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📅 2026.07.06(更新 2026.10.10) | RYU NAKAZAWA
📖 物語・哲学

「行った場所で一番の思い出は?」|視覚障害の僕が、景色は見えなくても忘れない風景

⏱ 約6分で読めます(3,316字)
東京2020パラリンピック聖火ランナーの中澤隆と盲導犬

たくさん写真を撮ったのに、何年かたつと「あれ、どこだっけ」となる。そんな旅行、ありませんか。

もしあなたが、「思い出の場所は?」と聞かれて、すぐに景色が浮かばないなら。

もしあなたが、写真には写らない何かを、心のどこかで大切にしているなら。

もしあなたが、誰かと一緒に何かを越えた日のことを、ずっと忘れられずにいるなら。この記事は、あなたに向けて書きました。

僕は中澤隆(なかざわ りゅう)です。視覚障害のB2というクラスで、パラトライアスロンをしています。盲導犬のシュクレと暮らしながら、年に50回前後、講演もしています。

今日は、講演でよくもらう質問に答えます。「行った場所で、一番の思い出は何ですか?」

📖 この記事の目次
  1. 講演で、よく聞かれる質問
  2. 僕の思い出は、音と声でできている
  3. 初めての大会の、ゴールの音
  4. アジア選手権の舞台
  5. 226kmの先で聞いた、ゴールの音
  6. なぜ、見えない僕の思い出は色あせないのか
  7. あなたの一番の風景は、どこですか

講演で、よく聞かれる質問

講演に行くと、子どもからも大人からも、この質問をもらいます。

「いろんな所に行っていますよね。一番の思い出は、どこですか?」

たしかに僕は、大会や講演で、いろいろな土地に行ってきました。

たぶん、きれいな景色の話や、有名な観光地の話を楽しみにしてくれているのだと思います。

でも、僕は景色がほとんど見えません。

この質問は、僕にとって、ちょっとしたラスボスです。

つまり、もらう質問の中で、答えるのがいちばんむずかしい、ということです。

「あの山がきれいだった」「あの海が青かった」。そういう思い出の持ち方が、僕にはできません。

見えていた頃の僕なら、写真に撮った景色を答えていたと思います。それができなくなったとき、胸にぽっかり穴があいたような気持ちになりました。「見えないから、思い出も少ないのかな」と思った時期もあります。

でも今は、見えなくても忘れられない「風景」はちゃんとあるし、むしろ見えなくなってからのほうが、心に深く残る風景が増えたと、はっきり言うことができます。


僕の思い出は、音と声でできている

僕にとっての思い出は、目で見た景色ではありません。

耳で聞いた音。肌で感じた風。隣にいてくれた人の声。

そして、「ここまで来た」という、体の奥からわいてくる感覚です。

場所の名前は、正直、けっこう忘れます。講演家としてどうなのか、という話です。

でも、そのとき隣にいた人の声や、こみ上げてきた気持ちは、何年たっても消えません。

そう考えていくうちに、僕の一番の思い出は「どこに行ったか」ではなく、「誰と、何を越えたか」で決まっているのだと、あるとき気がつきました。

ここからは、とくに忘れられない3つの場面を書きます。どれも、観光地ではありません。


初めての大会の、ゴールの音

ひとつ目は、トライアスロンを始めて半年ほどで出た、初めての大会です。

始めたのは31歳。きっかけは、テレビでした。全盲の女の子が、泳いで、こいで、走っていたのです。

「僕より見えない子がやっている。僕はまだ見えている。だったら、僕にもできるかもしれない」

とはいえ、始めた頃は、25メートルも泳げませんでした。1キロ走るだけで、膝が痛くなりました。

「こんな自分が、大会に出られるのかな」。そう思いながら、練習を重ねました。

そして迎えた、初めての大会。その日は寒さでスイムが中止になり、バイクとランのレースになりました。

僕は、ガイドと一緒に進みました。

ゴールテープを切ったとき、まわりから拍手と声が聞こえてきました。

あの拍手は、僕だけに向けられたものではありません。僕とガイドの「チーム」に向けられたものでした。

結果は、1位でした。

でも、順位よりうれしかったのは、「25メートルも泳げなかった自分が、ここまで来た」ということのほうです。

景色は見えなかったけれど、半年前の僕には想像もできなかったあのゴールの音は、今でも目をつぶるとすぐに戻ってくる、僕のいちばん古い「風景」です。


アジア選手権の舞台

ふたつ目は、アジア選手権の舞台です。

僕は2015年と2016年、アジア選手権で2年続けて1位になりました。世界ランキングは、最高で6位まで上がりました。

子どもの頃の僕からは、想像もできない場所です。

小学校の成績は、ほとんどが1か2。徒競走は、ビリか、ビリから2番目。その僕が、アジアの舞台にいる。人生は、分からないものです。

そこに立てたのは、僕だけの力ではありません。

レースで一緒に泳ぎ、こぎ、走ってくれるガイドがいて、支えてくれる人たちがいました。

見えない僕が前に進めるのは、いつも、誰かが目になってくれるからです。大きな舞台に立つたびに、僕はそれをかみしめてきました。

表彰台の色も、会場の広さも僕には見えませんでしたが、「支えられて、ここまで連れてきてもらった」という感覚は体にはっきり残っていて、そのあたたかさこそが、僕にとっての「アジアの風景」です。


226kmの先で聞いた、ゴールの音

みっつ目は、IRONMANの完走です。

スイム3.8km、バイク180km、ラン42.195km。合わせて226km。

スイムとランは、ロープでガイドとつながります。バイクは2人乗りのタンデム自転車で、前にガイド、後ろに僕が乗ります。

226kmを進むということは、丸1日、ガイドとずっと一緒にいるということです。

声をかけ合い、はげまし合い、補給のタイミングをたしかめ合います。

後半になると、体のHPは、ほぼ0です。

つまり、「もう無理かもしれない」という考えが、何度も頭をよぎるほど、体が限界に近づく、ということです。

それでも足が止まらないのは、隣にガイドがいて、声をかけ続けてくれるからです。

長い1日の終わりに、ゴールが近づいてきます。すると、たくさんの声が聞こえてきます。名前を呼んでくれる声。拍手。

ゴールラインは見えません。でも、近づくほど、音が大きくなります。

1日じゅう隣で進んでくれたガイドと一緒にあの音の壁の中へ飛びこんで、「やりましたね」とひとこと交わす瞬間よりも大きな風景を、僕はまだ知りません。


なぜ、見えない僕の思い出は色あせないのか

目で見た景色は、わりとかんたんに忘れてしまうものだと思います。きれいだったはずの景色が、だんだんぼんやりしていく。

でも、僕が音と感覚で覚えた風景は、ふしぎと色あせません。

たぶん、理由があります。

僕は景色が見えない分、その瞬間に、ものすごく集中しています。

今、どんな音が聞こえているか。どんな風が吹いているか。隣の人が、どんな声をかけてくれたか。

全身で受け取った瞬間は、しっかりセーブされます。

つまり、何年たっても消えずに、いつでもそのまま思い出せる、ということです。

景色がぜんぶ見えていたら、僕は「人の声」をここまで覚えていなかったかもしれません。

目で見る風景を手放したかわりに、耳をすませ、肌で空気を感じ、隣の人の声に集中するという受け取り方を覚えて、心で覚える風景を手に入れたのだと思うと、なくしたものばかりではなかったのだと、今は思えます。


あなたの一番の風景は、どこですか

3つの場面をならべてみて、あらためて思います。

初めての大会のゴール。アジア選手権の舞台。226kmの先。どれも、僕だけで立った場所ではありません。誰かとつながって、支えられて、たどり着いた場所です。

最後に、あなたに聞いてみたいです。あなたの一番の思い出は、どんな景色ですか。

それは、有名な絶景でしたか。それとも、誰かと一緒にいた、なんでもない場所でしたか。

本当に心に残る思い出は、「誰かと一緒に、ちょっとがんばった場所」にあるのではないか。僕はそう思っています。少なくとも、僕の人生はそうでした。

もし今、「最近、心に残る場所がないな」と感じているなら、遠くへ絶景を探しに行かなくても大丈夫です。

誰かと一緒に、小さな何かを越えてみてください。

僕は目が見えにくくなって、たくさんの景色を手放しましたが、そのかわりに「人と一緒に越えた瞬間」という、写真よりも色あせない風景の集め方を覚えました。

あなたの一番の風景も、有名な場所ではなく、すぐ隣にいる人との時間の中に、かくれているのかもしれません。


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RYU NAKAZAWA | 視覚障害B2 パラトライアスリート・プロ講演家
盲導犬シュクレと共に、1ミリの行動を続ける人