鍵がない。出かける時間は、せまっている。あちこち探しても見つからなくて、心臓がドキドキしてくる。
やっと見つけた頃には、まだ家を出てもいないのに、もうぐったり。そんな朝、ありませんか。
もしあなたが、毎朝のように「あれ、どこに置いたっけ?」と家の中を歩き回っているなら。
もしあなたが、「もう、探し物でつかれたくない」と思っているなら。この記事は、あなたに向けて書きました。
僕は中澤隆(なかざわ りゅう)です。視覚障害のB2というクラスで、パラトライアスロンをしています。盲導犬のシュクレと暮らしながら、年に50回前後、学校や会社で講演もしています。
昔の僕は、毎朝、冒頭のとおりでした。今は、ほとんど探しません。
今日は、僕が家の中で続けている、5つの定位置ルールを書きます。目が見える方にも、そのまま使えます。
目が見える方なら、物がどこかにまぎれても、部屋をぐるっと見わたせば終わりです。数秒の話です。
でも、僕には、その「見わたす」ができません。
手で、記憶で、ひとつずつたしかめていくしかない。ひとつの物を見つけるのに、何倍もの時間がかかります。
探し物は、朝いちばんに僕のHPをけずってくる敵でした。
つまり、家を出る前に、もう気持ちがつかれきってしまう、ということです。
これは「不便だな」では、すみませんでした。
朝に練習を入れている日。講演に向かう日。そのスタートでつかれてしまうと、その日1日のぜんぶにひびきます。
だから僕は、あるとき決めました。
気合いで早く見つけようとするのをやめて、そもそも探さなくていい仕組みを先に作ってしまおう、と。僕がずっと大切にしている「気合いより段取り」の、家の中バージョンです。
5つのルールの土台が、これです。すべての物に、置き場所を「1つだけ」決めます。
「だいたい、このへん」ではなく、「ここ」と1点に決めます。決めたら、ほかの場所には置きません。
いちばんダメなのが、「とりあえず、ここ」です。
今日はテーブルの上。明日は棚の手前。その次はカバンの中。
目が見える方にとっての「とりあえず置き」は、僕にとっては「行方不明にする」と、ほぼ同じ意味です。自分で置いて、自分で行方不明にしている。犯人は僕です。
おしゃれに片づける必要はなくて、手をのばしたときに迷わずそこにあるかどうか、ただそれだけを基準にして物の数だけ場所を決めていくと、探し物の大半はそれだけで消えていきます。
置き場所を決めるときのコツがあります。その物を使う場所の、すぐ近くにすることです。
「使う場所」と「しまう場所」を、できるだけ重ねます。
理由はかんたんです。使う場所から遠い置き場所は、必ずくずれます。
台所で使う物の置き場所を別の部屋にすると、人はどうしても「めんどうだから、いったんここに」とやってしまいます。その「いったん」が、ルールをこわします。
がんばって毎回きちんと片づけるのではなく、使い終わった手をほとんど動かさずに戻せるくらい近くに最初から場所を作っておけば、片づけるという仕事そのものが、ほとんどいらなくなります。
僕はこれを、「片づけないための仕組み」と呼んでいます。
ここからは、見えにくい僕ならではの工夫です。
目が見えれば、見た目ですぐに区別できます。でも僕は、見た目にたよれません。
だから、指でさわれば違いが分かるように、先に仕込んでおきます。
僕の指は、たぶん、みなさんが思っているよりずっと敏感です。
小さなシール1枚。ボトルの形の、わずかな違い。「そんな小さな差で?」と思うようなものでも、指はちゃんと拾います。
「見てたしかめる」を「さわってたしかめる」に置きかえるために、物のほうをほんの少しだけ見分けやすくしておくと、僕はもう探したり迷ったりせずに、ほしい物をまっすぐ手に取れるようになります。
誰かと一緒に暮らしているなら、このルールがとても大事です。決めた置き場所を、家族にも伝えます。
これは、身をもって学びました。
家族は、よかれと思って物を動かしてくれます。「ここに置いてあったから、片づけておいたよ」。気づかいとしては、本当にありがたい。
でも、僕にとっては、決めた場所から物が消えると、それだけで小さな迷子事件です。迷子になるのは、物ではなく僕のほうです。
だから、妻と何度も話し合いました。鍵はここ。白杖はここ。よく使う日用品はここ。
僕だけが知っているルールではなく、2人で決めて、2人で守るルールにしました。
これは、家族にわがままを通す話ではありません。家族にとっても「どこに戻せばいいか」がはっきりするので、かえって楽になります。
支えてもらう前に、まず自分のほうの段取りを相手に伝えておくことで、僕は家の中を自分の力で安心して動けるようになり、妻も迷わずにすむのだから、これはおたがいのための仕組みです。
最後は、決めた置き場所を「保つ」ためのルールです。
置き場所は、暮らしが少し変わるだけで、かんたんにくずれます。新しい物が増えた。いそがしい日が続いた。それだけで、「あれ、最近これ、場所が決まってないな」という物が出てきます。
だから僕は、月に1回、点検の時間を作っています。
かかる時間は、10分ほどです。
この点検は、セーブのようなものです。
つまり、大きくくずれる前に、うまくいっている状態へ戻して、そこからまた始められるようにしておく、ということです。
置き場所は、決めるのは1日でできても、保ちつづけるほうは何倍もむずかしいので、やる気にたよらず、「月に1回、10分」という予定にしてしまうのが、いちばん長続きします。
ここまで僕の生活の工夫として書いてきました。でも、この5つは、目が見える方にも、そのまま使えます。
思い当たることはありませんか。いつも鍵を探している。リモコンがどこかへ消える。ハサミや爪切りが、使いたいときにかぎって見つからない。
探し物がけずるのは、時間だけではありません。出かける前のイライラ。見つからないあせり。あれが積み重なると、1日の気分まで変わります。
この5つは、もともと「見る力にたよらずに、物にたどり着くための仕組み」です。だから、見る力がある人には、もっと楽に効きます。手ざわりの目印は、暗い部屋や、急いでいるときに助けになります。
不便の中から生まれた僕の小さな工夫が、目が見える誰かの朝を少しだけ楽にするかもしれないと思うと、それは僕にとって本当にうれしいことで、だからこうして書いています。
いきなり5つぜんぶやろうとしなくて大丈夫です。むしろ、ぜんぶを一度にやると、たいてい続きません。
最初は、レベル1でいいのです。
つまり、いちばんよく探している物を1つだけ選んで、その置き場所を今日1つだけ決めれば十分、ということです。
鍵でもいい。リモコンでもいい。「これ、いつも探してるな」という物を、1つだけ。
それだけで、明日のあなたは、その物を探さずにすみます。探さずにすんだ分の時間と元気は、あなたの大事な何かに回せます。
もし誰かと暮らしているなら、その置き場所を、一緒に暮らす人にも伝えてみてください。
見えにくい僕でも探し物をほとんどなくせたのだから、あなたにもきっとできますし、誰かと声をかけ合いながら整えていく暮らしは、それだけで毎日を少しあたたかくしてくれます。
あなたの今日の1ミリを、応援しています。
「視覚障害B2の生活」「IRONMAN サブ11挑戦」「1ミリの行動」「気合いより1ミリ」をテーマに、講演を続けています。学校・企業・自治体問わず、対応可能です。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
📧 つなひろワールドへお問い合わせ中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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緑内障の診断からIRONMAN完走までを、16分の動画にまとめました。
RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、1ミリの行動を続ける人