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📅 2026.05.14(更新 2026.10.10) | RYU NAKAZAWA
🎤 講演

障害理解の講演を学校・企業へ|視覚障害パラアスリートが2017年から続けてきた理由と、講演で伝えていること

⏱ 約6分で読めます(3,709字)
ガイドと伴走で走る中澤隆

講演会が終わって、感想を聞いてみたら「すごかったです」のひとことだけ。そんな経験はありませんか。

もしあなたが、小学校・中学校・高校の先生で、障害理解の授業を考えているなら。

もしあなたが、企業のDEIや研修の担当で、社員の心に残る話し手を探しているなら。

もしあなたが、自治体で、障害者週間のイベントを任されているなら。この記事は、あなたに向けて書きました。

僕は中澤隆(なかざわ りゅう)です。視覚障害のB2というクラスで、パラトライアスロンをしています。盲導犬のシュクレと暮らしています。

2017年に講演を始めました。ここ3〜4年は、年に50回前後。これまでに、20をこえる都道府県の学校・企業・自治体に呼んでいただきました。

僕が目指しているのは、「感動して終わり」の講演ではありません。「障害は特別なものではなく、工夫しだいでふつうになる」。それを、体験ごと持って帰ってもらう講演です。

📖 この記事の目次
  1. いちばん大切にしていること:「どうやったらできるか」
  2. 学校では「中ちゃんクイズ」で、一緒に考える
  3. 盲導犬シュクレと伝える、「共生」の意味
  4. 企業・自治体では、「工夫の文化」として伝える
  5. これまでの講演の実績
  6. 講演者を選ぶときの、3つの目安
  7. 届けたいのは、「転んでも、また立てる」
  8. 講演をお考えの方へ

いちばん大切にしていること:「どうやったらできるか」

講演で最初に伝えるのは、「できるか、できないか」ではなく、「どうやったらできるか」と考えるクセです。

僕は27歳で、緑内障と診断されました。

31歳のとき、右目は「5円玉の穴からのぞいている感じ」。左目は「目の前のグー・チョキ・パーが分かるくらい」になりました。

「自分には、もう未来がないんじゃないか」。本気でそう思っていました。

その31歳のとき、たまたまテレビで、全盲の女の子がトライアスロンをしているのを見ました。涙が出ました。

「自分より見えない女の子にできるなら、僕にもできるんじゃないか」

そこから、僕のトライアスロンが始まりました。

見えなくなったという事実はひとつも変わっていないのに、「できない」を「どうやったらできるか」に言いかえただけで、止まっていた僕の毎日がもう一度動きだしたというこの体験を、僕は合言葉にして子どもたちに渡しています。

ピンチはチャンス。ピンチをチャンスに変えるカギは、工夫。

学校では「中ちゃんクイズ」で、一緒に考える

小学校・中学校・高校では、「中ちゃんクイズ」をやります。子どもたちには、拍手で答えてもらいます。

目のせいにできないのが、つらいところです。

このクイズには、ラスボスがいます。「見えない=何もできない」という思い込みです。

つまり、僕が講演でいちばんくずしたいのは、その考え方だ、ということです。

話を聞くだけでなく、自分で予想して、拍手して、答えにびっくりするという順番を通ることで、子どもたちは「見えない人」の話を、遠い誰かのことではなく、目の前にいる中ちゃんのこととして受け取ってくれます。


盲導犬シュクレと伝える、「共生」の意味

講演では、盲導犬シュクレとの暮らしも紹介します。シュクレとは、2022年に出会いました。

僕が講演で話している数字は、こうです。全国の盲導犬は、1,000頭ほど。候補の子犬10頭のうち、盲導犬になるのは4頭くらい。希望してから、1〜2年待つのがふつうです。

シュクレの仕事は、3つです。

カーナビのように、目的地まで連れていってくれるわけではありません。信号の色も、シュクレには分かりません。僕が、音やまわりの気配で判断しています。

「盲導犬に出会ったときのお願い」も伝えます。

最後のひとつが、いちばん大事です。

「盲導犬がいるから大丈夫」で終わらせるのではなく、困っている人を見かけたら人が人に声をかけるという、当たり前だけれど少し勇気のいる行動こそが、本当の意味での共生なのだと、僕はシュクレと一緒に伝えています。


企業・自治体では、「工夫の文化」として伝える

企業のDEI研修や、自治体の障害者週間のイベントでは、多様性を「制度」ではなく、「工夫の文化」として話します。

僕自身、アスリート雇用で会社に所属しています。最初は5年契約でした。今は、期限のない契約の社員です。

あるとき、マネージャーから聞きました。同じ会社に、70歳のアスリートが入社した、と。

「年齢じゃなくて、どう生きるかなんだな」。そう教わった気がしました。

見えないから読めない、ではありません。拡大読書機を使う。音声図書を使う。白と黒を反転させる。

障害のある人を迎えることを負担として数えるのではなく、「どうやったらできるか」をみんなで考えるのが当たり前になった職場は、障害のあるなしに関係なく、変化に強い職場になっていくのだと、僕は自分の働き方を例にしてお話ししています。


これまでの講演の実績

数字をならべると、えらそうに見えます。でも中身は、1回1回、目の前の人に話してきただけです。

2017年の最初の1回から、呼んでくださった学校や会社にひとつずつ伺って、そのたびに目の前の子どもたちや社員のみなさんに向けて話しつづけてきた、その1回1回の積み重ねが、この数になりました。


講演者を選ぶときの、3つの目安

たくさんの現場を経験してきて、担当の方が見ておくとよい点が、3つあると感じています。

1. 実績と、社会的な信頼があるか

「なぜ、この人を呼んだのか」。上司や保護者に説明するとき、実績と肩書きは助けになります。

僕の場合は、アジア選手権で2年続けて1位(2015年・2016年)、世界ランキング最高6位、IRONMAN完走。それに、上に書いた認定や講師の肩書きです。

2. 参加できて、「自分のこと」になるか

大事なのは、「自分にもできるかも」と思えるかどうかです。

だから僕は、クイズや盲導犬の話のように、参加できる形にしています。

そして、途中で「うまくいかない日って、ありますよね」と語りかけます。主語を「僕」から「あなた」に切りかえるためです。

3. 終わったあと、「次の行動」が残るか

講演の最後に、明日からできる「1ミリの行動」を渡します。

いい話を聞いたという気持ちは数日でうすれていきますが、短い言葉は残るので、聞いてくれた人が次の日の朝にひとつだけ思い出して動けるような言葉を置いて帰ることを、僕はいちばん大切にしています。


届けたいのは、「転んでも、また立てる」

僕は31歳で視覚障害者になり、13年勤めた電気工事の会社を、事実上クビになりました。めちゃくちゃ、くやしかったです。

そのあと、筑波技術大学に進んで鍼灸を学びました。留年せずに卒業して、あん摩マッサージ指圧師の国家資格を取りました。「まだ自分は終わっていない」と思えた出来事でした。

31歳で始めたトライアスロンでは、半年ほどあとの初めての大会で、1位になりました。

こうして書くと、順調に見えます。実際は、転んでばかりです。

でも、何回転んでも、ゲームオーバーにはなりませんでした。

つまり、障害があっても、失敗しても、そこで人生が終わるわけではなかった、ということです。

「転んでも、また立てる」という言葉を、口で言うだけでなく、今も挑み続けている自分の体でそのまま見せつづけることが、講演に立つ僕の役目だと思っています。


講演をお考えの方へ

小学校・中学校・高校での障害理解の講演。企業のDEI研修。自治体の障害者週間のイベント。話し手を探している方は、どうぞ一度、声をかけてください。

盲導犬のシュクレと一緒に伺うこともできます。

「うちの学校でも大丈夫かな」「何年生に合うかな」。そんな、まだ決まっていない段階のご相談で、まったくかまいません。

講演のご相談は、こちらのフォームから。メールの方は、マネジメント窓口([email protected])へお願いします。

あなたの学校や職場で、「どうやったらできるか」を一緒に考える時間を持てる日を、楽しみにしています。


最後まで読んでくれて、ありがとうございます

中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。

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動画でも見られます:僕の人生を16分で

緑内障の診断からIRONMAN完走までを、16分の動画にまとめました。

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テーマ:「挑戦」「障害理解」「ダイバーシティ」「盲導犬と歩む人生」

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