初めての場所に行く前の夜。少し、そわそわしませんか。
道に迷わないかな。時間に間に合うかな。出口はどっちだろう。
僕は、毎回そわそわします。
僕は中澤隆(なかざわ りゅう)です。視覚障害のB2というクラスで、パラトライアスロンをしています。盲導犬のシュクレと暮らしています。
B2は、目の前のものはぼんやり分かるけれど、看板の文字を読んだり、遠くの目印を見つけたりするのが、とてもむずかしい見え方です。
そして僕は、年に50回ほど、全国の学校や企業へ講演に行きます。
初めての駅、初めての学校、初めてのホテルだらけです。
今日は、そんな僕が、初めての場所にどうやってたどり着いているのかを書きます。気合いの話ではありません。誰でもまねできる、段取りの話です。
目の見える人なら、初めての駅でも、看板を見て出口を探せます。地図を見て方角をつかめます。目印の建物を見つけて、歩いていけます。
僕には、そのどれもがむずかしいです。
看板の文字は、読めません。「出口はこちら」の矢印も、見えません。
目印になるはずの大きな建物も、ぼんやりとしか分かりません。
初めての駅に降りた僕は、毎回レベル1です。
つまり、その場所について、ほとんど何も知らない状態から始まる、ということです。
では、どうするか。
答えは、はっきりしています。出かける前の準備が、ほとんど全部です。
現場で気合いを入れて、なんとかする。それは、僕にはできません。
だから僕は、家を出る前に、道具と言葉と人の力を借りて、頭の中に1枚の地図を先に作っておき、当日はその地図をたしかめながら歩くようにしています。
いちばん頼りにしているのは、Googleマップの「ライブビュー」です。
スマホのカメラに映った景色の上に、進む方向の矢印を重ねて出してくれる機能です。
使い方は、かんたんです。
こまかい地図の文字は、僕には読めません。
でも、スマホを顔のすぐ近くまで寄せれば、大きな矢印は分かります。
「矢印のほうへ進む」。それだけなら、僕にもできます。
全部を見ようとしなくていい。次の1歩の方向だけ分かればいいのです。
昔は、ちがいました。
「駅を出て、まっすぐ何メートル。2つ目の角を右」と、道順を全部言葉で覚えてから出かけていました。少しでもずれると、もう自分がどこにいるのか分かりません。
盲導犬のシュクレと、このスマホの矢印がそろったことで、僕は初めての場所にも自分の足で行けるようになり、それは少し前の僕には想像もできなかったことでした。
道具と同じくらい大事な準備が、もうひとつあります。人にたよることです。
講演の主催者の方には、前もって、かならずこう聞きます。
僕の経験では、9割以上の方が、こころよく迎えに来てくださいます。
駅で合流できれば、いちばんむずかしい「初めての道」を、まるごとお任せできます。
以前の僕にとって、人に頼むことはラスボスでした。
つまり、いちばん苦手で、いちばん避けたかったことだ、ということです。
でも、たよるのは、悪いことでも、はずかしいことでもありませんでした。
駅から会場まで、いっしょに10分ほど歩きます。
「今日はありがとうございます」「どんな学校ですか」「生徒たち、楽しみにしていますよ」
そんな話をしているうちに、講演が始まる前から、もうおたがいの気持ちがあたたまっていて、迷いながらやっと着くよりも、ずっといい形で本番を始められるのです。
電車の移動で、前もって確認するのは、3つだけです。
これをiPhoneのメモに書いておきます。そして家を出る前に、音声の読み上げで聞きます。
僕は、画面の文字を読むより、耳で聞くほうが速くてたしかです。だからメモは、目で読むためではなく、耳で聞くために書いています。
本当は、もっとたくさんの情報があります。何番線か。どの車両が乗りかえに近いか。
でも、全部覚えようとすると、頭がパンクします。
だから「出る・乗りかえる・着く」の3つだけ。
北口か南口か。改札はどこか。そういう駅のこまかいつくりは、覚えません。
駅員さんに聞けばいいからです。
改札で「ホームまでお願いします」と伝えると、駅員さんが案内してくれます。
覚えることを3つにしぼって、あとはその場で人に聞くと割りきってしまうのが、見えにくい僕にとって、いちばんすり減らない移動のしかたです。
ここまでが、予習です。
当日は、頭の中の地図を、現場でたしかめながら直していきます。
予習だけでは、実際とのずれがうまりません。予習なしの本番は、こわすぎます。両方を重ねるから、安心して動けます。
ここで、シュクレの力が大きいです。
シュクレは、障害物をよけてくれます。段差や階段の手前で止まって、教えてくれます。
スマホの矢印が「方向」を教えてくれるなら、シュクレは「足もとの安全」を守ってくれます。
僕は、駅員さんや主催者の方やシュクレやスマホの矢印という、たくさんの支えの輪の中を歩かせてもらっているのだと、初めての場所に着くたびに思います。
会場に着いたら、講演が始まる前に、かならずもう1周、歩いてたしかめます。
一度、自分の足で歩く。手でさわる。
これは、会場の中でセーブをしておくようなものです。
つまり、どこに何があるかを、本番の前に体に覚えさせておく、ということです。
そうすれば、話している途中でも、迷いません。水を取るときも、体が場所を覚えています。
なぜ、ここまでするのか。
聞いてくれる人に、安心してほしいからです。
話す人がステージの上でウロウロしていたら、聞いている人は、ハラハラします。「この人、だいじょうぶかな」と。
僕が前もって自分の迷いをなくしておけば、聞いてくれる人は僕の目のことを心配せずに、話の中身だけに集中できるので、段取りは自分のためだけでなく、目の前の人のためのものでもあるのです。
正直に言うと、どれだけ準備しても、初めての場所では気を張ります。
でも、いいこともあります。
一度しっかり地図を作った場所は、2回目、3回目になると、ぐっと楽になります。
「ああ、ここは知っている」。その感じが、僕には何よりの安心です。
何度も通った大きな駅は、つくりをだいぶ覚えました。よく使う空港も、出発までの流れが体に入っています。
講演先は毎回ちがいます。でも、「駅で合流して、会場へ歩いて、もう1周する」という流れは、いつも同じです。
迷ったことも、たくさんあります。
曲がる角をまちがえて、見当ちがいの方向へ進んだこと。出口をまちがえて、駅の反対側に出たこと。
……準備の話をえらそうに書いておいて、これです。
でも、迷ってもゲームオーバーではありません。
つまり、一度まちがえても、そこで終わりではなく、次に生かせる、ということです。
「あそこはまちがえやすいから、次は駅員さんに念を押して聞こう」。
そうやって「初めて」をひとつずつ「2回目」に変えていくことが、行ける場所を増やし、そのまま僕の自由を増やしていくことになります。
この「頭の中の地図」は、見えにくい人だけのものではありません。
初めての場所に行くとき、よかったら試してみてください。
これだけで、初めての場所のこわさは、ぐっと減ります。
僕は今日も、初めての場所へ向かいます。
シュクレといっしょに。スマホの矢印をたよりに。駅員さんや主催者の方に支えられて。
見えにくくても、僕は行きたい場所に行けます。特別な力があるからではありません。段取りをして、たくさんの人にたよってきたからです。
初めての場所は誰にとっても少しこわいものですが、頭の中に地図をひとつ作るたびに、世界はまた少しやさしくなってくれます。
あなたの次の「初めて」が、無事に「2回目」に変わりますように。
「視覚障害B2の生活」「IRONMAN サブ11挑戦」「1ミリの行動」「気合いより1ミリ」をテーマに、講演を続けています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
📧 つなひろワールドへお問い合わせ中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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緑内障の診断からIRONMAN完走までを、16分の動画にまとめました。
RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、1ミリの行動を続ける人