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📅 2026.10.26 | 著者:中澤隆(なかざわ りゅう)/視覚障害B2のパラトライアスリート
🌱 視覚障害

盲導犬と大学に通った日々|授業のあいだ、デネブは僕の足元にいた

⏱ 約6分で読めます(3,112字)
いまの相棒・盲導犬シュクレと過ごす中澤隆

「がんばれ」と言われるより、ただ、となりにいてほしい日はありませんか。

僕には、ありました。30代の、大学生のころです。

もしあなたが、盲導犬と一緒に学校へ通うことを考えているなら。

もしあなたが、盲導犬を連れた学生を、教室に迎える先生なら。

もしあなたが、いま、抱えるものが多すぎて手が足りないなら。

この記事は、そんなあなたに向けて書きます。

こんにちは。中澤隆(なかざわ りゅう)です。

視覚障害のB2(ビーツー)というクラスで、パラトライアスロンをしています。いまは、2頭目の盲導犬シュクレと暮らしています。

今日は、1頭目の盲導犬、デネブの話です。

出会いから引退までの物語は、前に別の記事で書きました。今日は、もっとせまい話をします。

デネブと、毎日、大学に通っていた。授業のあいだ、デネブは僕の足元にいた。

それだけの話です。

📖 この記事の目次
  1. 30代の大学生は、いつもぎりぎりだった
  2. 大学3年のとき、デネブが来た
  3. 朝も、帰りも、授業のあいだも
  4. デネブは「がんばれ」と言わない
  5. 行く場所と、そこまで安全に行く方法
  6. 教室に盲導犬がいたら
  7. となりにいてくれる誰かがいる、あなたへ

30代の大学生は、いつもぎりぎりだった

僕は31歳で、13年勤めた会社を離れました。緑内障で、図面が読めなくなったからです。

そのあと、筑波技術大学に入りました。人生で初めての大学です。

めざしたのは、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師の国家資格でした。見えにくくなっても、自分の手でできる仕事を持ちたかったからです。

同級生は、みんな年下でした。

単位を1つ落とすと、留年です。

目は、少しずつ見えにくくなっていきます。

卒業したら、国家試験が待っています。

しかも、大学に入る前に始めたトライアスロンも、やめていません。

……抱えすぎです。

でも、どれも自分で選んだことでした。誰のせいにもできません。

回復する前に、次の敵が出てくる。そんな毎日でした。

つまり、ひと息つくひまもなく、次の課題がやってきた、ということです。

勉強と、試験の準備と、練習と、変わっていく目のことを、両手にいっぺんに持って歩いているようで、何かひとつ落としたら全部こぼれてしまいそうな毎日でした。


大学3年のとき、デネブが来た

もうひとつ、困っていたことがあります。

外を歩くのが、こわかったんです。

駅のホームから、落ちそうになったことがありました。

もっと安心して、安全に歩きたい。盲導犬と暮らそうと決めた理由は、それだけです。

大学3年のとき、訓練センターでデネブを迎えました。

おとなしくて、かわいい子でした。

そして、とてもシャイでした。目を見ると、必ずそらします。

ところが、夕ごはんの1時間前になると、じっとこっちを見てきます。そのときだけは、そらしません。分かりやすい子です。

ケージの中で、よく変な顔もしていました。

盲導犬と歩くのは、僕も初めてでした。

訓練を積んできたのは、デネブのほうです。教わるのは、僕のほうでした。

目を合わせてくれないシャイな犬と、犬と暮らしたことのない30代の大学生が、その日から一緒に寝起きして、同じ道を歩くことになりました。


朝も、帰りも、授業のあいだも

ここからが、今日いちばん書きたかったことです。

朝、デネブと家を出ます。

デネブと、大学へ向かいます。

教室に入って、席につきます。

授業のあいだ、デネブは僕の足元にいました。

授業が終わると、またデネブと帰ります。

これが、毎日でした。

雨の日も、試験の前の日も、同じです。デネブは「今日は休みます」とは言いません。だから僕も、休めません。……いい相棒です。

教室で何か特別なことが起きた、という話は書けません。記録に残っているのは、「足元にいた」ということだけだからです。

でも、僕にはそれがいちばん大事でした。

先生の話を聞いて、読みにくい教科書と向き合っているあいだ、机の下にはいつも同じ気配があって、それは昨日も今日も、たぶん明日も変わらないんだと思えることが、あのころの僕を落ち着かせてくれました。


デネブは「がんばれ」と言わない

当たり前のことを書きます。

デネブは、しゃべりません。

「がんばれ」も、「大丈夫だよ」も、言いません。

単位のことも、国家試験のことも、僕の目のことも、デネブは知りません。

たぶん、夕ごはんまであと何時間か、のほうが大事です。

デネブの仕事は、2つでした。

僕を、安全に歩かせること。

そして、毎日そこにいること。

僕にとってデネブは、セーブのできる場所でした。

つまり、そこに戻ればひと息つける、安心できる相手だった、ということです。

疲れているときに人が本当にほしいのは、立派な助言でも強い励ましでもなくて、昨日と同じ場所に今日もいてくれる誰かなのかもしれないと、僕は足元の犬から教わりました。


行く場所と、そこまで安全に行く方法

会社を離れたころ、僕には、朝起きても行く場所がありませんでした。

あのころほしかったのは、いい言葉ではなかったと思います。

ほしかったのは、2つです。

むずかしいものでは、ありません。でも、この2つがなかったころの僕は、朝、布団から出る理由を見つけられませんでした。

出かけていく先は、大学が用意してくれました。

無事に着くための足は、デネブが引き受けてくれました。

この2つがそろって、僕はやっと、毎朝ちゃんと家を出て、夕方ちゃんと帰ってこられるようになりました。

結果も書いておきます。

留年はしませんでした。4年で卒業しました。

国家試験は、あん摩マッサージ指圧師に受かりました。はり師ときゅう師は、落ちました。正直に書きます。

それでも、ゲームオーバーではありませんでした。

つまり、落ちた試験があっても、そこで僕の道が終わったわけではない、ということです。

あの4年間を通りぬけられたのは、僕のがんばりだけではなくて、毎朝待っていてくれる教室と、そこまで一緒に歩いてくれる1頭がいたからだと、いまは思っています。


教室に盲導犬がいたら

ここは、盲導犬を迎える学校の方へ。

先に、おことわりです。受け入れの手続きや決まりは、学校や、盲導犬の協会によって違うと思います。だから、ここには書きません。

書けるのは、盲導犬と教室に通っていた本人としてのお願いだけです。

冷たくしたいわけではありません。安全のためです。

足元でおとなしくしているのは、それが仕事だからです。そっとしておいてもらえることが、いちばん助かります。

いま、僕はシュクレと一緒に、学校へ講演に行っています。

今度は学生ではなく、前で話す側です。シュクレは、僕が話しているあいだ、ぐっすり寝ています。

足元にいる犬も、教室での僕の役目も変わりましたが、盲導犬と一緒に学校の門をくぐって、足元に相棒を感じながら過ごすという形は、大学3年のあの日からずっと続いています。


となりにいてくれる誰かがいる、あなたへ

デネブとは、約8年、一緒にいました。

その間、励ましの言葉は、ひとつももらっていません。

となりに、いてくれただけです。

いまは引退して、子犬のころに育ててくれた家庭で暮らしています。14歳のおじいちゃんです。いまも、会いに行きます。

あなたにも、そういう相手がいるかもしれません。特別なことは言わないけれど、いつもそこにいる人。あるいは、犬や猫。

そして、あなた自身が、誰かにとっての「となりにいる人」かもしれません。

うまい言葉を、探さなくて大丈夫です。

明日もそこにいる。それだけで、もう助けになっています。

見えなくなっていく世界の中で、支えられながら挑み続ける。その旅を、仲間と一緒に。

授業のあいだ足元にいてくれた1頭のことを思い出すたびに、僕は、誰かのとなりにただいるということが、どれだけ大きな仕事なのかを思います。


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最後まで読んでくれて、ありがとうございます

中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。

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✍️ この記事を書いた人

中澤 隆(なかざわ りゅう)/視覚障害B2クラスのパラトライアスリート・講演家。18歳から電気工事の現場監督として働き、27歳のときに緑内障と診断されました。31歳でトライアスロンを始め、IRONMANは2024年に13時間14分17秒(PCクラス3位)、2026年9月のIRONMAN JAPANみなみ北海道を14時間43分54秒(PCクラス2位)で完走。盲導犬シュクレと暮らしながら、学校・企業・自治体で講演を続けています。

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