よかれと思ってしたことが、相手のためになっていたのか。あとから不安になったこと、ありませんか。
もしあなたが、困っていそうな人に声をかけようとして、やめたことがあるなら。
もしあなたが、障害のある人とどう接したらいいか、分からないと感じているなら。
もしあなたが、「差別」という言葉の重さに、つい身がまえてしまうなら。
この記事は、あなたのためのものです。
僕は中澤隆(なかざわ りゅう)です。視覚障害のB2というクラスで、パラトライアスロンをしています。盲導犬のシュクレと暮らしています。
ある中学校での講演のあと、ひとりの先生に、こう聞かれました。
「中澤さんは、これまでに障害者差別を感じたことはありますか?」
今日は、その答えを書きます。誰かを責める話ではありません。
その日、僕はシュクレと一緒に会場に入って、子どもたちの前で、僕の人生の話をしました。
はじめての場所での講演は、移動の段取りもふくめて、1日がかりの仕事です。
講演のあと、何人かの先生が質問をしてくださいました。その中のひとつが、さっきの質問です。
勇気のいる質問だと思いました。
聞きにくいことを、正面から聞いてくれた。
こういう質問は、聞く側にとってラスボスだと思います。
つまり、いちばん聞きにくくて、できれば避けて通りたい質問、ということです。
それをまっすぐ聞いてもらえたのだから、僕のほうも、きれいな言葉でごまかさずに、ふだん感じていることをそのまま答えたいと思いました。
正直に言います。
「お前は障害者だからダメだ」。そうはっきり言われて傷ついた、という分かりやすい差別を、僕はあまり経験していません。
僕が毎日感じているのは、もっと静かなものです。
この2つのほうが、ずっと身近にあります。
たとえば、電車の中。シュクレと立っていると、誰も声をかけてこない時間があります。
みんな、悪い人ではありません。どう関わっていいか分からなくて、そっとしておいてくれているのです。
でも、見えにくい側からすると、「ここには、気にかけてくれる人はいないのかな」と、少し心細くなります。
その逆もあります。急に肩をつかまれて、席へ連れていかれそうになる。今度は、びっくりして体が固まります。
……ちょうどいいのがむずかしい。わがままで、すみません。
無関心は「関わらないでおこう」という遠慮から、気づかいすぎは「助けてあげなきゃ」という優しさから生まれていて、どちらも出発点は悪意ではないので、僕は誰かを責める気持ちにはなれません。
差別は、「事件」というより、「すれ違い」で起きているのだと思います。
では、僕がいちばんつらいのは、どんなときか。
まだ何も試していないのに、「あなたには無理でしょう」と決めつけられるときです。
27歳のとき、現場監督の仕事中に、天井の照明が虹色に見えました。緑内障でした。
治療をしても進んで、31歳で視覚障害者になりました。13年勤めた会社も、離れることになりました。
図面を見る仕事なのに、図面が見えなくなっていく。
あのころ、「もう自分にはできることがない」といちばん強く思いこんでいたのは、僕自身でした。
僕は自分で、自分にゲームオーバーを出していました。
つまり、まだ何も試していないのに、もう終わりだと自分で決めていた、ということです。
でも、ちがいました。
25メートルも泳げなかった僕が、泳げるようになりました。1キロ走るだけで膝が痛くなっていた僕が、ガイドと一緒にフルマラソンを走れるようになりました。
「できない」と思われていたことの多くは、「やり方を知らなかっただけ」でした。
だから、試す前から「これは無理だよね」と線を引かれると、いちばんもどかしくて、開ける前の扉を閉じられることは、ひどい言葉よりも静かに、人の心をけずっていくのだと思います。
僕が大事にしている線引きがあります。「区別」と「配慮」はちがう、ということです。
レースのスイムでは、ガイドがロープでつながってくれます。バイクは二人乗りのタンデムで、前に乗るガイドが視界を引き受けてくれます。
これは「配慮」です。僕ができる形に、やり方を変えてくれている。だから僕は、力を出しきれます。
一方で、「障害者だから、こっちのかんたんなほうでいいよね」と、本人に聞かずに役割を取り上げてしまう。
これは、配慮のようでいて、「区別」になっていることがあります。
見た目は、よく似ています。ちがいは、ひとつだけ。本人に聞いたかどうかです。
ロープの長さも、合図の出し方も、僕とガイドで何度も話し合って決めています。「こうしてあげる」ではなく、僕が「こうしてほしい」を伝えて、ガイドがこたえてくれます。
配慮はいくらでもありがたく受け取るけれど、区別は優しさの形をしていてもやっぱりさみしくて、その差は「どうしたい?」と一言聞いてもらえるかどうかという、ほんの小さなところにあります。
もうひとつ、正直に書きます。優しさが強すぎると、こちらの出番がなくなることがあります。
「危ないから、ここにいて」「無理しなくていいから、座っていて」。
心配してくれる気持ちは、痛いほど分かります。
でも、試す前に全部を引き受けられてしまうと、「自分には、できることが何もない」と感じてしまいます。
僕がいちばんうれしいのは、「一緒にやろう」と言ってもらえるときです。
できないところだけ、手を貸してくれる。できるところは、任せてくれる。その線を、僕と一緒に探してくれる。
だから、まず聞いてほしいのです。「どこを手伝おうか?」
スポーツを通して、「助けてもらうこと」と「全部やってもらうこと」はまったく別のものだと知りました。前のほうは対等なチームワークで、あとのほうは、知らないうちに相手の出番を消してしまいます。
こう書くと、「じゃあ、気軽に助けちゃいけないのか」と思わせてしまうかもしれません。逆です。
僕は、助けてもらうことを、弱さだとは思っていません。
昔は、思っていました。助けてもらう側になるのが、情けなくて、くやしかった。ガイドと組みはじめたころも、「助けてもらってばかりの自分」がいやでした。
でも、競技を続けるうちに、気づきました。
ガイドと僕は、助ける人と助けられる人ではありません。同じゴールを目指す、対等なチームです。上下ではなく、横の関係です。
だから、街で困っている人を見かけたら、迷わず声をかけてください。「何かお手伝いしましょうか」。
相手が「大丈夫です」と言ったら、気持ちよく引けばいい。
聞いてくれたこと自体がもう十分にうれしくて、それは差別でも気づかいすぎでもなく、人と人が一緒に方法を探すという、ただそれだけのことなのです。
僕がこの質問に正直に答えられるのは、たくさんの人に支えられて、今ここにいるからです。
見えなくなっていく時期、僕は誰にも本音を言えませんでした。くやしくて、情けなくて、自分の中に抱えこんでいました。
でも、テレビで、全盲の女の子がトライアスロンをしている姿を見ました。そこから動きだすと、まわりに少しずつ、仲間が増えていきました。
ガイド。コーチ。講演で出会う人たち。そして、シュクレ。
あのころつらかったことや、決めつけられてくやしかったことを、こうして過去の話として言葉にできるのは、気づけば僕が、つながりの輪の中にいたからです。
もしあなたが、「障害のある人と、どう接していいか分からない」と感じているなら。
かまえなくて、大丈夫です。完ぺきに正しい接し方は、探さなくていい。
それだけで、区別は配慮に変わります。
そして、もしあなた自身が、何かを「できない」と決めつけられて、もどかしい思いをしているなら。僕は、あなたの側に立ちたいです。
試す前に閉じられた扉は、自分の手で、もう一度開けていい。僕も、そうやって泳ぎだしました。
質問をしてくださった先生へ。聞きにくいことを、まっすぐ聞いてくれて、ありがとうございました。
あなたのその一歩こそが、無関心とは正反対の、いちばん優しい関わり方だと、僕は思っています。
見えなくなっていく世界の中で、支えられながら挑み続ける。その旅を、仲間と一緒に。
僕が視覚障害になってから今日までの道のりを、16分の動画にまとめています。文章より、声のほうが届く日もあると思うから。よかったら、そばに置いておいてください。
中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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「視覚障害B2の生活」「IRONMAN サブ11挑戦」「1ミリの行動」「気合いより1ミリ」をテーマに、講演を続けています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
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RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、1ミリの行動を続ける人