もしあなたが、街で盲導犬を見かけて「あの子、どんな性格なんだろう」と思ったことがあるなら。
もしあなたが、まじめにがんばりすぎて、休むのが下手なら。
この記事は、あなたのためのものです。
僕は中澤隆(なかざわ りゅう)です。視覚障害B2クラスのパラトライアスリートで、講演もしています。2022年から、2頭目の盲導犬シュクレと暮らしています。
今日は、そのシュクレの素顔の話です。
仕事中は、どや顔の働き者。でも講演中は、ぐっすり寝ています。
シュクレと初めて会ったのは、1頭目の盲導犬デネブが引退する日でした。
デネブを「お疲れさま」と送り出した、その同じ日です。場所は、訓練センター。
デネブは、へそ天なんてしない、武士のようにまじめな子でした。正直、その日は悲しい気持ちのほうが大きかった。
対面の前に、訓練士さんからこう聞いていました。
「シュクレは、ちょっと繊細な子です」
緊張しやすいのかな。ゆっくり距離を縮めよう。
僕は、ラスボスに会うくらいの気持ちで身構えていました。
つまり、いちばん気をつかう相手だと思いこんでいた、ということ。
ところが、です。
初対面のシュクレは、部屋の中を駆け回りました。そして僕の前で、ごろん。おなかを上にして、へそ天です。
「……どこが繊細だよ!」
と、僕は心の中でツッコみました。
デネブを見送った悲しさと、シュクレに会えたうれしさが同じ一日に重なった、あの気持ちの振れ幅を、僕は今でもはっきり覚えています。
「シュクレ」は、フランス語です。意味は「砂糖」「甘い」。
だから僕は、ときどきこう呼びます。「シュークリームちゃん」。
名前のとおり、本当に甘えん坊です。
仕事を離れると、とことん甘えてくる。「なでて」と言わんばかりに、すり寄ってくる。
講演で「相棒のシュクレです」と紹介すると、会場から「かわいい名前ですね」という声が聞こえてきて、まだ僕が何も話していないのに、名前の響きだけで空気がふわっとやわらかくなるのが分かります。
名前ひとつで、その子の性格まで伝わる。誰が付けたのか、センスがいいなと思います。
盲導犬には、ハーネスという胴輪があります。
これを背中に着けると、シュクレにスイッチが入ります。「さあ、仕事だ」。
段差の手前で止まる。曲がり角を教える。障害物をよける。人混みでも、僕を守るように歩く。よそ見もしません。
さっきまで甘えていた子と、同じ犬とは思えません。
ハーネスを着けた瞬間、シュクレのレベルが一気に上がる。
つまり、甘えん坊が、頼れるプロの顔に切り替わる、ということ。
上手にできたときに「えらいね、シュクレ」とほめると、どや顔をしているのが伝わってきます。「えへん、当然です」という顔です。
盲導犬は、言うことを聞くだけの犬ではありません。信頼で結ばれた、対等な相棒です。
朝、ハーネスを着けるとき、シュクレはしっぽを振ります。仕事を終えて外すときも、またしっぽを振ります。
「今日も一緒に行こうね」と「お疲れさま、がんばったね」という、朝と夕方のこの小さなやりとりが、僕とシュクレの毎日を、静かに支えてくれています。
では、ハーネスを外すとどうなるか。
だらしないくらい、ゆるみます。
仰向けにひっくり返って、手足を投げ出して、ぐにゃぐにゃ。へそ天です。
僕は目で見ることはできません。でも、触れば分かります。
さっきまで僕を背中で守っていた相棒が、今はただの甘えん坊。その落差が、たまらなく愛おしいんです。
ある日、気づきました。シュクレは、オフにちゃんと休めるから、オンにあれだけ集中できるんだ、と。
へそ天の時間は、シュクレの回復の時間です。
つまり、次にハーネスを着けたとき、また全力で僕を守るための準備、ということ。
休むことも、仕事のうち。一日じゅうハーネスを着けたままだったら、どんなに優秀な盲導犬でも、あのまじめさはきっと続かないでしょう。
もしかしたら「繊細」というのは、気を張る時間とゆるめる時間を、自分で上手に使い分けられる子、という意味だったのかもしれないと、今は思っています。
講演に、シュクレを連れて行くことがあります。
シュクレが会場に入ると、それだけで空気がやわらかくなります。
僕には、子どもたちの顔は見えません。でも、あちこちから上がる「わあ!」「かわいー!」の声で、みんなが笑顔になっているのが分かります。
目が見えにくい人が来た、どう接したらいいんだろう、という子どもたちの小さな固さを、僕がまだひとことも話さないうちに、シュクレが先にほどいてくれるんです。
ところが、講演が始まると。
シュクレは、僕の足元で丸くなって、すやすや寝はじめます。
僕が熱く話している、その足元で。寝息を立てて。
子どもたちは「あれ?動かないの?」と不思議そうです。そこで僕は言います。
「今、シュクレは寝ているように見えますよね。でも、これもお仕事なんです。静かに、僕のそばで待っていてくれている」
盲導犬は、むやみに動いたり吠えたりせず、落ち着いて待つことも大事な役割です。
すると子どもたちは、寝ているシュクレを、さっきとは少し違う目で見てくれます。静かな姿にも、ちゃんと意味がある。目立つことだけが立派なわけじゃない。
かわいさから入って、大切さを知ってもらう。シュクレと一緒の講演だから、できる伝え方です。
聞きに来てくださった方から「シュクレちゃん、ずっと気持ちよさそうに寝てましたね」と声をかけられることもあります。
「はい、僕の話より、お昼寝のほうが大事みたいで」と返すと、会場があたたかい笑いに包まれます。
講演が終わると、状況が一変します。
「シュクレに会いたい!」「近くで見たい!」。子どもたちが寄ってきます。
さっきまで寝ていたのが嘘のように、主役はシュクレ。僕の話より人気かもしれません。……ちょっと複雑です。
ここで、子どもたちにお願いをします。
「お仕事中の盲導犬には、急に触らないでね。びっくりすると、お仕事ができなくなっちゃうから」
子どもたちは、ちゃんと我慢してくれます。そして僕が「今はいいよ」と言ったときの、あのうれしそうな声。
我慢することも、相手を思いやることも、シュクレが子どもたちに教えてくれているのだと思います。
それから、シュクレは出かけるときに服を着ています。おしゃれや寒さよけではありません。毛が落ちないようにするための、マナーの装備です。
電車にも、お店にも、病院にも一緒に入れるのは、まわりの人が受け入れてくれているからで、服はその気持ちに応えるための、僕たちからの小さな約束なんです。
シュクレも「これも仕事の一部だね」という顔で、ちゃんと着てくれます。
へそ天で寝て、講演中もぐっすり。ただのマイペースな犬に見えるかもしれません。
でも、犬にとっておなかは急所だそうです。そのおなかを見せて眠るのは、安心しきっている証拠。
シュクレは、出会ったその日から、僕の前でおなかを見せてくれていました。
知らない会場、たくさんの人、マイクから響く僕の声。落ち着かないはずの場所で眠れるのは、「この人のそばなら大丈夫」と、シュクレが僕を信じてくれているからです。
そして僕も、シュクレの仕事ぶりを信じているから、安心して身をあずけて歩けます。
気持ちは、言葉がなくても通い合います。僕が無理をしていれば、きっとシュクレにも伝わる。僕が落ち着いていれば、シュクレも安心してくれる。
ゆるく見える関係ほど、実は深い信頼で結ばれているのだと、足元の寝息を聞くたびに、僕は講演の最中にふと胸が熱くなります。
シュクレのオンとオフを毎日見ているうちに、僕も変わりました。
休む時間を、先に決めるようになったんです。
持久系のアスリートにとって、回復こそが力です。体は、練習で刺激を入れて、休んでいるあいだに強くなります。
だから今は、予定を組むとき、まず休む時間をカレンダーに置きます。そのあとで、空いたところに練習や講演を入れる。順番を逆にしない。
休む時間は、カレンダーの中のセーブポイントです。
つまり、どんなに忙しくても、そこで必ず立ち止まって整える場所、ということ。
昔の僕は、「休む=サボり」だと、どこかで思っていました。でも、へそ天のシュクレを見て「サボってるな」と思う人はいないでしょう。
もしあなたが今、気を張りつめて疲れているなら。一日のどこかに、ハーネスを外す時間を作ってみてください。
心の中だけでいいんです。おなかを見せて、力を抜く時間。
それはサボりではなく、明日またあなたが大切な何かに向き合うための、ちゃんとした準備なのだと、僕は相棒から毎日教わっています。
がんばるときは、どや顔でがんばる。休むときは、とことんゆるむ。
シュクレは今日も、ハーネスを着ければまじめに僕を守り、外せばへそ天で甘えてきます。
見えなくなっていく世界の中で、支えられながら挑み続ける。その旅を、仲間と一緒に。
甘い名前の相棒からの、ちょっとした処方箋でした。
デネブとシュクレと歩いてきた日々を、YouTubeで1話ずつ動画にしています。
視覚障害B2のパラトライアスリート・中澤隆が、学校・企業・自治体向けに講演を続けています。盲導犬シュクレも一緒に伺うことができます。
📧 つなひろワールドへお問い合わせ僕が視覚障害になってから今日までの道のりを、16分の動画にまとめています。文章より、声のほうが届く日もあると思うから。よかったら、そばに置いておいてください。
中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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視覚障害B2のパラトライアスリート・中澤隆が、盲導犬シュクレと一緒に学校・企業で講演しています。
テーマ:「挑戦」「障害理解」「盲導犬と歩む人生」「ダイバーシティ」
子どもたちが「シュクレに会えた!」と喜ぶ、温かい講演をお届けします。
シュクレと出会えて、本当によかった。今日もシュクレは、僕の足元で安心して寝ています。明日も、シュクレと一緒に歩きます。
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