僕がゴールする一瞬の裏側に、ガイドを「いってらっしゃい」と送り出してくれた人がいます。
もしあなたが、誰かに助けてもらって、「ありがとう」と言ったあと、何か言い足りない気がしたことがあるなら。
もしあなたが、誰かを支える側にいて、その時間を家族にゆずってもらっているなら。
もしあなたが、いつも助けてくれる人に、甘えすぎていないか気になっているなら。
この記事は、あなたのためのものです。
僕は中澤隆(なかざわ りゅう)です。視覚障害のB2というクラスで、パラトライアスロンをしています。盲導犬のシュクレと暮らしています。
僕にはガイドがいます。コーチもいます。
今日書くのは、その人たちの、さらに後ろ側にいる人たちの話です。
IRONMANを走るとき、僕の隣にはガイドがいます。
スイムでは、ロープでつながって泳ぎます。バイクでは、タンデムという二人乗りの自転車に、前後で乗ります。ランでは、1本のロープを握って、横にならびます。
ガイドは、僕の「目」になってくれます。まわりの様子を声で伝えて、ペースや安全を一緒に考えてくれる。対等なパートナーです。
でも、少し考えてみてください。
遠征についてきてくれる時間。レースの日、朝早くから夜遅くまで僕と過ごす時間。
その時間は、ガイドが自分の暮らしの中から切り出して、僕のために使ってくれている時間です。
何日も家を空けるあいだ、ガイドの家族は、留守を守ってくれています。「いってらっしゃい」と送り出してくれています。
本当なら、家族で過ごせたかもしれない休みの日です。
……それを、アラフィフのおじさんが泳いで、こいで、走るために使ってもらっています。申し訳ないやら、ありがたいやらです。
ゴールの一瞬は表に出るけれど、その裏側には、表に出ることのない、たくさんの人の「ゆずってくれた時間」が積み重なっていて、それを思うと、僕はこの挑戦を自分だけのものだとは、どうしても思えないのです。
僕が大事にしている考え方があります。
「後ろ側の人を理解する」。
目の前で支えてくれる人だけを見ない。その人を支えている人たちのことまで、想像する。そういう考え方です。
ガイド。コーチ。講演に呼んでくれる方。スポンサー。
僕の挑戦には、たくさんの人が関わってくれています。そして、そのひとりひとりに、かならず「後ろ側」があります。家族がいて、仲間がいて、その人を支える世界があります。
人を、その人だけで見ない。その人を支える輪ごと見る。
きれいごとを言いたいわけではありません。
誰かが僕を支えてくれているとき、その誰かもまた、別の誰かに支えられています。本当に、そうなっているのです。
そのつながりの長い列に気づいたとき、僕には世界が前より少し広く、少しあたたかく見えるようになって、自分はこの列の中で生かされているんだということを、忘れずにいたいと思うようになりました。
遠征にガイドがついてきてくれる、その前の夜。
ガイドの家族は、どんな気持ちで送り出してくれているのでしょうか。
「気をつけてね」と言ってくれたのかもしれません。何も言わずに、ただ送り出してくれたのかもしれません。僕には、分かりません。
でも、ひとつだけ、はっきりしていることがあります。
家族の理解がなければ、ガイドは僕と一緒に来られません。
家族が「いいよ、行ってきて」と言ってくれているから、僕は走れるのです。
自分の家族が、休みの日や遠征で長く家を空ける。それを受け入れるのは、かんたんなことではないはずです。
だから僕は、ゴールしたとき、ガイドに「ありがとう」と伝えます。そして心の中で、その家族にも手を合わせます。
あなたの大切な人を貸してくれて、ありがとうございます。あなたの理解のおかげで、僕は今日、ここまで来られました。
僕の226キロは、僕の足だけでできているのではなく、会ったことのない人たちの「いいよ」の一言にも、しっかり支えられているのだと思います。
「後ろ側の人を理解する」ことには、もうひとつ意味があります。
支えてくれる人を、すり減らさない、ということです。
支えてもらうことに慣れると、人は甘えます。相手の都合を考えない。相手の暮らしを想像しない。「やってもらって当然」という顔になっていきます。
でも、支えるというのは、相手の時間と気持ちを使うことです。
どんなに優しい人でも、HPには限りがあります。
つまり、「当然」という顔で頼り続けたら、いつかその人は疲れきってしまう、ということです。
だから僕は、ガイドやコーチを、その後ろの家族ごと想像するようにしています。
「この人は今、家族との時間をけずって、来てくれているんだな」。「無理をさせていないかな」。
そう思えると、感謝は自然に出てきます。相手の負担にも、気がつけます。
支えてもらうことに慣れすぎないという、たったそれだけの心がけが、支え合いの輪を長く元気なままにしておくための、いちばん大事なことなのだと僕は考えています。
感謝の向け方は、ふたつあると思います。
ひとつめは、もちろん大事です。でも、僕はそこで止めたくありません。
もし、ガイドの家族と言葉を交わす機会があったら。そのとき僕は、ガイド本人だけでなく、家族にもまっすぐお礼を伝えたいと思っています。
「この人のためなら、気持ちよく送り出せる」。もし家族がそう思ってくれたら、ガイドは、もっと安心して僕と走れます。
めぐりめぐって、僕の挑戦そのものが、前よりしっかり支えられていきます。
こう考えるようになったのは、僕自身が、たくさんの人に支えられてきたからです。
見えなくなって、できないことが増えて、それでも前に進めたのは、僕の後ろにも、たくさんの理解があったからです。
受け取った優しさを自分のところで止めずに、その人の奥にいる人たちまで届けていくと、そのあたたかさは輪の中をぐるりと回って、いつかまた誰かのところへ戻ってくるのだと思います。
これは、アスリートとガイドだけの話ではありません。
たとえば職場で、誰かが残って、あなたの仕事を手伝ってくれたとします。その人の後ろには、帰りを待っている家族がいるかもしれません。
無理を聞いてくれた取引先の担当者も、自分の上司や同僚とのあいだで、動いてくれているのかもしれません。
目の前の人の行動の後ろには、いつも、見えない誰かがいます。
……見えない話を、見えにくい僕がするのも、変な感じですが。
僕がガイドの家族に感謝するのも、妻を支えてくれる人たちに感謝するのも、根っこは同じです。
これは特別な才能ではなくて、ほんの少し立ち止まって、目の前の人の後ろにいる誰かのことを想像してみるだけのことで、それだけで人との関係の手ざわりは、ずいぶん変わってくるはずです。
最後に、あなたへ。
あなたを支えてくれている人にも、きっと「後ろ側」があります。家族がいて、仲間がいて、その人を送り出してくれる世界があります。
あなたが受け取っている支えは、たくさんの人の理解の上に、のっているのかもしれません。
もしそれに気づいたら、感謝を、もう一歩だけ奥まで届けてみてください。
「あなたの大切な人に、いつも助けてもらっています」。
口に出せなくても、そう思うだけで、十分です。
僕はこれからも、ガイドやコーチ、そしてその後ろにいる人たちへの感謝を忘れずに、226キロに挑み続けます。
見えなくなっていく世界の中で、支えられながら挑み続ける。その旅を、仲間と一緒に。
今日も最後まで読んでくれて、ありがとうございます。
「視覚障害B2の生活」「IRONMAN サブ11挑戦」「1ミリの行動」「気合いより1ミリ」をテーマに、講演を続けています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
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25メートルも泳げなかった僕が、ガイドとロープでつながって226kmに挑むまでを、YouTubeで1話ずつ動画にしています。
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RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、1ミリの行動を続ける人