つい、誰かと誰かを比べてしまう。そして、あとで少しだけ後悔する。そんなこと、ありませんか。
もしあなたが、「前の人はこうだったのに」と、心の中でつぶやいたことがあるなら。
もしあなたが、街で盲導犬を見かけて、「この子、どんな性格なんだろう」と気になったことがあるなら。
もしあなたが、盲導犬をもう少し身近に感じてみたいなら。この記事は、あなたに向けて書きました。
僕は中澤隆(なかざわ りゅう)です。視覚障害のB2というクラスで、パラトライアスロンをしています。年に50回前後、学校や会社で講演もしています。
僕はこれまで、2頭の盲導犬と歩いてきました。1頭目がデネブ。2頭目が、今の相棒のシュクレです。
この2頭、笑ってしまうくらい、性格が正反対でした。
盲導犬と聞くと、「かしこくて、おとなしくて、立派に仕事をする犬」を思い浮かべる方が多いと思います。
それは、まちがいではありません。僕の2頭も、仕事中は本当にまじめです。
でも、ハーネスを外したあとの姿は、1頭ずつ、まったく違います。
人にそれぞれ性格があるのと同じです。シャイな子もいれば、大胆な子もいます。食いしん坊もいれば、甘えん坊もいます。
同じように訓練を受けた犬たちなのに、中身はびっくりするほどバラバラです。
「盲導犬」とひとまとめにして呼んでいるあいだは見えなかったその違いを、僕はデネブとシュクレという2頭の相棒と毎日くらす中で、何度も笑いながら教わることになりました。
まずは、1頭目のデネブです。
デネブをひとことで言うと、とびきりのシャイでした。
僕がデネブの目を見ます。すると、すっと顔をそむけます。「ねえ、こっち見て」とのぞき込むと、ふいっと横を向きます。
目が合いそうになると、デネブはいつも「にげる」を選びました。
つまり、照れくさくて、目を合わせるのが苦手だった、ということです。
「いや、目そらさないでよ」。このやりとりを、何回やったか分かりません。毎回、僕の負けです。
仕事中は、きりっとしていて、たのもしい。それなのに、仕事が終わると、急に照れ屋になる。落ち着いていて、ひかえめで、どこか職人のような子でした。
目を合わせるのは苦手なのに、いざ歩きだすと、ハーネスを通して体ごと僕にあずけてくれるデネブとのあいだには、言葉にしなくても伝わる、静かであたたかい信頼がたしかにありました。
そんなシャイなデネブですが、食べることだけは別でした。大の食いしん坊です。
夕ごはんの1時間前になると、デネブの視線が変わります。
「まだ?」「もう時間でしょ?」。そう言いたそうな目で、じーっと僕を見てきます。
いつもは目をそらすくせに、ごはんの前だけは、まっすぐ見てくる。分かりやすい子です。
8歳、9歳の頃になると、さいそくはもっと強くなりました。
ごはんの前に、鼻を鳴らすのです。「ピー、ピー、ピー」と。
これが、なかなかしつこい。「はいはい、今あげるよ」と、こちらが笑ってしまいます。
それから、デネブはケージの中で、よく変な顔をしていました。なんとも言えない、ゆるい、気の抜けた顔です。
仕事中のきりっとした顔からは想像もつかないその顔を見るたびに、僕の肩からは力が抜けていきましたし、今でも耳の奥には、あの「ピー、ピー、ピー」がはっきり残っています。
ここからは、2頭目のシュクレです。
初めて会う前に、訓練士さんからこう聞いていました。
「シュクレは、ちょっと繊細な子です」
そうか、繊細なのか。それなら、ゆっくり時間をかけて仲良くなろう。僕はそう決めて、会いに行きました。
デネブがシャイだったので、「次の子も、きっと慎重なんだろうな」と、勝手に思っていたのです。
そして、初めて顔を合わせた、そのとき。
シュクレは、その場を元気に走り回りました。それから、いきなり、おなかを上にしてゴロン。へそ天です。
どこが繊細なんだ。
僕の計画は、会って数秒でゲームオーバーでした。
つまり、「ゆっくり仲良くなろう」という心の準備は、まったくいらなかった、ということです。
初めて会った僕に、体ぜんぶで「よろしく!」と言ってくるシュクレを前にして、僕は訓練士さんに「あの、繊細って、何の話でしたっけ」と聞き返したくなるのを、なんとかこらえていました。
そんな大胆なシュクレですが、ハーネスをつけると、別の犬のようにまじめになります。
僕の合図をよく確かめて、集中して歩いてくれます。
ほめると、「当然です」という顔をします。その得意そうなところが、またかわいいのです。
ちなみに、シュクレという名前は、フランス語で「砂糖」「甘い」という意味です。甘えん坊の性格に、ぴったりです。
僕の講演のほとんどに、シュクレも一緒に行きます。
では、講演中のシュクレは何をしているのか。僕の足もとで、ぐっすり寝ています。僕が前で一生けんめい話している、そのすぐ横で、です。
でも、あれはシュクレの回復の時間です。
つまり、休めるときにしっかり休めるのは、盲導犬としてとても良いことだ、ということです。
子どもたちに「シュクレ、今ね、寝てるんだよ」と教えると、会場から「かわいー!」という声が上がり、その声でシュクレが「え、何の話?」という顔でむくっと起きて、会場じゅうがどっと笑う。あの時間が、僕は大好きです。
僕の話より、ウケています。
目をそらすデネブと、おなかを見せるシュクレ。「ピー、ピー、ピー」と鳴くデネブと、講演中にぐっすり寝るシュクレ。ならべてみると、みごとに正反対です。
正直に言います。シュクレを迎えたばかりの頃、僕は心のどこかで、2頭を比べそうになっていました。
「デネブは、こうだったな」「あの子は、こんなふうじゃなかったな」
でも、シュクレは、デネブではありません。シュクレには、シュクレだけの良さがあります。
それに気づいてから、僕はシュクレのことを、シュクレとして、まるごと好きになれました。
デネブが教えてくれたのは、静かにそばにいるやさしさ。シュクレが教えてくれたのは、体ぜんぶで心を開く大胆さ。どちらが上でも下でもありません。
これは、盲導犬だけの話ではありませんでした。僕を支えてくれるガイドの仲間も、応援してくれる人たちも、性格も、得意なことも、関わり方も、みんな違います。
誰かと誰かを比べているあいだは目の前の相手の本当の良さが見えなくて、比べるのをやめたとたんにその人だけ、その子だけのいとおしさがちゃんと見えてくるのだということを、正反対の2頭は、いちばんやわらかい形で僕に教えてくれました。
そして、2頭に同じだったことが、ひとつだけあります。見えにくい僕を、毎日まっすぐ前へ連れていってくれたこと。そこだけは、まったく同じでした。
もしあなたが、これから街で盲導犬を見かけたら、ひとつだけ思い出してほしいことがあります。
ハーネスをつけて静かに歩いているその子にも、家に帰れば、こんな素顔があるということです。
目をそらす子かもしれない。へそ天で甘える子かもしれない。ごはんの前に「ピー、ピー、ピー」と鳴く子かもしれない。
ただ、仕事中の盲導犬は、ユーザーの命をあずかって、集中して働いています。
この3つを、そっとがまんしてもらえると助かります。
「お仕事、がんばってるね」と心の中で応援してもらえたら、それがいちばんのやさしさです。
盲導犬は、道具ではありません。命があって、性格があって、笑えるクセもある相棒です。
比べなくていい。違うからこそ、かけがえがない。デネブとシュクレからもらったその気づきは、盲導犬のことだけでなく、あなたのまわりにいる大切な誰かのことを思い浮かべるときにも、きっと役に立つと思います。
今日も僕は、シュクレと一緒に、前を向いて歩いていきます。
「視覚障害B2の生活」「IRONMAN サブ11挑戦」「1ミリの行動」「気合いより1ミリ」をテーマに、講演を続けています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
📧 つなひろワールドへお問い合わせ中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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デネブとシュクレと歩いてきた日々を、YouTubeで1話ずつ動画にしています。
RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、1ミリの行動を続ける人