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📅 2026.10.23 | RYU NAKAZAWA
🌱 視覚障害

見えなくても、本は読める|拡大読書機・音声図書・録音で、学びを止めなかった話

⏱ 約7分で読めます(4,188字)
盲導犬シュクレと中澤隆

もしあなたが、見えにくくなってきて、本や書類を読むのがつらくなっているなら。

もしあなたが、見えにくい家族や生徒のために、何を用意すればいいか迷っているなら。

もしあなたが、「見えなくなったら、もう本は読めない」と思っているなら。

この記事は、あなたのためのものです。

僕は中澤隆(なかざわ りゅう)です。視覚障害のB2というクラスで、パラトライアスロンをしています。盲導犬のシュクレと暮らしています。

講演のあと、いちばん多く聞かれる質問があります。「見えにくいのに、どうやって勉強するんですか?」

今日は、その答えを、道具の名前と使い方まで、全部書きます。

📖 この記事の目次
  1. 白い紙の黒い文字が、いちばん読めない
  2. 拡大読書機は、白黒をひっくり返して使う
  3. 耳で、本を読む
  4. 大学で、いちばん使ったのは録音だった
  5. 場面ごとの使い分け
  6. 「できるか」ではなく「どうやったらできるか」
  7. 隠さなくていい場所

白い紙の黒い文字が、いちばん読めない

意外に思われるかもしれません。

僕がいちばん読めないのは、白い紙に印刷された、黒い文字です。

白と黒。いちばんはっきりした組み合わせです。なのに、僕にはいちばんつらい。……逆じゃないの、と自分でも思います。

僕の視界は、すりガラス越しに見ているように霞んでいます。その中で白い紙を見ると、黒い文字がにじんで、白に溶けていきます。細い線が、文字のかたちを結んでくれないのです。

新聞も、雑誌も、ふつうの本も、ほとんどがこの組み合わせです。

白い紙の黒い文字は、僕にとってのラスボスでした。

つまり、毎日いちばんよく出会うのに、いちばん手ごわい相手、ということです。

27歳で緑内障と診断されてから、前の仕事で見ていた図面や書類の細かい字が、だんだん読めなくなりました。当たり前だった「読む」が、少しずつ手から離れていく。地味に、でも深くこたえました。

それでも僕が「読む」をあきらめなかったのは、読めないなら、読める色と読める大きさに変えてしまえばいいと考えたからです。


拡大読書機は、白黒をひっくり返して使う

ひとつめの道具は、拡大読書機です。

読みたい紙を機械の下に置くと、画面に文字が大きく映ります。本でも、手紙でも、書類でも大丈夫です。

でも、大事なのは大きくすることだけではありません。僕がいちばん助けられているのは、白黒反転という使い方です。

すると、不思議なことが起きます。白い背景ではにじんでいた文字が、黒い背景だと、暗闇の中にくっきり浮かび上がるのです。

なぜそうなるのか。自分でも、はっきりとは説明できません。見えにくくなって初めて知った感覚です。

パソコンもスマホも、やることは同じです。画面を白黒反転にして、文字を大きくする。最近の機械には、この設定がちゃんと用意されています。スマホなら、画面の文字を声で読み上げてくれる機能もあります。

ただし、時間はかかります。見える人が一目で読むところを、僕は大きくした文字を、一文字ずつたどっていきます。

長い本を拡大読書機だけで読みきろうとすると、本より先に、目のHPが尽きます。

つまり、読み終わる前に、目が疲れきってしまう、ということです。

それでも、白黒をひっくり返すだけで、いちばん読めなかった「白い紙の黒い文字」が、いちばん読みやすい「黒い紙の白い文字」に変わるのだから、この道具は手放せません。


耳で、本を読む

そこで、もうひとつの読み方があります。耳で読む方法です。

使うのは、音声図書と、それを聞くための音声図書機です。手順は、こうです。

あとは、機械が本を声に出して読んでくれます。白い紙も、黒い文字も、関係ありません。目も疲れません。

正直、「もう本は読めないかもしれない」と思った時期もありました。でも、音声図書のおかげで、本から離れずにすみました。読める本は、むしろ増えました。

おもしろいのは、ここからです。耳で読むことを続けていると、耳が鍛えられていきます。

慣れてくると、かなりの早口で再生しても、ちゃんと聞き取れるようになりました。速くすれば、同じ時間でたくさん取りこめます。目で読んでいた頃より速い、ということすらありました。

動画も同じです。細かいところは見えないので、僕は動画を「観る」というより「聞いて」います。早回しでも、ちゃんと追えます。

耳で読み続けるうちに、僕の耳は、どんどんレベルアップしていきました。

つまり、続けるほど、速い言葉にもついていけるようになった、ということです。

見えにくくなって、できなくなったことはたくさんあるけれど、その代わりに耳が目の役目をたくさん引き受けてくれて、できるようになったことも、ちゃんとあるのです。


大学で、いちばん使ったのは録音だった

この道具たちがいちばん活躍したのは、大学で学び直したときです。

13年勤めた会社を離れたあと、僕は三十代で大学に入り直しました。鍼灸を学ぶためです。

当時の見え方は、こうでした。右目は、五円玉の穴からのぞいているように、中心だけがわずかに見える。左目は、目の前のグー・チョキ・パーが、なんとか分かるくらい。

この目で、医療の専門的な中身を覚えなければなりません。人の体にふれる仕事です。「なんとなく分かったつもり」では通りません。

拡大読書機も、音声図書も使いました。でも、いちばん使ったのは、授業の録音です。

黒板を見てノートを取る。この当たり前が、僕にはできません。だから、こうしました。

録音は、僕にとって授業のセーブデータでした。

つまり、聞きのがしても、あとから何度でも同じ授業に戻ってこられた、ということです。

手間は何倍もかかります。でも、やることは決まっているので、迷いません。時間はかかるけれど、迷わない。この形にできたことが、続けられた理由だったと思います。

ただ、機械では埋まらないところもありました。図と絵です。骨の形、筋肉のつき方、ツボの位置。拡大しても、音声にしても、僕には届きません。

だから、人に頼みました。「これは、こういう形で、ここに、こういうものがある」と、言葉で説明してもらう。聞いた言葉から、頭の中で形を組み立てる。分からなければ、分かるまで聞き直す。

手間をかけさせてしまうと思うと、頼むのは最初は気が重かったけれど、ここを飛ばすとそのまま取りこぼしになるので、頼むことも勉強のうちだと割り切りました。


場面ごとの使い分け

ここまでの道具を、場面ごとにまとめておきます。

いまも僕は、音声図書で本を聞いている最中です。少し時間が空いたら、機械が続きを読んでくれます。

白い紙の黒い文字が読めない僕が、それでも見える人と同じ本を自分の中に取りこんでいて、読む形が違うだけで、たどり着く場所は同じなのだと思うと、ちょっと不思議な気持ちになります。


「できるか」ではなく「どうやったらできるか」

いろんな道具を使っているな、と思われたかもしれません。でも、言いたいことは、ひとつだけです。

「できるか、できないか」ではなく、「どうやったら、できるか」で考える。

白い紙の黒い文字が読めない。これは変えられません。でも、白黒をひっくり返せば読める。耳で聞けば読める。人に言葉にしてもらえば、図も分かる。

不便は、根性では埋まりません。でも、道具と工夫でなら埋められる。気合いじゃなくて、工夫です。

会社で図面が読めなくなって、「昨日できたことが、今日できない」とうつむいていた頃の僕には、この考え方がありませんでした。できなくなったことを、数えてばかりいました。

あの頃の僕は、ゲームオーバーの画面の前で、ずっと座りこんでいたようなものです。

つまり、まだ続きがあるのに、もう終わったと思いこんでいた、ということです。

数えるものを「できなくなったこと」から「どうやったらできるか」に変えただけで、同じ現実がまったく違う形に見えてきたことを、僕は大学の机の上で学びました。

それに、この道具たちは、僕が作ったものではありません。見えにくい人のために考えられた機械。本を声に出して読んでくれている人たち。その工夫と思いやりの上に、僕の「読む」はあります。


隠さなくていい場所

最後に、道具ではないけれど、いちばん効いたものを書きます。

その大学には、僕と同じ立場の仲間がいました。目に障害がある人。見えにくい人。まったく見えない人。みんな、当たり前にそこにいて、当たり前に学んでいました。

会社にいた頃、職場で見えないのは僕だけでした。「図面が読めません」のひとことが言えなくて、笑ってごまかして、家に帰ってからうつむいていました。

でも、その教室では、見えないことが特別ではありませんでした。「昨日できたことが、今日できない」という感覚を、言葉にしなくても分かってくれる人が、すぐ隣にいました。

隠さなくていい。ごまかさなくていい。それだけで、背負っていた荷物が、ふっと軽くなりました。

あの教室は、僕にとって回復の場所でした。

つまり、張りつめていた気持ちを、やっとそこでゆるめられた、ということです。

工夫は自分で積み重ねられるけれど、「隠さなくていい」だけは環境からしかもらえないので、学び直しを考えているなら、道具と同じくらい、同じ立場の人がいる場所かどうかも見てほしいと思います。

見えにくくなって、本が読めなくなったと感じているあなたへ。

やり方を変えれば、道具を使えば、誰かの力を借りれば、「読めない」が「読める」に変わることは、思っているよりずっと多いのです。

見えなくなっていく世界の中で、支えられながら挑み続ける。その旅を、仲間と一緒に。

今日も僕は、黒い画面に浮かぶ白い文字を追いながら、耳に届く声に運ばれながら、本を読んでいます。


最後まで読んでくれて、ありがとうございます

中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。

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視覚障害B2のパラトライアスリート・中澤隆が、学校・企業・自治体で講演しています。テーマは「挑戦」「障害理解」「ダイバーシティ」「盲導犬と歩む人生」。2017年から講演を続け、ここ3〜4年は年50回前後で登壇しています。盲導犬シュクレも一緒に伺えます。

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この記事を書いた人|中澤隆(なかざわ りゅう)

視覚障害B2クラスのパラトライアスリート/講演家。盲導犬シュクレと暮らしています。27歳で緑内障と診断され、31歳でトライアスロンを始めました。アジア選手権2連覇、世界ランキング最高6位。あん摩マッサージ指圧師。

2026年9月13日、IRONMAN JAPANを14時間43分54秒で完走(PCクラス2位)。2017年から講演を続け、ここ3〜4年は年50回前後で登壇しています。

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