お金の心配で、眠れなくなった夜、ありませんか。
これから、どうやって暮らしていけばいいんだろう。
考えても、答えが出ない。
僕にも、お金と未来のことで押しつぶされそうだった時期がありました。
僕は中澤隆(なかざわ りゅう)です。27歳で緑内障になり、31歳で視覚障害者になりました。
右目は、5円玉の穴からのぞいているような見え方。左目は、目の前のグー・チョキ・パーが分かるくらいです。
13年つとめた会社を、事実上クビになりました。「もう未来がないんじゃないか」と思いました。
今は、盲導犬のシュクレと暮らし、IRONMANという226キロのレースに挑み、年に50回ほど講演をしています。
ここまで来られたのは、助成金や制度を「知って、使った」からです。
視覚障害と診断されたばかりのあなたへ。僕が実際に使ったものと、「最初に知っておけばよかった」ことを書きます。
制度は、山ほどあります。でも、最初に知っておきたいのは3つです。
僕は、これを知るまでに、かなり時間がかかりました。
理由はかんたんです。どこに、何を聞けばいいのか、分からなかったのです。
当時の僕は、制度についてはレベル1でした。
つまり、何があるのかも、誰に聞けばいいのかも、まったく知らなかった、ということです。
最初にやったのは、住んでいる市区町村の役所に電話をすることでした。「障害福祉課」や「福祉事務所」という窓口があります。
「視覚障害と診断されました。どんな支援が受けられますか」
このひとことで、担当の方が教えてくれます。
もうひとつ、たよれるのが、眼科にいる相談員さん(医療ソーシャルワーカー)や、視覚障害者の支援センターです。僕も、何度も助けられました。
大事なことなので先に書いておくと、制度のほとんどは、こちらから申請しないと受けられず、待っているだけでは、自動で届くことはありません。
視覚障害の場合は、「身体障害者手帳」です。これが、あらゆる支援の入口になります。
手帳を持ってから、僕の暮らしで変わったことです。
手帳には等級があり、等級によって受けられる支援が変わります。等級は、お医者さんの診断書をもとに決まります。
取るまでの流れは、こうです。
「手帳を持つこと」に、抵抗がある人もいると思います。僕も、最初はそうでした。
でも、手帳は、使っていい制度を使うための権利で、それで暮らしが少しでも楽になるのなら、使わない理由はどこにもないと、今の僕は思っています。
障害年金は、病気やけがで働くことがむずかしくなった人が受け取れる年金です。僕も、受け取っています。
2つの種類があります。
僕は、会社員のときに緑内障になったので、障害厚生年金の対象でした。
金額は、等級や入っていた期間で変わります。でも、暮らしの土台になります。
申請のポイントは、3つです。
僕が後悔しているのは、もっと早く申請すればよかった、ということです。
「まだだいじょうぶ」と思っていました。
HPがほとんど0になってから、あわてて回復の方法を探しはじめたのです。
つまり、暮らしが苦しくなってから、やっと申請に動いた、ということです。
受け取るまでに何か月もかかる制度だからこそ、「自分は当てはまるかもしれない」と思ったら、早めに窓口へ聞きに行ってほしいのです。
国の制度のほかに、住んでいる自治体ごとの助成があります。これが、意外と使えます。
僕が実際に使ったものです。
とくに拡大読書機で、暮らしが大きく変わりました。
白い紙に黒い文字は、僕にはもう見えません。
でも、黒い紙に白い文字にひっくり返して、大きくすると、読めるのです。
これで、本が読めるようになりました。パソコンも使えるようになりました。
ただし、中身は自治体によって、かなりちがいます。となりの市区町村でも、ちがうことがあります。
だから、自分の住んでいるところの障害福祉課に、直接聞くのがいちばんたしかです。
もう読めないと思っていた文字が、白と黒をひっくり返して大きくしただけでもう一度読めるようになったことで、僕は「知って、申請する」ことの大きさを知りました。
目が見えにくくなっても、働き続けたい。そう思う人のために、会社の側が使える制度もあります。
僕は今、サイネオス・ヘルス・ジャパンに、アスリート雇用で所属しています。
会社が障害者雇用の制度を分かってくれていると、働きやすさがまるでちがいます。
今の職場で続けるのがむずかしいときは、障害者の就労支援センターや、ハローワークの専門の窓口に相談してみてください。
僕は、一度、会社をやめました。
でも、ゲームオーバーではありませんでした。
つまり、仕事を失っても、そこで人生が終わったわけではなかった、ということです。
そのあと筑波技術大学に入り直して、あん摩マッサージ指圧師の資格を取り、そこから次の道が少しずつ見えてきたので、今、仕事のことで先が見えなくなっている人にこそ、相談できる窓口があることを知ってほしいのです。
僕は、2022年に、盲導犬のシュクレと出会いました。
盲導犬は、買うのではありません。協会から、無償で貸してもらいます。
育てるのにかかるお金は、寄付や助成金でまかなわれています。
僕たちユーザーが出すのは、ごはん代や病院代です。犬そのものの費用は、かかりません。
希望しても、すぐには来ません。待つ時間があります。僕は、申し込みから約1年で、シュクレに出会えました。
申し込むには、障害者手帳がいります。ここでも、手帳が入口です。
シュクレが来て、僕は外に出る勇気が出ました。
「明日も見えているだろうか」とこわがっていた僕が、今は226キロのレースにまで挑んでいるのですから、制度というのは、お金だけでなく、人の毎日そのものを変える力を持っているのだと思います。
ここまで読んで、「助成金にたよるのは、申し訳ない」と思った人もいるかもしれません。
僕も、そうでした。
でも、今なら言えます。これは、権利です。
税金を納めてきた人が、困ったときに使えるしくみです。使わずにガマンするほうが、もったいない。
拡大読書機があったから、本が読めるようになりました。
障害年金があったから、大学に行けました。
シュクレがいるから、外に出られるようになりました。
制度は、HPを回復するための道具です。
つまり、減ってしまった力を取り戻して、もう一度動きだすためのものだ、ということです。
……それなのに昔の僕は、回復するのを、えんりょしていました。
「制度を使う自分」を責めなくていいし、使えるものは使って、そのぶんの力で前に進んでいいのだと、あの頃の自分に、いちばん言ってあげたいです。
制度は、たくさんあります。でも、誰も、勝手には教えてくれません。
僕がいちばん後悔しているのは、「もっと早く知っていれば」ということです。
知らなかっただけで、使えたはずの制度を、使えませんでした。
最後に、まとめます。
聞く相手は、市区町村の障害福祉課、眼科の相談員さん、視覚障害者の支援センターです。
もし今、「これからどうすればいいか分からない」と、とほうにくれているなら。
まず、役所の障害福祉課に電話をしてみてください。
「視覚障害と診断されました。どんな支援がありますか」
お金と未来のことで押しつぶされそうだったあの頃の僕に必要だったのは、がんばる力ではなく、このたった1本の電話で、それだけで、見えなかった道が少しだけ見えてきます。
転んでも、また立てます。いっしょに、前に進みましょう。
僕が視覚障害になってから今日までの道のりを、16分の動画にまとめています。文章より、声のほうが届く日もあると思うから。よかったら、そばに置いておいてください。
中澤の挑戦を、これからも見届けてもらえたら嬉しいです。日々の練習やレース、盲導犬シュクレとの暮らしを発信しています。
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緑内障がわかった日から、見えなくなっていく中で挑み続けるまでを、YouTubeで1話ずつ動画にしています。