中の平和よりも、これから何十年も続いていく食事と健康のほうを選ぶのだと整理できたとき、あの椅子に座る覚悟が、少しだけ決まりました。


抜いたあと、ベッドの上で

そして、抜きました。

そのあとは、全部来ました。

食べるのも、寝るのも、話すのも、しんどい。

このときの僕のHPは、ほぼ0でした。

つまり、練習どころか、ふつうに食べて眠ることさえ思うようにできなかった、ということです。

とくに「食べられない」が、じわじわこたえました。

長いレースを続ける体は、ちゃんと食べて、ちゃんと休んで、はじめて成り立ちます。

やわらかいものを、ゆっくり、片側の歯だけでかむ。そんな日が、何日か続きました。

そして、ベッドの上で思うんです。

「これを、もう1回やるのか……」

下がります。正直に書きます。気持ちは、下がるんです。

それでも、天井のほうを向いたまま、下がった気持ちはちゃんと感じていいけれど、そこにずっと居続けるのはやめよう、どこを向くかだけは自分で選べるのだから、と思い直しました。


「信じるしかない」は、毎日使っている力だった

僕は、決めました。

「治療しないと、もっとひどいことになる」と信じる。信じるしかない。

「信じるしかない」は、後ろ向きに聞こえるかもしれません。

でも、僕にとっては逆です。

抜くべきか、抜かないべきか。そうやって迷っている時間が、いちばん疲れます。

信じると決めた瞬間に、迷いが減ります。

そして、気づきました。

これは、僕がレースで毎回使っている力と、同じなんです。

IRONMANでは、ガイドと一緒に進みます。

「左に曲がります」と言われたら、自分の判断より、その言葉を信じます。

信じる気持ちが一瞬でもゆらぐと、体が縮こまって、前に進めなくなります。

……そんな僕が、歯医者さんを信じるのに迷っているのは、おかしな話です。

思えば、もっと前からそうでした。

27歳で緑内障と診断されて、目薬をさし、飲み薬を飲み、何度も手術を受けました。

「一度失った視野は、戻らない」と知らされたうえで、です。

効くという保証はどこにもないのに、この治療が進行を少しでも遅らせてくれると信じて、できることをひとつずつ続けていたあの日々に、僕は「信じる」を覚えたのだと思います。

「信じるしかない」は、弱さではありません。前に進むと決めた人の言葉です。


練習できない2週間を、「戦略的休息」と呼ぶ

正直に書きます。

抜いてからの2週間、ほとんど練習できませんでした。

走れない。泳げない。バイクも、心拍を上げる勇気が出ない。

本番まで、3か月ちょっと。あせります。

「ほかの選手は、今日も泳いでいるんじゃないか」

「この2週間で、差が開くんじゃないか」

積み上げてきたものが、指のあいだからこぼれていく気がして、ソワソワしました。

でも、決めました。

これは「サボった」ではない。戦略的休息だ。

休むことは、回復です。

つまり、体が自分を治すための時間で、なまけているのとは違う、ということです。

体がはれて、熱を持っている。それは、体の中で、全力の修理がおこなわれているということです。

そこへ練習を重ねるのは、修理中の現場に、また穴を掘りに行くようなものです。

だから僕は、2本目はレースのあとに回したうえで、8月から最後の調整に入るというスケジュールを立てて、それを誰かのせいではなく、自分で選んだ作戦として引き受けることにしました。

今は「動かない」が、9月へのいちばんの近道。そう考えました。


ジョギングに出て、歩きに切りかえた日

抜いてからしばらくして、「そろそろ体を動かしたい」と思った朝がありました。

シューズをはいて、ジョギングに出ました。

僕が決めるのは、いつも1ミリだけです。「シューズをはいて、外に出る」。そこまで。

走りはじめて、すぐに気づきました。

抜いたあとのはれが、まだ少し残っています。

足が地面をたたくたびに、振動があごのほうへ、コツン、コツンと伝わってきます。

痛い、というほどではありません。「気になる」くらいです。

でも、僕は途中で、歩きに切りかえました。

心配だったからです。

このまま走って、はれがひどくなったら。9月に響いたら。

3か月前のこのタイミングで、無理をする理由は、どこにもありません。

これは、「にげる」ではありません。

つまり、こわくなって投げ出したのではなく、9月のスタートラインを守るために、今日の無理をやめた、ということです。

20代の僕なら、「気合いで走りきれ」と言ったと思います。

……アラフィフの僕は、わりとあっさり歩きました。

見えるものが少ないぶん、ふだんから足のうらの感覚や呼吸のリズムでまわりを感じ取っている僕の体が、「今日はここまで」と教えてくれたので、その声を無視しないことにしました。

1ミリは出した。今日は歩きで十分。大事なのは距離ではなく、外に出たか、出なかったかです。


「サボった」と「戦略的休息」のちがい

練習できない日があると、人は自分を責めたくなります。

「もっとがんばればよかった」

「自分は意志が弱い」

でも、少し立ち止まってみてください。

それは、本当に「サボった」ですか。

体調をくずして、休んだ。家族のために、時間を使った。仕事の山場で、順番を変えた。歯の治療で、動けなかった。

外から見れば、どれも同じ「動いていない時間」です。

ちがいは、ひとつだけ。

その時間に、目的があるかどうかです。

なんとなく逃げて動かなかったのか。先のために、決めて動かなかったのか。

自分を責めても、回復は1秒も早くなりません。

……むしろ、心がすりへって、戻るのが遅くなります。

だったら、休む日くらいは、「これは戦略的休息だ」と自分に向かって堂々と言ってあげるほうが、次に走り出す日の最初の一歩を、ずっと軽くしてくれるのだと思います。


あなたの休みも、きっと同じです

あの6月、2本目のことを考えると、正直、気が重かったです。

1回目を知っているぶん、痛みもはれも、全部はっきり想像できてしまうからです。

それでも、1回目のあと、僕の体はちゃんと戻りました。はれが引いて、また走れるようになりました。

9月のスタートラインに立つために。妻と、シュクレと、これから何十年も暮らしていくために。講演で、挑戦の話を届け続けるために。

そう思って、休みました。

そして、2026年9月13日。僕はIRONMAN JAPANのスタートラインに立って、14時間43分54秒で完走しました。

もしあなたが今、「動けていない」「思うように進めていない」と感じているなら。

体を治す時間。家族を支える時間。仕事の山場を越える時間。誰かのために動いた時間。

それは「サボった」ではなく、戦略的休息です。

何もできていないと感じる日は、1ミリだけ。シューズをはく。窓を開ける。お茶を1杯いれる。

途中で「今日はここまで」と感じたら、ためらわずにやめていいんです。

進むことも、止まることも、どちらもあなたの力で、動かなかった日々は、次に走り出した日に、ちゃんとあなたを支えてくれます。

最後まで読んでくれて、ありがとうございました。


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2026年9月13日、IRONMAN JAPANを完走しました(14時間43分54秒・PCクラス2位)。この挑戦は、支えてくれる人たちと一緒に作る物語です。次の挑戦も、日々の練習やレースの様子を発信していくので、そばで見届けてもらえたら嬉しいです。

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RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
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