知らない街のホテルで、夜中に目がさめる。
あれ、トイレはどっちだっけ。
暗い部屋で、手さぐりで壁をさわる。そんな経験、ありませんか。
僕にとっては、それが、明るい昼間でも起きます。
僕は中澤隆(なかざわ りゅう)です。27歳で緑内障と診断され、31歳で視覚障害のB2というクラスになりました。
右目は、5円玉の穴からのぞいているような見え方。左目は、目の前のグー・チョキ・パーが分かるくらいです。
それでも僕は、トライアスロンの大会で、20以上の都道府県を回ってきました。
2017年からは講演も続けていて、ここ3〜4年は年に50回ほど。盲導犬のシュクレといっしょに、各地のホテルに泊まっています。
「見えないから、旅行は無理」ではありませんでした。
視覚障害と診断されたばかりの方へ。見えにくいご家族を旅行に連れていきたい方へ。僕がやっている工夫を書きます。
旅行をあきらめる理由は、だいたい2つです。「移動がこわい」と「宿で迷惑をかけそう」。
僕も、最初のころは、予約の電話をかけるだけで緊張しました。
「盲導犬がいると言ったら、断られるんじゃないか」
「目が見えにくいと言ったら、部屋を用意してもらえないんじゃないか」
実際、盲導犬といっしょだと、飲食店で入店を断られることがあります。
だから、予約の電話は、僕にとってラスボスでした。
つまり、旅行の中で、いちばんこわくて、いちばん気が重い場面だった、ということです。
……まだ家から1歩も出ていないのに、です。
でも、何年も続けて、分かったことがあります。
前もって伝える。具体的に伝える。ていねいに伝える。
この3つをやれば、ほとんどの宿は受け入れてくれるということを、僕は電話を1本かけるたびに、少しずつ知っていきました。
ネットで予約して終わり、にはしません。予約のあと、電話を1本かけます。
伝えるのは、これだけです。
「視覚障害があり、盲導犬といっしょに泊まります。チェックインのときにお手伝いをお願いすることがあるので、前もってお伝えします」
これだけで、当日、スタッフさんが準備してくれていることが多いです。
フロントで待つ時間も短くなります。部屋までの案内も、スムーズです。
シュクレと泊まるときは、もう2つ聞きます。
盲導犬に慣れていないスタッフさんも、多いです。だから、こちらから具体的に聞きます。
シュクレは、毎日ブラッシングをしています。外では、毛が落ちないように犬用のコートを着せます。雨の日はレインコートです。
「言ったら断られるかも」と黙っておくよりも、「言わずに現地で困る」ほうがずっとつらいというのが、何度も泊まってきた僕の実感です。
つくりが複雑な宿は、僕には迷路です。
選ぶ目安は、3つです。
リゾートホテルや旅館より、ビジネスホテルのほうが迷いにくいです。
とくにチェーンのビジネスホテルは、どの階も配置がほぼ同じ。一度覚えれば、ほかの階でも使えます。
IRONMANの前の日も、毎年、同じビジネスホテルに泊まっています。
同じホテルは、僕にとってセーブポイントです。
つまり、前に覚えたことを、そのまま次も使える場所だ、ということです。
レースの朝は、3時半に起きます。
頭がまだ半分ねむっているそんな時間でも、つくりを体が覚えているホテルなら、僕は迷わずにロビーまで歩いていくことができます。
「視覚障害があるなら、バリアフリーの部屋でないと」と思っていませんか。
僕は、基本的に、ふつうの部屋を選びます。
ユニバーサルルームは、車いすの方に合わせて作られていることが多いです。見えにくい人にとって使いやすいとは、かぎりません。
部屋が広すぎると、かえって、どこに何があるかつかみにくくなります。
大事なのは、部屋の中で迷わないこと。
だから、部屋に入ったら、最初に「歩いてたしかめる」をやります。
ベッドから右に2歩で、トイレ。左に5歩で、お風呂。
手でさわって、歩数でおぼえます。これで、夜中にトイレに行くときも迷いません。
フロントで鍵を受け取るときには、こうお願いします。
「部屋の配置を、口で教えてもらえますか」
「ドアを入って右がトイレ、左がクローゼット、正面がベッドです」
そう言ってもらえるだけで、頭の中に地図ができます。
紙の案内図をもらっても、白い紙に黒い文字は僕には見えないので、スタッフさんが声で伝えてくれるひとことの説明が、僕にはいちばん助かります。
バイキングの朝食は、なかなかの難関です。
どこに何があるか、分かりません。人とぶつかります。トレイを落としそうになります。
朝ごはんを食べに来ただけなのに、HPがどんどん減っていきます。
つまり、食べる前に、もうくたびれてしまう、ということです。
だから、最初の1回だけ、スタッフさんに聞きます。
「料理の配置を、教えてもらえますか」
「入口から右が和食、左が洋食、奥が飲みものです」
一度聞けば、2日目からは自分で動けます。
むずかしければ、朝食を部屋で食べられないか、相談するのもありです。
最近は、「NaviLens」というアプリもあります。専用のコードを読み取ると、音声で案内してくれるしくみです。
僕は、まだ使う機会が少ないです。でも、広がっていけば、旅行がもっと楽になると期待しています。
無理をしてがんばるよりも、聞いたり、道具を使ったり、やり方を変えたりして、少しでも楽なほうを選んでいくことが、旅行を長く続けるコツだと思っています。
これが、いちばん大事です。
昔の僕は、「迷惑をかけたくない」と思って、困っていても声をかけられませんでした。
でも、あちこちを回って、分かったことがあります。
人は、たよられると、うれしいものです。
IRONMANの前の日のことです。
僕は、試泳に行くのに、トライスーツをホテルに忘れました。……前の日に、何をやっているんでしょう。
その途中で、コンビニに寄りました。
スタッフさんに「トイレの場所を教えてください」と声をかけました。
すると、「案内しますね」と、レジから出てきて、いっしょに歩いてくれました。
たったそれだけのことですが、知らない街で、初めて会った人が、仕事の手を止めて隣を歩いてくれたあのときのことを、僕は今でも覚えています。
たよることは、弱さではありません。
いっしょに解決する、対等なチームです。
見えなくなったとき、僕は「もう未来がないんじゃないか」と思いました。
でも、トライアスロンを始めて、講演であちこちへ行くようになって、「見えなくても、行ける場所がこんなにある」と知りました。
2024年には、IRONMANを13時間14分17秒で完走しました。2026年も、14時間43分54秒で完走しています。
旅行も、同じです。
「見えないから無理」と決めるのは、始める前に「にげる」を選ぶことでした。
つまり、やってみる前に、自分であきらめていた、ということです。
そうではなく、「どうやったら行けるか」を考える。
「できるか、できないか」ではなく、「どうやったらできるか」。
視覚障害と診断されたばかりで、もうどこにも行けないと思っているあなたにも、手でさわって歩数を数えながら、知らない街のホテルで朝をむかえる日が、きっとまた来ます。
僕が視覚障害になってから今日までの道のりを、16分の動画にまとめています。文章より、声のほうが届く日もあると思うから。よかったら、そばに置いておいてください。
中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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デネブとシュクレと歩いてきた日々を、YouTubeで1話ずつ動画にしています。